第4話 魔法使いの少年と花

 テンとの出会いを一通り学長に話したレアは、本題にと言わんばかりにその眼を光らせた。


「テンは何も知らないようなのです。まるで別の世界から来たみたいに。それに、自分がかも分かっていない。」

「そうか。さきの事件と何か関係があるかもしれないな。」


 といつものように口を大きく開けて笑うが、その眼には予想もつかない何かを見つめるような冷静さを感じさせた。


「分かりませんが、個人的にもあの少年は気になるのです。なんというか、空っぽみたいで…。あの少年、テンをこの学秀屋に通わせてあげられないでしょうか。」


 レアはやや力のこもった口調で


「お願いします。」


 と頭を下げた。


「全く問題ないよ。目の届くところにいてくれた方が安心するしね。」


 とレアの頭にそっと手を置いた。


「あの子のことは君に任せるよ。でも、困ったことがあればすぐ私に言うんだよ。」


 学長はまるで愛おしい我が子を見つめるような穏やかな笑顔でレアの頭を撫でた。 

 レアは恥ずかしそうに眉をしかめたが、


「ありがとうございます。」


 と言って学長室を後にした。

 部屋を出ると急ぎ足で図書室へ向かった。


 は…は… 


 少し息を切らせながら図書室の扉を開くと、本棚に立てかけられたはしごの上にテンがポツンと座っていた。テンは大きな本を膝に乗せてじっと同じページを見つめて固まっていた。

 レアはそっとテンのもとに歩みよる


「テン、その本がどうかしたのか?そんなところで読んでいるとあぶない。」


 レアの呼びかけは全く聞こえていない様子で、テンはぼーっと本を眺めていた。いや、目線は確かに本を向いているはずなのに、全く別の何かを見つめているように思えた。

 そのなんとも言えないこわばったテンの表情に胸のざわつきを覚えたレアは、とっさにはしごに上り、


「テン、危ないからここから降りよう。」


 とテンの肩に手を置き、諭すように優しく声かけた。得体の知れない胸のざわつきを誤魔化すようにあえて落ち着いた口調で話したのだ。しかし、ふとレアの方を振り返ったテンの陰った目から溢れる大きな雫をみた瞬間、なにも言えず固まってしまった。


「あ…あの…。」


 不意な人の声にテンとレアは肩をびくっとさせ、我に返ったように声の方に顔を向けた。


「ごっごめんなさい。驚かせるつもりじゃ…。」


 そこには、袴の上からぶかぶかのローブを纏った少年が立っていた。

 そのローブはエメラルドの深海のような色に少し心を落ち着かされたレアは、


「いや、大丈夫だ。何か用か?」


 と淡々と答えた。


「その、上の方にある本を取りたくて…。」


 と恥ずかしそうに眼鏡の柄を触りながら言った。その分厚く大きな眼鏡に加えて、青みがかった灰色の癖っ毛がおよそ顔の上半分を覆ってしまっているので、表情がさっぱりわからない。しかし、顔の紅潮が首にまで達しようとしていたので、レアはぱっとテンを抱えてはしごを降りた。


