今宵の夜伽は、君に捧げる。 4


 朱衣は、夜伽が差し出した手を取った。

 その瞬間、幼い姿だった朱衣は等身大の姿に戻っていた。

 彼女の真っ直ぐで力強い視線に、決意の強さを知る。

 

「お願い、夜伽」

「うん」


 ――本当は、ちゃんと君が僕を選んでくれるまで待っていたかった、なんて今更かな。


「『番』は永遠の契約。僕達は一対の翼になる。

 朱衣、君はもう孤独じゃないよ」


 夜伽は朱衣と両手を重ねると、祈るように朱衣の唇に口付けした。

 辺りが光に包まれていく。

 朱衣も、夜伽も、夕陽すら全てが白く輝いて――


 目を醒ますと、朝陽の射し込む中で、夜伽が笑顔で覗き込んでいた。

 鮮やかな夕陽色の髪の先は、夜空に散りばめられた星のように、金銀に輝いている。

「おはよう、朱衣」




 朱衣が夜伽を連れて白麗の部屋に赴くと、白麗と紅晶、碧英が既に揃っていた。

「朱衣」

 三人が目を丸くして、朱衣を見詰めていた。

 顔色もよく、しっかりと二本の足で立っている。

 先ほど部屋を訪れて、朱衣の寝顔を見ていた紅晶と碧英は、開いた口が塞がらない。

「朱衣、なんで」

「これ、夢? だって、さっきまで、眠っていて……」

 紅晶がよろめきながら近付き、朱衣の袖を捲った。

 そこにあったはずの、白い肌に咲く、赤い花弁のような痣は跡形もなく消えている。

「朱衣、その髪は?」

 碧英が朱衣の髪を救うと、髪は所々夕陽のような赤い色が混ざっている。

 夜伽と同じ色の髪。


「朱衣には、僕の『番』になってもらった」


 その一言に、皇子達の目付きが変わる。

「わたしが選んだの。お父さんの意思を受け継いで、この国の行く末を見届けようと思って。

 ――白麗、紅晶、碧英。三人が纏まれば、きっとこの国はもっと良くなるよ。

 いつも、そう言っていたでしょ。わたしもそう思うから、夜伽の『番』にしてもらったの」

「朱衣……」

「とりあえず、そうね」

 朱衣がつかつかと寝台に座る白麗の元へと歩み寄る。

 そして、腕を振り上げて、頬を叩いた。


「白麗の馬鹿っ! みんなどれだけ心配したって思ってるの!」


「俺だって寸止めだったのになぁ」

 紅晶が苦笑していると、白麗は叩かれた左の頬を押さえて笑っていた。

「朱衣、おかえり」

「……ただいま」



 紅晶と碧英が調べていく中で、容疑者は六人まで絞られていた。

「祭りの前日にスープを作っていた、もしくは配膳に関わっていた者たちだ」

 その名前の中に、朱衣は見覚えがある人物がいる。


 ――このままじゃ、時間の問題ね。


「犯人は柳詩りゅうしさんだと思う」

「え?」

「朱衣、柳詩がそんなことする訳……」

 碧英の言葉を、朱衣が鋭い視線で遮る。


「彼女、わたしに酷いにおいねって言っていた。でも、あの時ってお医生様に診てもらった訳でもなければ、大きく体調を崩していた訳でもなかった。誰も、わたしの病のことなんて知らないはず。

 あの時は嫌がらせかと思ったけれど、夜伽のように死のにおいを感じ取れるんだとしたら……」


 だから、時間の問題、だと言っていたのだと思うと、朱衣の中で辻褄が合ってくる。


「……なるほど。妖」

「白麗兄皇子アニキまで」


「とりあえず、本人に聞くことにしたらどうだ?」


 夜伽は入り口に居た人物の手を掴むと、部屋へと引き摺りこんだ。

「なんて乱暴なことをなさるのです、放して!」

「柳詩」

「碧英様」

「お前、なのか?」

 碧英は、未だ彼女を信じたい気持ちがあって、揺れているようだ。

 夜伽が掴んでいた手を放すと、柳詩は袖でくっきりした猫目の、目尻を拭うような仕種をして見せた。

「一体なんの証拠があって、このようなことをなさるのです」

 柳詩がそう言うと紅晶が手を叩いた。

「証拠は用意できないけれど、証人をお呼びしよう。――柑惺」

 衝立の向こうから、柑惺が丁寧に拱手をして現れた。


「間違いございません、薬屋を訪れていたのは彼女です」


「証言が足りないならば、君が毒を買った薬屋の店主をお呼びしようか」

 紅晶は扇子を開いて口許を隠すと、柳詩を睨み付けた。

 紅晶の中で、彼女が犯人であることに確信を持ったのだろう。


 室内を重苦しい静寂が包み込む。

 今にもひび割れる寸前の、硝子の内に閉じ込められてしまったようだ。




「あーあ、残念。あんたがあの状況から生き返るなんて思わなかったよ、朱衣。

 けっこう色々やったのに、全然ここから出ていかないから疲れたわ」


 朱衣は柳詩のあまりの豹変っぷりに、化けの皮が剥がれた、という言葉を思い出していた。

 するり、と襦裙ふくの裾から太く長い尾が垂れる。

 蛇を思わせる、艶のある鱗を纏った尾だった。

 彼女がくつくつと喉の奥で笑う度に、部屋の空気が凍えていく。

「せっかくあと少しだったのに」

「柳詩……?」

 碧英は、目を丸くして、次の言葉が紡げずにいた。

「残念です、碧英様。私は貴方に皇になって欲しかった。……白麗、あんたじゃなくてね」

 兵に囲まれて、彼女は大人しく両手を縄で括られた。

「待ってくれ、柳詩! なんで、俺を皇になんて……」

「随分と野暮なことをお聞きなさいますね。



 昔、山で貴方に助けてもらった。……ただそれだけです」



 柳詩は、くつくつと笑いながら、兵に引き連れられて白麗の部屋を去っていく。

 悔しそうに落ち込む碧英の背を撫でてやったのは、白麗だった。









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