哀歓編20話 吐露した弱音、隠した本音



会談ラッシュを三日で終わらせたオレは、イスカの専用ヘリに同乗し、ガーデンへの帰途についた。都に向かう姉さんにはリックとビーチャムを麾下の中隊ごと護衛に付けたから、大事あるまい。


「どうしたんだ、イスカ?」


オレ以上に多忙だったイスカは、紫煙をくゆらせながら物思いに耽っているように見える。この星の未来図でも考えているのだろうか?


「……あれから三年近く経ったのだな。覚えているか?」


忘れる訳がない。壁の外に出たオレが初めてこの世界を目にした時、一緒にいたのはイスカだった。


「ああ。研究所を出たオレは、イスカと一緒にガーデンに……」


「あの時の私に"この星の未来を変える男が目の前に座っている"と教えてやったらどんな顔をするだろうな。私は自分の先見性に自信を持っていたが、おまえに関しては全くの予想外だった。正直に言ってしまえば、"上手く育てば部隊長になれるかもしれない掘り出し物"、その程度の認識だったのだ。」


「オレにはわかっていた。"御堂イスカはこの星の未来を担うべき存在なんだ"ってね。」


研究所を出たばかりのオレにとって、イスカは強さも知謀も雲の上の存在だった。"軍事においては二代目軍神に比肩し得る存在"と評価されるようになった今でも、その思いは変わっていない。


「フフッ、先見性ではカナタが上だったのかもしれないな。今だから言えるが、急激に成長していくおまえの姿を見て、"私は制御不能の怪物を育てているのではないか?"と恐れを抱いた事もある。」


懸念ではなく、か。イスカが脅威を口にするのは、初めてかもしれない。色んな人から過大評価されてきたが、イスカも例外じゃなかったらしいな。


「杞憂に囚われるとはイスカらしくもないな。アプローチの仕方は違うが、オレとイスカは同じ方向を見て、同じ場所に向かっている。」


「……そうだといいのだが……」


いつになく弱気だな。いや、イスカだって人間なんだ。置かれた立場が立場だから強くあらねばならず、弱音を吐く事が許されなかっただけ。迷いもすれば悩みもするだろう。


「オレも正直に言おう。魔女の森でローゼと過ごした後、"世界を変えるならイスカよりローゼの方がいいんじゃないか?"と思ったんだ。」


「……そう思った理由は?」


「オレは欠けた人間だ。欠損のない天才に先導される世界よりも、凡人が足らずを補い合って共に歩んで行く世界が理想に思えた。だがそれも違う。天才と凡人は共存出来るし、しなきゃいけない。煉獄が典型例だが、歪んだ天才は凡人を衆愚と見下し、自らの思想を押し付けようとする。ああいう危険人物は排除しなければならないが、天才の発想と手腕を世界の為に活かさない手はないんだ。」


煉獄みたいな悪い意味での唯我独尊ではなくとも、心のない者を指導者にしてはいけない。どんなに有能であろうとも、だ。


「私にも才気の弊害が見え隠れしていた、か。煉獄ほどではないが、独善的な傾向がある事は認めよう。だが、おまえが言う"天才による先導"を否定すれば、才能そのものの否定に繋がるぞ。」


その通りだ。選挙ってのも本来、優れた人物を選出する為にある制度だ。人格と見識が良好な人物を選ぶ、だから代議士を選良と呼ぶ。ま、元の世界じゃ選良と呼べる議員は極一部だったけどな。悪い言い方をすれば、オレやローゼの考え方は"凡人の僻み"とも言える。


「……オレの親父は周囲から天才官僚と呼ばれていて、事実、天才だった。オレも親父のようになりたいと思って、親父と同じ高校を目指したが受験に失敗。一流中学から二流高校、そして三流大学へとドロップアウトして、親父に愛想を尽かされたのさ。優れた者が民衆を導く世界に反発したのは、落ちこぼれだった過去が起因しているんだろう。」


あれだけ尊敬していた親父に反発を覚えたのは、"為政者は衆愚に惑わされてはならない"という思考を感じ取ったからだ。世論に迎合するだけのポピュリストも有害だが、選民思想はさらに有害だろう。だから"世論に反してでもやるべき事をやる"なんて美辞麗句で己を正当化する政治家をオレは信用しない。


本物の政治家なら、どんな時でも世論を汲み取ろうとするし、どうしてもやるべきと思えばその必要性を訴えて国民の理解を得ようとするだろう。世論に反してでもやるってのは、どうせ愚民には理解出来ないって驕りだ。国民の反対を押し切って実行した政策が、後に評価された事例はあるにしても、それを口実に世論を無視するのは違う。


