妹は、繋ぐ。
わたしは、お姉ちゃんが大好きだ。
普通の好きというのとは、ちょっと違うかもしれない。
物心ついた時から、お姉ちゃんは日陰にいるお花みたいに萎れていた。
『お花は、必ず綺麗に咲くものなのよ』
そう教えてくれたのは、お母さんだったか幼稚園の先生だったか。それとも、お姉ちゃん本人だったか。
咲かないお花。
そんなお姉ちゃんを、わたしは元気にしてあげたかった。他の人は皆わたしに笑顔を向けるのに、お姉ちゃんだけはいつも暗い顔をしていた。
だから放っておけなくて、その内にお姉ちゃんを見るだけで心を締め付けられるようになって、いつか枯れ落ちるんじゃないかと目が離せなくなった。
わたしは、お姉ちゃんに咲いてほしかった。お姉ちゃんに、心からの笑顔を向けてほしかった。
けれどどれだけ頑張っても、お姉ちゃんは貼り付けたような薄い微笑みを返すばかり。他の皆はわたしが声をかけたり笑いかけたりするだけですぐ元気になるのに、お姉ちゃんにはどんな言葉も笑顔も通用しない。
どうしてなんだろう?
何がダメなんだろう?
どうすればお姉ちゃんは楽しそうに笑ってくれるんだろう?
ずっと、そればかりを考えていた。だからわたしは片時も側を離れず、お姉ちゃんに精一杯の愛を注ぎ続けた。この寂しげに項垂れる花が元気に咲く様を見たい、その一心で。
待望の時は、思わぬ展開で訪れた。
いつものようにじゃれついたわたしを、お姉ちゃんが思いっ切り突き飛ばしたのだ。
何で、と問いかけるより先に涙が溢れた。悲しくて悲しくて、わたしが懸命に送り続けた思いがお姉ちゃんには全く届いていなかったんだと知って、大泣きした。
すると――お姉ちゃんが、初めて綺麗に咲いたのだ。
今までみたいな作り物の微笑みじゃなく、楽しくて楽しくて堪らないと全身で叫ぶように心からの笑顔を見せてくれたのだ。
ずっと望んでいた、お姉ちゃんが満開に咲き誇る瞬間。
その姿は、わたしの想像とは大きく違って恐ろしく禍々しく、だからこそ強く惹きつけられた。一目で、心奪われてしまった。
感動のあまり、わたしは言葉を失って見惚れた。溢れる涙でぼやけた視界に映るお姉ちゃんは、狂ったように咲き乱れ、凄絶なまでに美しかった。
そこでわたしは理解した。そうだよね、お花には水が必要なんだ。
それと、栄養。
ただ愛でるだけじゃ、お花は育たない。
その日、両親はお姉ちゃんにケーキを買ってきた。ケーキを食べるお姉ちゃんは、咲いた時ほどじゃなかったけれど嬉しそうに綻んでいて、これが栄養なんだと気付いた。
わたしの涙が、お姉ちゃんの水。そして、お姉ちゃんを喜ばせることが栄養。
そうとわかれば、後は簡単だった。あれ以来、お姉ちゃんは自らわたしに水を求めるようになったし、その時に必要な栄養が何かを教えてくれるようにもなったから。
だから、お姉ちゃんが欲しがっていたチケットを手に入れるために体を売った。
お姉ちゃんからレギュラーを奪った女子を、階段から突き落とした。
お姉ちゃんをイジメた女の家に、火を点けた。
騒音でお姉ちゃんを悩ませていた隣人は、下僕の男共に脅させて追い出した。
お姉ちゃんのゴミをこっそり漁っていた汚らわしい老人は、足を潰して外に出られないようにしてやった。
お姉ちゃんに残業させてわたしとの時間を奪った憎らしい上司は、わたしを含めて数人の女友達で誘惑し、乱交の様子を撮影した写真や動画をバラ撒いた。
けれど薄々、勘付いてもいた。
お姉ちゃんが、わたしとの関係をいつか終わりにしなくてはならないと考えていたことを。
わたしから逃げるなんて、絶対に許さない。
お姉ちゃんは、わたしのお花。お姉ちゃんが笑顔を向けていいのは、わたしだけ。お姉ちゃんは、わたしの涙でしか咲いちゃいけないの。
でもこのままいけば、お姉ちゃんはわたしの力では咲かなくなるだろう。わたしのお水を嬉しそうに浴びながらも、妹を傷付ける行為に姉として心を痛めていたようだから。
前もって彼を準備しておいたのは、このため。
理想的な男性としての素質を見出し、五年もかけて磨き上げて育て、さり気なさを装ってお姉ちゃんの心を射止めさせた。
彼のことを好きじゃなかったのかって?
いいえ、大好きだった。だからこそ、あんなにも泣いた。
自分で命じておきながら白々しい?
何とでも言えばいい。身を切る思いで、わたしは彼をお姉ちゃんに譲ったのだ。
だって、心から悲しまないとたくさん涙を流せないでしょう? お姉ちゃんにたっぷりとお水をあげられないでしょう?
お姉ちゃんが泣きながら笑って咲く姿は、言葉なんかじゃ形容できないほど美しくて、己の知覚できる美の領域を遥かに超えて神々しくすらあった。
それを見て、わたしは確信した。
お姉ちゃんも、やっぱりわたしのことを愛しているんだって。姉としての想いを超えて、このわたしを誰よりも欲しているんだって。
耐え難く相容れない形で、明後日の方向に愛を叩き付けるしかできないわたし達。それでも、わたし達は愛し合っている。わたし達はお互いにこんなにも求め合っている。
わたし達は何があっても離れてはならない。離れては生きていけない。
これから、お姉ちゃんはわたしから距離を置くだろう。こんなにも痛め付けたんだから、これ以上わたしから水と栄養をもらうわけにはいかないと、姉としての良心に従った振りをして、自分を責めて、わたしへの愛を諦めて。
暫くは、それでいい。わたしも辛いけれど、少しの間我慢しなくちゃ。お姉ちゃんに、新しい花の種が宿るまでは。
お姉ちゃんが無事に次の種を産んだら、会いに行くの――――今、わたしのお腹に宿っている、新しい水の源を連れて。
そう、この子は彼の子。
お姉ちゃんとわたしは近い未来、同じ父親を持つ子の母となる。
この子の存在を知れば、お姉ちゃんはショックを受けるに違いない。けれど枯れた心を潤すべく、またわたしの水を求めてくれるはずだ。
たとえお姉ちゃんが『姉として』なんていう馬鹿げた心に惑わされて抵抗しようと、次世代の水と花によってわたし達は二度と離れられないよう強く深く結ばれる。そうなればもう、お姉ちゃんはわたしから逃げられない。
彼には申し訳ないけれど、その時が来たら消えてもらうつもりだ。受粉の役目を果たし終えた雄蕊になど、用はない。しっかりと洗脳してあるから、わたしの命令に素直に従ってくれるだろう。
それからわたしとお姉ちゃんは、二人きりの完璧な世界で愛し合いながら、お互いの血を分けた水と花を育んでいくのだ。
死ぬまでずっと――いいえ、死んでもずっと、残した種は脈々とわたし達の愛を紡いでいくのだ。
お姉ちゃん、あなたはわたしの与える水と栄養だけで生きていくの。
あなたの幸せは、わたしが作るの。それが、わたしの幸せ。
お姉ちゃんは一生、わたしのもの。
お姉ちゃんは永遠に、わたしのもの。
わたしだけの、幸せなお花。
了
不仕合わせに咲く花 節トキ @10ki-33o
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