幻想ファンタジー 〜またの名は「ハリエット・スミスソン」に捧ぐ〜

@yoona0902

第1楽章 「夢、情熱」

① 「夢、情熱」

「来年、私が留学から帰ってきたら。ねぇ、一緒に海外旅行いこうね」

俺にとって、今までの人生で一度も聞いたことのないセリフを残して彼女は成田空港のセキュリティチェックへと向かっていった。

彼女ができたことのない俺にとっては、どんな言葉よりも深く重く琴線に触れた。

彼女を見送った(しかもサシで!他に人はいなかったんだぜ!!!)後に、留学後に行く予定の外国の島々をネットで検索し、費用まで算出。

その費用たったの20万。彼女のためなら直ぐに貯めれる金額だ。コンビニの深夜バイト頑張ろう。


② 「舞踏会」

突然、彼女から連絡がきた。

「デュッセルドルフについたよ。ここで乗り継ぎなんだ!」

「無事でよかったよ。またウェールズに着いたら連絡してね」

この何気ない会話にどれだけ深い意味が込められているか。今まで21年間、このような温もりのこもったメッセージをやりとりしたことがあろうか。わざわざ「乗り継ぎ」報告メールを寄越す女性なんていただろうか。短いメールだが、喜びはひとしおだ。これが愛なんだ。彼女を見送ったのは10月だが、遅い春の目覚めが到来した気がした。


③ 「野の風景」

数週間後、事件はやってきた。

「彼女からの返信がない!ないのではない!遅いのだ」(事件から1日目)

「きっと勉強が忙しいんだ」(3日目)

「何か重大な病気かもしれない」(7日目)

「電波が悪いのかも」(14日目)

「今日はクリスマスだね!!よいクリスマスを!」(20日目)

「そうだ。外国のクリスマスって、家族と過ごすんだよね。邪魔しちゃったかな」(21日目)

「あ、明日はお正月だ!あけおめメール送らないと!!」(26日目)

「外国には、あけおめ文化ないのかな」(27日目)

「愛を成就させるための試練だな。それでも俺は待つ」(31日目)

このように人間は側から見て絶望的な状態に置かれても、当人は平常でいようと頑なに変化を拒絶し、異常を正常に保とうと思考が麻痺する便利な機能を備えているものだ。


④ 「断頭台への行進」

結局返事は来なかった。そして、彼女の親しい友人からメキシコ人の彼氏が留学先でできたことを知らされた。

20万円。使い道のない大金。俺に残ったのは、使い道のない20万だけ。彼女は俺のこと忘れたのかな。それとも最初から好きじゃなかったのかな。どうしてだろう。なんでだろう。わかんない。あれだけ連絡を待って楽しみにしてたのに。せめて返事くらい返してくれても良かったんじゃない。なんで、お見送りした時に旅行行こうなんていったのさ。わかった。彼女は俺のこと好きだったんだ。だからこそ、俺に彼氏できたということに罪悪感を覚えて連絡できなくなったのかも。俺のこと考えてくれてたのかな。もし今俺にあったら、、、、、、。


⑤ 「サバトの夜の夢」

彼女が戻ってきたらメキシコ人の彼氏を棄てて俺の元に来てくれるかもという淡い期待もなくなった。

さらに悲しいことに、彼女は元々好きだったという男性と再び帰国してから巡りあい、俺ではなくその男を選んだそうだ。空白の1年間。

20万の使い道は決まった。せめてお金だけでも!神様もみてくれてるはず。この不幸に追い打ちをかけるなんてないだろう!

師走の空気を感じさせないほど、熱気に包まれた中山競馬場。

俺はサウンズオブアースの単勝に20万。前走のジャパンカップは良い脚で伸びてた。それに2着が多い善戦マン。なんだか俺の恋愛事情にそっくりだ。だからこそサウンズオブアースに勝ってほしい。そしたら、俺も次の恋愛チャンスが巡ってきたときに、勝利を掴むことができそうな気がする。


ゲートは開かれた。良いスタートをきったサウンズオブアースは3番手の位置につけた。これはいいぞ!!単勝は約10倍。勝ったら200万だ!


