境界の守護者
蓬莱汐
prologue
––––地獄絵図だ。
目の前に広がる光景を例える言葉は、それ以外に見当たらなかった。
突然裂けた空。そこから漏れ出す赤紫の瘴気。姿を現した異形の化物。
阿鼻叫喚に包まれる。
人々は逃げ惑い、身を潜め、出来るだけ遠くへ離れようと急ぐ。
––––今から8年前のその時。
俺は誤って裂けた空に吸い込まれた。
俺は––––世界の境界を越えてしまったんだ。
***
新春の正午––––
その街、『黒魔市』は大災害に襲われていた。
最早珍しくも無い空間の裂け目––––『境界崩壊』と呼ばれる現象に襲われ、異形の化物が次々に街へ足を踏み入れている。
校内では非常放送と教師陣の声が飛び交い、それを掻き消すかのように生徒たちが興奮して声を荒げる。
「すげぇ! 結構近いぞ!」
「これなら彼らの戦闘が見られるかも……!」
「写真! 写真撮らなきゃ!」
その声に恐怖や焦りは感じられない。
それもそうだろう。『境界崩壊』が初めて確認されてから半世紀。その脅威に対抗する組織––––『境界守護隊』が存在しており、彼らが敗れた記録は今のところ存在していない。
事実上、こと対境界崩壊に関しては最強。
故に、生徒たちの興奮は大災害にではなく守護隊に向けられ、更に恐怖は存在しない。
「おお! 来た来た!」
「かっこいい……」
「やれぇぇぇ!!」
空を舞う幾つかの影に興奮の熱が上がっていく。
白い隊服に身を包み、それぞれが手に武器を構えて空を駆けていく。間違いなく守護隊の人間だった。
彼らは二手に分かれ、一方は裂け目を閉じに、もう一方は化物を鎮圧に向かう。生徒たちの目的は勿論、化物の鎮圧だ。
教室内の騒ぎは一層大きくなり、まるでショーを見ているかの様子になっている。いつの間にか教師まで混ざっている始末。
そんな騒ぎに乗り切れない少年が、教室最後尾の席で頬杖をついていた。
生徒たちの大半が教室前方の窓に集まっている為、少年の近くに人影はない。
「すっげぇ! もう一匹倒れたぞ!」
どうやら、化物の一体が倒れたらしい。
拍手や指笛で教室内外が湧き上がる。
「あれ、興味ないの?」
少年に気付いた少女が声を掛ける。
「……いや、そんなことない。寝ていただけだ」
「そう……? じゃあ、君もこっちに来て一緒に見ようよ」
誘われるがまま、窓へ近付いて外を見る。
「すごくかっこいいよね〜」
「……そうだな」
適当な返事を返しながら、少年は思い出す。
異形の化物と初めて遭遇した時のこと。
世界の境界を踏み越えた時のこと。
そこで化物と戦い、仲間と出会ったこと。
今はもう、そんな仲間はいないが……。
周囲の上がり続ける熱とは裏腹に、少年の熱は下がり続けていた。
境界の守護者 蓬莱汐 @HOURAI28
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