成人式の準備

 世界情勢の諸々の必要性に答えるため、ユウキはソーラル市長になった。


 むろん市長になったところであらゆる問題が自動的に解決されるわけではなかった。


 そもそもユウキの目的は『問題の解決』などではない。ナンパをすることが目的なのだ。


 しかしそのためにはとりあえず目先の問題をある程度までは解決しておく必要があり、その手段のひとつが市長就任である。


 だが就任それ自体にも多くの問題が付随していた。


 ユウキの市長就任にまつわる問題の中でも特に大きなものは、『市民の理解が得られそうにないこと』であった。


 円卓会議を終えて冷静になったソーラル市長代理のユズティは、市庁舎が誇る占術回路を用いてユウキの市長就任後のソーラルの雰囲気を予知した。


 それによると、どこの馬の骨とも知れぬ男が新市長に就任したことへの反発により、市政府から民心は離れ、ソーラルの雰囲気はユウキ就任前よりもむしろ大幅に悪化するとのことだった。


 ユズティが認めたところで、しょせんユウキはソーラル市民にとっては部外者に過ぎない。


 このまま就任式を決行したら、市の雰囲気の悪化によって絶滅カウントダウンが早まるのは必至である。かといってすでにユウキは邪星剣の持ち主として、エグゼドスの残留思念に認められた存在であり、それはすでに半ばユウキが市長であることを意味する。


 そんな状態でいつまでも就任式を遅らせることは、ソーラルにエネルギーの歪みを生み出し、それは絶滅カウントダウンを早めることになるだろう。


 この問題に解決策を見出したのはユズティだった。


 就任式が決行されてしまう当日に市長代理は素晴らしいアイデアを得て叫んだ。


「そうです! ユウキさんには、ソーラル市民に広く認知され崇敬を集めているもう一つの顔があるじゃないですか!」


 その言葉でユウキもすぐに理解した。


 幸いなことにエクスプローラー鞄の中には、いつでも使えるように『性別変更の薬』が何本か常備されている。


 市長就任の儀式の舞台袖でユウキは性別変更の薬のガラス瓶を鞄から取り出して一息にあおった。


 そしてかつてオーク百人に犯されまくった儀式の場……今はソーラル新市長就任式の舞台に改装されている舞台に足を踏み出した。


 ユウキの姿を認めた客席の市民が一斉に立ち上がり、歓喜の声を上げる。


「まさか! あの『異界の女神』が俺たちの新市長だと?」


「自分を犠牲にして戦争を止めてくれたあの伝説の女神が市長ならソーラルは安泰ね!」


 女体化したユウキはぎこちなくソーラル市民に手を振り返した。


 *


 その他諸々の市政にまつわる問題はユズティと行政官たちの力によって一つ一つ解決されていった。しかしあちらが立てばこちらが立たずというのが世の常であって、就任式後、すぐに闇の塔に新たな問題が持ち上がった。


 それは闇の塔の雰囲気悪化という問題であった。


 どうやら雰囲気には、一種の質量保存法則が働くようであった。


 闇の塔でユウキが生み出した『良い雰囲気』は、ポータルを通じてソーラルに送られる。その分、闇の塔の良い雰囲気が枯渇しつつあるのだ。


「こんなとき塔の機能が完全なら、雰囲気……つまり感情が場に及ぼすエネルギーを制御、増幅できるんだろうけどね」


 闇の塔の司令室でシオンが各種のグラフを空中に投影しながら呟いた。ユウキは聞いた。


「今、塔はかなり強化されてると思うが、それでもダメなのか?」


 シオンは闇の塔の透視図を空中に投影した。


 塔の中枢、縦に七つ並ぶ第一から第七までのクリスタルチェンバー、そのうち中心部にあるものが暗くなっている。


 シオンは塔の中央部にある四つ目のクリスタルチェンバーを指差した。


「本来であればこの第四クリスタルチェンバーに収めれているはずの『愛のクリスタル』が失われているんだ。だからこの塔からは場のエネルギーの調整にまつわる多くの機能が欠けているんだよ」


