今宵の夜伽は、君に捧げる。 5
一件落着したはずなのに、一行の表情は冴えない。
息を吸うのも躊躇う重苦しい空気の中で、紅晶が顔を上げた。
「白麗
紅晶の方へと視線が注がれる。
「他国の話にはなりますが、権力を分けて、皆で
我が華羅国も、一国一皇にせずに、我々三人で協力していきませんか」
紅晶の提案に、そこに居た誰もが頷いた。
「賛成!」
碧英が天高く手を挙げる。
「わたしも」
朱衣も手を挙げると、皆思い出したように朱衣の髪に視線を移す。
「とりあえず、夜伽。『番』をの契約を解消して、朱衣を開放して貰えないか」
「無理だ」
「……この呪いを解く方法を探さねばだな」
「俺も協力しますよ、兄皇子」
「俺も」
三人は、少しずつ溝が埋まってきているようで、朱衣は隣に居た柑惺と笑いあった。
いつもの日常に戻ってこれた。
そう実感すると共に、すっかり病の痕が消えた腕を見詰める。
――きっと、もう、大丈夫かな。
先ほど連れて行かれた、柳詩の後姿を思い出す。
夜伽と『番』となってしまった自分も、今や妖だ。
本当は彼女と同様、連れて行かれても仕方がない。
朱衣は皇宮を出ることを決めて、本調子ではないから部屋へ戻ると嘯き、夜伽と自室に戻った。
「朱衣、本当に出ていくつもり?」
丑三つ時。もう誰の声も聞こえてこない、静かな皇宮内。
夜伽と必要な分の荷物を纏めて、朱衣は皇宮から出て行こうとしていた。
「うん。最後に、少しだけ書庫を見てきていい?」
「暗いから、気をつけて」
「はーい」
夜伽と『番』になってから、体は軽いし、夜目もよく利く。
本当に自分の体なのか、疑問に感じるくらいだ。
書庫の背表紙を眺めながら思い出に浸っていると、ぼんやりと火の明かりが視界に映った。
「白麗」
何故、こんな時間に起きているのか。
何故書庫にいるのか。
問いたいことは山ほどあるが、まず自分の言い訳を探すほうが先だった。
朱衣は、ここを出ていくことを気付かれないようにしなくては、と口を固く結んでいると、白麗が小さく笑った。
「朱衣、皇宮から出て行くつもりだね」
「なんで」
「その手の大きな荷物、かな」
気付かれてしまったなら仕方ないと、朱衣は笑って誤魔化した。
「行かないで」
白麗が、朱衣の腕を掴む。
白麗の目が火の光で煌いて、今にも泣きそうな顔をしているように見えた。
「白麗……」
「ずっと、皇になんてなりたくなかった。今でも、まだなりたくないと思っている。
本当は、国なんてどうでもいい。どうなったって。
……でも、朱衣。君がここに居るって思えば、私は強く居られる。
そのためになら、皇にだってなれる」
白麗の瞳は真剣で、吸い込まれてしまいそうだ。
「朱衣、私の傍で見守っていてくれないか」
白麗の美しい顔が近付いてきて、唇が触れた。
その瞬間、甘さに脳が痺れて、思考が乱れる。
これが、『精気』。
朱衣が力無く白麗の胸に凭れかかると、白麗は笑んだ。
「ねえ、朱衣。傍に居てくれるよね」
朱衣は催眠にかかったかのように、こくりと頷く――。
「僕の『
夜伽が目にも留まらぬ速さで白麗から朱衣を奪い取る。
そして、隠された白麗の手を見て、ギリギリと歯を軋ませた。
「だから、お前は嫌いなんだ」
白麗が持っていた、春画と偽られた呪符の書。
白麗は口許を隠すように、ひらりと短冊のような呪符を掲げた。
「念には念を、だよ」
白麗は獣医生の
もしも、朱衣が夜伽を選んだとしても、自分の元から離れていかないように。
――この
翌日、目覚めた朱衣はこの夜のことをすっかり忘れていた。
うっすらと、まるで霧の向こうの景色のようにしか思い出せないという。
その後白麗に上手く丸め込まれて、皇宮からの脱出は先へと見送られることになった。
夜伽は少し不服そうにしていたけれど、もう少しだけ皇宮に居られることに安堵している朱衣を見て、渋々納得をした。
今日も皇宮の書庫には、二羽の妖が棲んでいて、皇子の書を管理している。
今宵の夜伽は、君に捧げる。
終
今宵の夜伽は、君に捧げる。 美澄 そら @sora_msm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます