時間を、空間を、君を。(現代ドラマ)

「ーーおっ、」男性が驚いたように言った。




「今日は、二が六つもある日なんだな。年と月と日で六つ……。珍しい日だなあ」




「……なに、急に」それに、テーブルの真向かいの女性が返した。二人はリビングで紅茶を飲んでいた。二人きりの、昼下がりの風情だった。




「別に、珍しくないと思うけど。そんなに驚くこと?」


「そうか? 珍しいじゃないか。俺、こういう数字の並びが好きなんだよ」


「あら、新鮮な情報。三十年の結婚生活ではじめて知った。ありがとうございます」


「……そんな、クッキー食べながら言われてもな。……しかし、三十年か。俺たち、結婚してから三十年経つんだよな」




 ポツリと呟かれた言葉。それに、女性は訝しげな表情を浮かべる。




「……なにそれ。急にどうしたの。普段は、そんなこと言わないくせに」


「いや、三十年っていうワードが出てきたからさ。でも、早いよな。結婚してから三十年だし、出会ってからは五十年経つんだぞ」


「……そうねえ」女性は少し考える素振りをし、言う。




「本当ね。小学生からの付き合いだから、もう五十年か。早いわねえ」


「本当だな。改めて考えると、すごいよな。小学生の頃、結婚して子供を二人育てるなんて想像もしなかったよ」男性の言葉に、女性は笑声を漏らした。




「バカねえ。当たり前じゃない。……それに、小学生の頃はあなたのこと好きじゃなかったから。こうして結婚するなんて、思ってもみなかったわ」


「ーーえっ、俺と? 高月博人と、木月麻衣子が、結婚するとは思わなかったってことか?」


「……なに、突然? なんで、フルネームで言うわけ? それに交互に指まで指して」




 驚愕の表情を浮かべた男性に対し、女性は怪訝な顔をして言う。それに、男性は平然と返した。




「いや、別に。なんとなく、言いたくなってさ」


「……変な人。今日はなんだか、一段と変ね」


「まあ、いいじゃないか。たまには、こんな日があってもいいだろう」




 そこでしばしの静寂が生まれ、二人が紅茶を飲む音だけが部屋には響いている。


 リビングには、二人のみ。三十年を共にした夫婦がいるだけだった。




「……そうだっ」




 そのなかで、唐突に男性が女性の目を見て言う。




「さっき、小学生の頃は好きじゃなかったって言ったよな。ならいつ、俺のことが好きになったんだ? どこが好きになったんだ?」


「ゲホッ!」その言葉に、女性が軽くむせて咳きこんだ。


「……あなた、本当におかしくなったの? 急に、なにを聞くのよ」


男性は平然とした顔で答える。「いや、せっかくだからさ。聞いたことがなかっただろう」


「……だって、そんなこと言わないわよ。いちいち」


「だからだよ。な、今日は思い出大会にしようじゃないか。昔を振り返って、懐かしむ一日にしよう」


「……ええ、嫌よ。それに、昔のことだもの。覚えてないわ」




 男性の提案に、女性は当初顔をしかめて断った。


 だが、食い下がる男性のあまりのしつこさに、嫌々ながらも思い出を語りはじめていった。




 最初は小学生時代。そうして中学生、高校生と、時代を進めて二人は語り合っていく。


 はじめこそ口が重かった女性も、思い出していく過程に愉快さが生じたのか徐々に口調は軽くなっていった。




 共通の思い出はリビングに花を咲かせ、セピア色の過去は養分を与えられて色彩を鮮やかにしていく。


 香りの良い紅茶、歯応えの良いクッキーも明るい雰囲気に影響を与えていた。


 昼下がりの空間。二人は笑い、親しみ、懐かしがりながら時間を進めていった。




「ーーそういえば、」




 会話の途中。突然、女性が思い出したように言った。




「覚えてる? 中学生の時に流行った『時空の穴』って話。男子も女子も話してたわよね」


「……ああ、あったな」男性は頷き、クッキーに手を伸ばす。その眼前で、女性は愉快げに会話を進める。




「どこかに急に現れる『時空の穴』。その穴に入ると、時空を越えて未来に行けるって話だったわよね。今考えると、よくあんな噂で盛り上がってたものよね」


「……ああ、まあな。それだけ、子供だったんだろうな」


「ええ、そうね。もう、ずっと昔のことよね。……でもね」




 クッキーを静かに口に運ぶ男性。その目を見つめ、女性は言った。




「そのぐらいの時期なのよ。あなたのこと、気になりはじめたのって。急に話も合うようになったし、色々な好みが一緒だってことにも気づいて。不思議よね。それまで、意識もしてなかったのにね」


「……」




 うふふ、と女性は微笑む。


 そのなかで、男性はそっと目線を移し、リビングの外の廊下に目をやった。


 ドアは微かに開かれている。声が外まで伝わる状況である。




 男性だけが、廊下の気配に気づいていた。廊下にいる人間を知っていた。


 視線を向けたまま、男性は心中で言葉を紡ぐ。




(……聞いてるな? 頑張れよ。麻衣子を、振り向かせろよ)




 それは、自身の過去に対するエールだった。






 19/10/21 第173回 時空モノガタリ文学賞 【 時空 】最終選考

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徳田マシミ掌編集 徳田マシミ @takku2113

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