「ふむ。『愛のクリスタル』というと、猫人郷に奪われたものだな。安心しろ、猫人郷の成人の儀式に出席して取り戻してこよう。もうすぐ春だ」


 そこにラチネッタが猫人郷の族長、シマリエリを伴って姿を表した。


「おらのおっ母……いんや、おらだの族長のシマリエリが、ユウキさんに言いたいことがあるそうだべよ」


「おっ、円卓会議以来だな。まだ猫人郷には帰ってなかったのか」


 ラチネッタに大人の魅力を大量に付加したかのごときシマリエリがユウキにすがるような目を向けて言った。


「ユウキさん、私達の成人式を、どうかクリアしてください」


「クリア? 成人式にクリアも失敗もあるもんか」


「あるんです。私達の成人式をクリアしたものには『愛のクリスタル』が与えられます。ですが失敗した者は精気を失い廃人と化します」


「なんなんだそのしきたりは。あんたも知ってるだろ、今はこの世界の危機なんだ。愛のクリスタルを大人しく塔に返してくれ」


「もちろん私達とて、そうしたいのは山々です。ですがミカリオンの霊がそれを許さないのです」


「ミカリオン……というと、七英雄の一人で猫人郷の創始者だな。霊?」


「私達の祖先、大盗賊のミカリオンは霊体となって、霊廟に眠っています。私達の祖たる彼女は、成人式の一夜だけ目を覚まし、族長の娘に取り憑くのです」


 シマリエリは娘のラチネッタを見てさらに続けた。


「そしてミカリオンは族長の娘のパートナーと、族長の娘の体を使って交わります」


 ラチネッタは初耳の情報だったのか目を丸くした。


「その交わりにより、心からの深い満足を得られれば、ミカリオンは『愛のクリスタル』を手放すでしょう。しかしこれまでに数多行われた成人式でミカリオンが満足したことは一度もありません。伝説の大盗賊にして大淫婦たるミカリオンの霊は決して満足しないのです」


 ユウキは生唾を飲み込み、ラチネッタから目をそらしつつ言った。


「猫人郷の成人式……オレの予想を遥かに超えた儀式のようだな。だがあんたたちが許すなら、オレたちの剣と魔法の力で『愛のクリスタル』をミカリオンから奪い取ることもできるだろう」


「いいえ。『愛のクリスタル』はミカリオンの霊と完全に一体化しています。無理に引き剥がせばクリスタルは崩壊してその力を永久に失うでしょう」


「まじかよ。ってことは、何がどうあっても、この俺が成人式をクリアするしかないってことなのか。どうすればいいんだ?」


「私達がサポートします。これまでにも私達は、ミカリオンを満足させるために成人の儀式を細かくアップデートしてきました。それは儀式に挑む殿方に力を与えることでしょう」


 シマリエリは説明した。


 猫人郷に連れてこられた儀式の参加者はまず、『快楽園』なる庭園に誘われ、その奥に一つだけ実る『禁断の秘果』を手にとって食すよう促されるという。


「禁断の秘果だと? いつだかラチネッタから聞いたことがあるな。確か精力がブーストされるとか」


「ええ。その実を食べることによって、殿方の精気はおよそ五万倍にブーストされます。つまり実質的には無制限の精力を得られると考えてください」


「そんなもん喰ったらあとで死ぬんじゃないか?」


「いいえ。快楽園に一年に一粒だけ実る秘果は、私達、猫人郷が長い年月をかけて開発に成功した奇跡の実です。食せば精力をいくらでも放出できるようになりますが、その他のダメージは無いと考えられています。ただ……」


「ただ?」


「一年に一粒しか実らないため、これを食せる殿方は一人だけです。ですから快楽の実が開発されて以降、近年の成人式では、参加する殿方の人数をどんどん絞るようになってきています。今年はただ一人だけが選ばれて儀式に参加する手はずです」


