不良警官の喜び
牛☆大権現
第1話
物心ついた時から、暴力が好きだった。
人を殴ってみたいとウズウズしていた。
咄嗟に蹴りが出そうなのを我慢していた。
テレビで見る、格闘技の試合にワクワクしていた。
けれども、法治国家であるこの国では、理由もなく人に暴力を振るうことは良しとされないらしい。
だから、俺は警官になることにした。
「おうおう、兄ちゃん達よぉ、アコギな商売やってんじゃねぇぞぉ? 」
酔っ払いが、怖いお兄ちゃん達2人に絡んでいるのを発見する。
この街では、よく見かける光景だ。
怖いお兄ちゃん達も慣れているから、酔っ払いのサラリーマンを適度に痛め付けて、帰らせるつもりのようだ、が。
運が悪かったね、この俺が見ちまってんだ。
「こーら、君達。乱闘騒ぎは駄目だよ? 」
「ああん? 」
酔っ払いが殴られている間に、怖いお兄ちゃん達の背後から、雑踏の音に紛れて接近。
振り向いた直後に、前髪を掴んで引き落とし、顔面から地面に叩き付ける。
もう一人は、慌てて仲間を呼ぼうと息を吸った瞬間に、鳩尾に一撃入れて空気を吐かせた。
手首の急所を抑えながら極めつつ、最初に倒した男の上に落とし、どちらも逃げられないようにする。
「暴行の現行犯を逮捕した、応援を頼む」
無線機で連絡し、応援を待つ。
ああ、実に楽しい。
正義は俺にこそある、暴力を振るっても、牢屋にブチ込まれるのはこの二人、いっそ笑いたくなる位愉快だ!
「あんた、慣れてんねぇ」
二人に手錠をかけると、路地の暗がりから声がかかる。
「こう見えても、私は警察なんですよ。多少は腕っぷしが立たなきゃ、話にならないでしょう? 」
「いーや、あんたのはそういうレベルの話じゃない。生まれついたように、呼吸をするように人に暴力を振るうなんてのは、ふつーは訓練してても無理なんだよ」
暗がりから姿を現したのは、細身ながら、しかし鍛えられた身体をした、若い男だった。
「そういうあなたも、お強いでしょう?ここの上の人に雇われた、喧嘩屋さん、辺りでしょうか? 」
「気持ち悪いから、その言葉遣い止めろ。率直に聞くが、あんた、本来なら俺と同じ側の人間だろうが? 」
「…私の何が、同じと思われたんです? 」
「惚けんなよ。あんた、人を痛め付けるのが好きだって顔してんぜ。今だってそうだ、口元が僅かに上がってやがる」
どうやら、観察力もあるタイプのようだ。
いいねぇ、久し振りに手応えのありそうな相手だ。
「この距離で、良く気づいたもんだ。ああ、そうだよ。俺は、人に暴力を合法的に振るうために、警官になった! 」
「やっぱりか! とんだ悪徳警官がいたもんだな! 」
「悪徳結構! 貴様ら反社会的存在と違って、俺は社会秩序に貢献している!やらぬ善よりやる偽善だ! 」
「あんたの仕事も理解はできるさ、だがね、俺たちみたいなのは、こういう場所でしか生きていけないんだ! 今のだって、酔っ払いのオッサンが絡んでこなけりゃ、その二人だって手を出すことも無かった! 」
「それこそ詭弁だ! 貴様ら反社会組織の資金源はなんだ?罪もない一般人から金を巻き上げているだろうが! 義理だとか人情だとか、耳障りの良い言葉で誤魔化してる点で、貴様らの存在は偽善よりなおタチが悪い! 」
「…チッ、ポリ公共はこれだから、話が通じねぇ」
喧嘩屋が構える。
ただしそれは、防御と言った物を一切考えていないかのような、野球の投球のように右手を大きく振りかぶった、独特の姿勢だ。
明らかに既存の格闘技のそれではない、我流だろう。
対する俺も、顎を守るように掌を広げ、少し半身になるように構えをとる。
「しゃぁっ! 」
強靭な足腰で踏み込み、バネを利用しつつ、上から振り下ろすように拳が迫る。
人間の目の構造上、頭上は死角となる。
ちょうどその死角に入るような軌道の拳は、予備動作は大きい癖に、見え難い攻撃だ。
「我流にしては良い技だ、それだけに惜しいな」
だが、威力に重点を置きすぎていて、振り下ろした後の隙が大きい。
引き付けてから右腰を引き、拳をかわした後、喧嘩屋の体が流れた。
顔面鼻っ柱に、左ジャブを一発。
「ってぇな! 」
こちらの溝尾に頭突いて来ようとしたが、体勢が悪い。
肩を掴んで頭突きを止め、そのまま地面に引き倒し、バックマウントをとる。
「危ないぞ、今の頭突きのやり方は。頭頂から突っ込んでいくと、頸椎に負担がかかって最悪体が動かなくなる。本来の頭突きってのは、額をぶつけるもんだ」
「放せ! この!! 」
暴れて脱出しようとするが、無駄だ。
抑え込み技ってのは、単純に乗っかってるだけに見えて、その実関節や重心の要点を巧く抑えて、外し方を知らない相手には脱出できない構造になっている。
返って体力を消耗するだけだ。
「お前、間違いなく才能はあるよ。ちゃんと格闘技なり武道なりやってりゃ、俺なんざ相手にならなかったかもな」
「くそ、余裕ぶりやがって。いつか、あんたは必ずぶん殴ってやる、今日の事は覚えてろよ! 」
「いつでも来いよ、俺も暴力を振るう口実が出来て楽しいからな」
パーン!