「優れた者が上に立つ、それを否定する気にはなれんな。おまえは自分を凡人代表のように思っているようだが、剣狼カナタは凡人ではない。他の兵士の追随を許さぬ優れた指揮能力と戦闘能力があったからこそ、おまえを部隊長に抜擢した。私はまだ制度の範囲内での抜擢だったが、ミコト姫など、制度を歪めてまでおまえに連邦軍の指揮権を委ねたのだぞ。」


「…………」


反論出来ないな。軍監なんて、オレに指揮権を委ねる為に無理やり創られた役職だ。


「おまえが肩入れしているローゼ姫とてそうだ。野薔薇の姫は自らは非力でも、有為な人材を集めて要所に配置し、使いこなす事が出来る。それに皇帝を説き伏せられるタイミングを察する慧眼、停戦協定を結ぶ為に敵地に赴く胆力といい、只者ではない。薔薇十字の台頭は偶然でも幸運でもなく、野薔薇の姫の人望カリスマが招き寄せた必然だった。」


イスカはローゼの力量を認めている。話の通じる有能とは上手くやれる筈だ。


「結局のところ、志と能力がある者が上に立つ、か。だが…」


「わかっている。ヒムノンやギャバンが好例だが、今日の弱者は明日の強者かもしれない。必要なのは機会の平等と可能性の発掘だ。無能を蔓延らせない為にもな。」


「ああ。それと、慎ましく暮らしたいだけの人間が普通に暮らせる世界って観点も忘れるなよ。働かざる者食うべからずってのは真理かもしれんが、誰もが立身出世を望んでいる訳じゃあないからな。」


地位や名声が疎ましい人間だっているんだ。オレなんて、出来る事なら遊んで暮らしたいって思ってんだから。


「そうだな。生き方は人それぞれだ。公共の福祉に反しない市民の権利と安全を守り、義務を果たしてもらいながら、ライフスタイルに合わせた人生を送れるように制度を整えるのが為政者の務めだろう。」


社会に寄与しない人間なら許容出来るが、社会に反する人間は許容出来ない。思うだけなら自由だが、実際に行動に移せば公共の敵パブリックエネミーだ。ま、納税してる時点で、どんな人間でも社会にゃ貢献してんだけどな。


「イスカなら出来るさ。」


「……カナタ……もし、私が……」


言い淀んだイスカはらしくない表情を見せた。躊躇と消沈、悲嘆と後悔の入り混じったような物憂げな顔。


「どうしたんだ? 心配事があるなら言ってくれ。どんな事でも力になる。」


「……いや……なんでもない。」


「イスカ、オレはおまえを信じてるし、おまえもオレを信じると言ったじゃないか。近いうちにオレは冷凍睡眠に入る。何かあるなら、今ここで話してくれ!」


コールドスリープに入れば何も出来ない。オレの居場所を知ってるのはパーチ会長だけだ。同盟が混乱すれば起こされるとは思うが、トラブルを事前に防げるなら、それに越したことはない。


「……少し心配になっただけだ。おまえ抜きで、これまで反目してきた他派閥と協力し、講和条約締結まで持っていけるだろうかとな。」


「だが、煉獄を封じる為には、オレとバーターするしかない。こんな時、東雲中将がいてくれたら…」


東雲刑部が健在なら、イスカの意向を踏まえながら他派閥と折衝し、上手く折り合いを付けてくれるに違いないのに……


「叔父上が生きていてくれれば……何の問題もなかった。」


「だけど中将はもういないんだ。人が人を尊重し、対話と共存に基づく世界を目指した東雲刑部。彼の遺志を受け継ぐのはイスカしかいない。」


「大丈夫だ、カナタ。もう弱音は吐かん。皇帝は腹心のスタークスの冷凍睡眠は最後に回すだろう。私は叔父上が育てた雅楽代玄蕃を腹心に据え、力を合わせて条約締結に邁進する。首都で言った通り、私は派閥ではなく、同盟全体の利益を考えて皆をまとめよう。」


そんな気はさらさら無いが、オレに身の丈に合わない野心があったとしても、捨てるしかなかっただろう。御堂イスカは、"頂点にしか立てない女"だ。


「頼んだぜ。派閥の垣根を越えて協力しながら、程々に妥協出来る世界を創ってくれ。オレが見届ける。」


……災害閣下、オレは新時代を担いますが、頂点に立つ気はありません。閣下に託された"真っ当で真っ直ぐな新しい時代"を実現する為の一助になれれば、それでいい。



誰もが見上げる偉大な指導者ではなく、誰かにとっての親しい隣人でありたい。閣下も自由人だったから、わかってくれますよね?

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クローン兵士の戦争 異世界で出世したけど、敵と美女と美少女に包囲されました 仮名絵 螢蝶 @kanaekeicyo

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