「すまない、モリー。はしごを使いたかったのだな。」

「僕の名前…。」

「ん?どうかしたか?」

「いっいえ!ありがとうございますっ。」


 と慌ててはしごの方へ向かっていった。


「レア。」


 さっきまで涙を流していたとは思えないほどにけろっのしたテンはレアの袖を掴んだ。


「どうした?」

「あの子はなに?」


 とモリーを見つめた。


「ああ、あの子はモリーと言ってここの生徒…学びにきてる子だ。」

「モリー。生徒…じゃあレアがあの子に学びを?」

「そうだよ。まぁ、私が教えるのは薬学なのだけどね。それに生徒は他にもたくさんいる。」

「そうなんだ。」


 とそっけない返事をするが、その眼はじっとモリーを見つめていた。


「もし君がよければ、ここで君も学ばないか。」

「僕がここで?」

 まだモリーを見つめたままのテンに、


「ああ。」


 とレアが返事をすると、少し間を開けてテンは静かに頷いた。


「いまから??」

「いや、今朝の事件があったからね。今日は休みになったんだ。」

「休み…。」

「そう、だから今日は生徒もいないし…ん?」


 レアとテンはゆっくりと振り返り、はしごの上で本を探しているモリーの方を見た。

 視線を感じたのか、本を探る動作がピタっと止まりこちらを振り返った。


「モリー、君。どうしてここにいるんだ。今日は休みになったと連絡を飛ばしたはずだが。」

「ご、ごめんなさい、どうしても読みたい本があって。」


 と大きな本で顔を隠した。


「ダメじゃないか。」


 その間のない端的な言葉にモリーは思わず肩をすぼめ、


「ごめんなさいっ。」


 と声を震わせた。


「いや、今朝のこともあるし、危ないから…その…。」


 と言葉を探すようにぎこちなく喋るレア。

 そして小さく一呼吸すると、モリーのいるはしごの近くまで行き、


「探してた本は見つかったのか?」


 とモリーの震える手を見つめて優しく言った。


「はい…。」

「そうか、ならお家まで送るから、おいで。」


 とレアはその白く細い手を差し出した。モリーは顔を隠していた大きな本を少し下げて、ちらっとレアを見ると、本を脇に抱えておそるおそるレアの手をとった。

 レアはモリーの手を引きテンのところに戻た。すると、モリーはレアの手を握ったまま恥ずかしそうに後ろに隠れた。


「せっかく同じ学び舎で学ぶのだから、お互いに自己紹介しておいた方がいいんじゃないか。」


 レアはそういうと、さっと二人の間にしゃがみ、テンとモリーを向かい合うように立たせた。

 テンは目の前に立つモリーを無言でじっと見つめるので、モリーは本をぎゅっと抱きしめて全身を真っ赤にした。


「………。」

「ふたりとも?」


 放っておくといつまでも沈黙が続きそうだったのでたまらずレアが声を出した。


「じゃあ、モリーからできるかい?」

「はっはいぃっ。」


 不意に指名を受けたモリーはぴんっと姿勢を伸ばした。


「僕の名前はモリー・ケンネルっていいます。まっ魔法使いです。」


 と、上擦った声でもなんとか言い切るモリー。

 すると、テンはずいっとモリーに近づき、


「魔法使い?それってなに??」


 と淡々とした口調ではあるが、ほんのり声を弾ませて聞いた。

 急に近づいてきたテンに驚いきながら、モリーは助けを求めるようにちらりとレアな顔を見た。

 レアはモリーを見て小さく頷いたので、モリーは辿々しくも話し始めた。


「魔法っていうのは…呪文とか、杖とかを使って奇跡みたいな現象を起こすことを言うんだ。」

「じゅもん?きせき…」


 テンの頭の上にハテナが浮かぶ。

 そんな様子のテンを見たモリーは、ぶかぶかのローブの内から杖を取り出すとあたりをキョロキョロしだした。しかし、めぼしいものがなかった様子で困ったように頭を抱えると、はっと気づいたように本をテーブルにおいて再びローブに手を入れゴソゴソと何かを探し出した。


「みっ見ててね。」


 とポケットからとりだした小さな種を左の手のひらにのせて見せた。

 そして、右手の杖をふるっと振るった。

 テンがあまりにも興味深々にモリーの手の中の種を凝視するので、次第に種を乗せるてがぷるぷると震え出した。

 その瞬間、種がメキッと割れ、間から水々しい緑の芽が顔を出した。

 芽は、竜が空へ昇るようにみるみると茎を伸ばし、白い花弁がふわりとひらいた。

 窓からの光を反射したそれは、モリーの手の上で静かに優しく輝いていた。


「ヒナゲシだな。」


 ほほう。と感心したように顎に手を当てて呟いた。


「ヒナゲシ。きれい。」


 とテンはそっとヒナゲシに手を伸ばした。


「これが魔法だよ。」


 とモリーは嬉しそうに言うと、テンにヒナゲシを渡した。

 テンはもらったヒナゲシを愛おしそうに見つめていると、モリーが恥ずかしそうにローブをくしゃりと握って、


「君は何の種なの?」


 ときいた。


「種?僕はテンだよ。」

「テン?それは何かの妖怪なの?」

「僕の名前だよ。妖怪じゃ…ないと思う。ボクには空を飛ぶ翼もないし、君みたいな魔法も使えない。僕は何でもない。」

「そ、そうかな…。テンの髪、すっごく綺麗だよっ。なんだか、見ているだけで心が晴れるような不思議な気持ちになる。」

「僕の髪…?」


 きょとんとした顔のテンに、レアは思わずクスリと笑った。


「たしかに、本当に綺麗な髪だ。」


 とテンの頭にそっと手を置いた。


「自己紹介も済んだし。テン。私は今からモリーを家まで送り届けるのだが、一緒にくるか?ここで私が戻るのを待っていてもいいが…。」

「…。」


 黙ってしまったテンをみて、


「どっちでもいいなら一緒に行こう。ついでに町も案内しよう。」


 とテンとモリーの手を取って図書室を出た。

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あの日、ぼくは。 ゆいまる @kakuyui12

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