「その成人式ではミカリオンの霊とやらを慰めなきゃいけないんだろ。男一人だけでなんとかなるのか?」


「私達も昔は殿方の頭数を増やすことでミカリオンの満たされぬ欲望を埋めようと考えていました。ですが物量を頼み、成人式の規模を大きくして百人、二百人、千人と殿方の数を増やしても、その全員の精力がただミカリオンによって吸いつくされ、いたずらに多くの廃人が生産されるばかりだったのです」


「…………」


「そこで私達は殿方の数を減らし、少数精鋭でミカリオンを攻めることにしました。幸いなことに私達、猫人は発情期になると、パートナーとなる殿方の精力を二倍にブーストする力を発現させます。その力を一人の殿方に集中するのです」


「…………」


「つまり今年の成人式では以下のような手順を辿って、殿方に持てる精力をブーストしていただくことになります。まず快楽園にて快楽の実を食べてください。私は食したことはないのですが、とろけるような甘さで美味しいとのことです」


「いきなり精力五万倍にブーストかよ」


「ええ。さらにその後、成人式の本番に至るまでに私達、適齢の猫人の全員と交わっていただくことになります。一人と交わるごとに、その殿方の精力は倍々に増えていきます」


「…………」


「そして数日をかけて数百の猫人と交わり、宴もたけなわになったころ、この娘にミカリオンの霊が取り憑きます」


 シマリエリはラチネッタを指差した。真っ赤な顔でこの話を聞いていたラチネッタ、彼女と目が合ったユウキは再度、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「そのあとは殿方と、この娘の体に取り憑いたミカリオンが欲望のままに三日三晩交わり続けることとなります。その間、私達猫人も全力で殿方をサポートします。ユウキ様、どうか私達の成人式をクリアしてください」


「お、おう……まあ頑張ってみるよ。オレはこれまでにもいろんな薬を飲んでるからな。強い刺激に慣れてる気がする」


「ユウキ様! 私達、母娘、そして猫人の総力を上げてあなたをサポートいたします」


「こちらこそよろしく頼む。そういや塔の運営のためにも『禁断の秘果』を食べたかったんだ」


「ユウキさん、おらも頑張るだよ!」


 ラチネッタは顔を赤らめながらも決意に満ちた表情を浮かべてユウキを見上げた。


 そんなわけで『愛のクリスタル』は、成人式をなんとしてもクリアして手に入れるということで目算がついた。


 だが成人式までにはまだ日がある。それまで『愛のクリスタル』なしで塔の雰囲気を向上せねばならない。


 また常に戦力を増強し続ける敵から塔を守るために、いつもどおり魂力を溜めて魔力を溜めなければならない。


 ユウキは忙しく動き回り、できることを地道にやっていった。


 ある日は迷いの森の精霊に会うために、森深くの沼に向かった。


 回復効果のある湯の量を増やせないか、かねてより迷いの森の精霊に相談していたのだ。


 日本の巫女を思わせる衣服に身を包んだ迷いの森の精霊、イアラは言った。


「湯量を増やす……できないこともないが、そのためにはより多くの自然エネルギーが必要となるぞ」


「どうやれば自然エネルギーを増やすことができるんだ?」


「それはこの森の自然の化身たるわらわの気持ちしだいじゃ。わらわは暇じゃ。なぜユウキはもっと森に遊びに来ぬのじゃ?」


「毎週来てるけどな。イアラこそもっと塔に遊びに来い……いや、いっそ塔に住めよ」


「そ、そんなことができるのか?」


「部屋は開けておくからな」


 こうして迷いの森の精霊が塔に住み着くことになった。これにより塔内の人間関係は不安定さを増したが、塔の裏の温泉の湯量と回復効果は大きく高まった。


 夜、シオン、ゾンゲイルらと温泉に入りながら、ユウキは来る成人式に向けてのイメージトレーニングを繰り返した。

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異世界ナンパ 〜無職ひきこもりのオレがスキルを駆使して猫人間や深宇宙ドラゴンに声をかけてみました〜 滝本竜彦 @TatsuhikoTKMT

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