最後の直線、サウンズオブアースが抜け出した。もちろん競馬場には人があふれていて、モニターもレースも見えなかった。それでも周りの歓声でサウンズオブアースが来てるのはわかった!勝った。やった。

しかし最後の最後でクビ差負けた。しかもゴールドアクターとかいうわけわかんない8番人気の馬に。サウンズオブアース複勝2倍以上ついたっぽい。複勝にしておくべきだった。

自分に愛がなければ。サウンズオブアースに感情移入してしまうような甘っちょろい考えが無ければ、複勝にしていたかも。全部はあの女のせいだ。けれども今も彼女のことが好きだ。人間そんなに簡単に人を嫌いになれない。でも流石に今回ばかりは俺も疲れた。

そして俺は競馬場で項垂れている同士をみて思った。

「風俗に行けばよかった」


〜完〜


【名盤解説記】

本楽章でご紹介する名盤は、イゴールマルケヴィッチ×ラムルー管弦楽団による『幻想交響曲』。

少しクラシックを嗜んでいるくらいの人間からしたら「は、誰それ」となりそうな指揮者とオケの組み合わせ。

書いている俺もそう思う。DG(ドイツグラモフォン)から出ていなければ「ショッパイ演奏かな」とスルーしていただろ。


第1楽章 「夢、情熱」

これは小説で言うところの①にアタリますね。最初、夢見たいな言葉で心をときめかされ、苦痛であったバイトが苦痛ではなくなる。つまらない人生が一瞬にして薔薇色になりそうな予感。

マルケヴィッチの演奏ではですね。えー、とてもいいです。1961年に録音されたとは思えないですよ。凄く綺麗です。有名なところで言えばサーコリンデヴィス×コンセルトヘボウの第1楽章に近いかなと。録音の良さでね。


第2楽章 「舞踏会」

ここから僕はマルケヴィッチの凄味を感じますね。小説では②ですね。ワクワクしてー、踊りだしたくなるような。

なんといっても第2楽章の30秒あたりですかね。弾けるんですよ。ここ結構指揮者によって違って、平坦でスルーしてやり過ごす人もいるのですが、マルケヴィッチは強く指揮してます。ミュンシュ×パリ管のアルトゥスからでてるライブCD並みの力強さ。

そのあとは楽しいワルツが始まるのですが最高です。


第3楽章 「野の風景」

小説で言うところの③です。段々不安になってくるんです。

演奏もそんな感じで、彼女は俺のこと好きじゃないのかなってのを表現してるっぽいです。まあ正直俺はこの楽章すっ飛ばして聴くことが多いです(笑)。ドライブ中は流れで聞きますが。


第4楽章 「断頭台への行進」

小説で言うところの④。ここは、振られた主人公が狂気と化す場面。

最後この楽章の演奏では主人公の首が切り落とされて、刑執行のファンファーレが吹かれるのですが、マルケヴィッチは特徴的です。

最後のファンファーレを余韻残さずスパッと切ります。それがまた良い。ほかに類をみない演奏ですね。かっこいいですよ。


第5楽章 「サバトの夜の夢」

小説で言えば⑤。もう完全にここまで来れば狂ってます。狂人ですね。失恋して正常な感性を失ってます。

マルケヴィッチは冷静さを保って、落ち着いた感じのテンポを刻みますが、最後はしっかりと捲ります。とはいえミュンシュ、クリュイタンス に比べれば捲り具合は落ちます。

個人的には、ミュンシュ、クリュイタンス を「動の幻想(激しい幻想)」と考えていて別物扱いです。

逆に、サーコリンデヴィス、マリスヤンソンス、マルケヴィッチは「静の幻想(冷静な幻想)」と勝手に解釈して楽しんでいます。


以上


みなさんも是非「幻想交響曲」を聴いてみてください。素人でも幻想は楽しめるクラシックです(名盤を聞けば)。




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