足に、痛みを感じて、マウントから転がり落ちる。
「いけねえな、おまわりさん。あんたは調子に乗りすぎた」
顔をあげると、男が硝煙を上げる銃口をこちらに向けている。
少しばかり、やり過ぎちまったか…
「組長! コイツは俺の喧嘩だ! チャカなんて持ち出してんじゃねぇよ! 」
「知ったことか、こういうのを放っておくと、シマを荒らされて商売上がったりだ。…それとな、コイツを撃ったのはお前だ、この意味が分かるか? 」
「何を言ってんだ? 今、このポリ公を撃ったのはアンタじゃねぇか? 」
「察しの悪いやつだ。まあこれまで役にはたってくれたよ、良い駒だった」
俺を撃った銃口が、今度は喧嘩屋に向けられる。
気がついたら、体が反射的に動いていた。
「ポリ公! 何やってんだよあんた!! 」
「は、市民を守るのは、警察の仕事なんでな…気にすんなよ」
腹部が、熱い。
まるで、焼けた棒が腹の中にあるみたいだ。
「止まれ! 警察だ! 」
ようやく、呼んでおいた応援が、駆けつけてくれたらしい。
その事実に安堵しつつ、俺は意識を失う―
「よう、ポリ公。調子はどうなんだよ? 」
入院して数週間、意識が戻って面会が可能になってから、喧嘩屋が病室を訪ねてくるようになった。
逮捕は、あくまで司法の裁きを確実に受けさせる為の手段だ。
反省の色があり逃亡の恐れも低いと見なされた事から、勾留の必要性が薄いと判断され、裁判まではある程度自由が効くらしい。
「まだ足が思うように動かねぇよ、リハビリに時間がかかるそうだ。俺は早く暴力が振るいてぇってのに」
「はは、アンタも俺も、懲りねぇもんだよな。あんな目にあっても、まだ人を殴りたいと思ってるらしい」
持ってきた林檎を剥きながら、喧嘩屋が笑う。
「今の俺なら、簡単にぶん殴れると思うが、やってみるか? 」
「止めとく、なにより病人に勝った所で嬉しくねぇよ」
器用にも、綺麗なウサギ剥きで皿の上に並べられた林檎を摘まむ。
「おう、うめぇな。青森県産か? 」
「ちげえよ、山形県らしいぜ。…なあ、俺どれくらい刑務所にいなきゃなんねぇんだろな? 」
「さあな、俺は具体的な判例には詳しくねぇよ。…多分、そう長くはならねぇんじゃねぇの? 」
「だと良いんだけどな。俺、出所したら、あんたみたいな警官を目指したいんだけど、なれるかな? 」
「俺みたいな不良を目標にするのは止めとけ。ただ警官になるのはそう難しくねえだろうよ。更生の為の支援なんて探せば幾らでもあるし、警察官はいつでも人手不足だ」
「あんがとよ、それじゃ俺は帰るぜ。俺が警官になる日まで、くたばってんじゃねえぞ不良警官! 」
扉を閉める音が聞こえた。
静かになったが、さてこれはこれで寂しいもんだ。
何をして、暇を潰そうかね。
不良警官の喜び 牛☆大権現 @gyustar1997
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