第4話 空園女史の悩み

 僕は少し変わっている。

 そのことに気付いたのはいつの頃だっただろう。


 他の人は気付かないことに気付くことができた。

 その日の朝に食べてきた物が分かったから言ってみたら、変な物を見る目で見られた。

 それでもみんなと仲良くなりたくて話題を探そうと必死になるほど、僕の異質さが浮き彫りになっていくみたいだった。


 直接的な暴力のようなものはなかったものの、僕はいわゆるいじめられっ子になっていて、両親もそんな僕を見て哀れむような顔をした。

 不登校になるという選択肢は僕の中にはなくて、そんな状況になってしまってからも毎日真面目に学校へ通い続けた。

 家出をする気もなく、けれど暗くなるまで家には帰らなかった。

 学校が終わると陽が暮れるまで河川敷をブラつくのが、中学までの僕の日常だった。


 その河川敷で、とある事件に遭遇したのが中学二年の秋だった。

 普段は見かけない男がいて、つい僕はその男のことを観察したのだった。


 それから少ししたある日、相変わらず河川敷を歩いていると、刑事だと名乗る初老の男性がその男の情報を求めてきた。

 一緒にいた若い男性は、こんな子供に聞かなくてもと苦い顔をしていたが、僕が話し始めたのを聞くと両目を見開いて僕を見た。


『年齢35〜38歳程度と推測される身長175〜180cmの男性は、モスグリーンのニット帽をかぶり、髪の毛は黒。ですが僕が見たときには明るい茶色のウィッグをかぶっていました。その時には既に地毛を適当に切っていたようですので、今はもう坊主になっているかもしれません。右の頬にホクロがあり、左の唇の横に3cmほどの裂傷がありました。警察から逃げる際に負った傷でしょうか。それなりに深く切れているようだったので、今も傷跡は確認できると思います。丸型でUVカット加工の施されたサングラスをかけていたので目は見えませんでした。腹部を右腕で押さえていたことと歩き方から、男性は左の肋骨および腹部、そして左足首に怪我をしているようでした。それらの怪我も一朝一夕で治るものではなさそうでしたので、鎮痛剤を摂取しない限りは今も痛みがあるでしょう。鞄などは持っていませんでしたが、ベージュのコートのポケットが膨らんでいました。歩く際に小銭の音はしなかったのである程度のお札を所持していたように思えます。左手には旅人書房の『東北へ行こう』巻末付録の路線図が握られていましたから、まずはそちらの方面を探すのが得策かもしれません』


 僕のその情報を元に、その男は逮捕されることとなる。


 後日僕の家を訪れた初老の男性が、本来であれば僕は色々な人から感謝されるべきなのだけれど、色々な事情からその男に関する事件は公にはならないのだと聞かされた。


 別に僕は誰かに感謝されたくて情報を提供したわけではない。

 ただ僕が見たこと、分かってしまったことを、普段誰にも言えない鬱憤を晴らすかのように全て話させてもらっただけなのだ。


 僕のことを気持ち悪がらずに、むしろ褒めてくれた人は初めてだった。

 そして僕は、それからも何かと交流を持つこととなったその初老の男性の勧めで帝国学園へ入学を決めたのだった。





 どうしてこんなことを思い出しているのだろう。

 ホームズとかワトソンとか、そんな単語に空園女史が反応したからか。


 僕は、探偵じゃあない。

 ただの、細かなことに気が付いてしまうだけの、凡人だ。



「…………ちゃん、しんちゃん!」


「へぁ!?」


「どうしました、白米の上にたまごふりかけが山盛りになっていますよ」


「うぉあああ」



 僕は白米に付着していない部分のたまごふりかけを、専用容器に可能な限り戻した。

 結構地面に落ちた。つらい。


 季節は冬。

 いつの間にか冬季休暇も終わり、”何でも解決するマン”の存在は学園中に知れ渡っている。


 一年生でありながら圧倒的なカリスマ性でもって生徒会長に君臨した空園女史が、会長就任スピーチで僕の名を出したからである。


 名を出すどころかまたしても『しんちゃんと呼んでもいいのは私だけ』宣言をしたものだから、その全校集会からしばらく、僕は会う人会う人に冷やかされる始末である。

 勘弁してくれ。


 帝国学園生徒会長という肩書きが加わったことにより完璧超人っぷりに拍車がかかった空園女史は、それでも相変わらず僕のそばにいた。


 僕だって年頃の男子ではあるのだから、超可愛い女の子に絡まれまくる展開に色恋沙汰の香りを感じないわけではない。


 けれど、入学して即座に僕をロックオンする理由が分からなかった。

 ある程度の期間を経てのアプローチであったなら、貴方の悩みは「僕が貴方のパートナーになってくれないこと」ですか?と聞くことができたかもしれないのに。


 僕は弁当を食べ終えると、隣に座っていた空園女史を見た。

 僕の視線に気付いた空園女史は天使の如き微笑みを返してくる。

 心臓が跳ね上がるので止めてほしい。


 僕はごくりとつばを飲み込むと、近頃どうしても考えざるを得ない一つの可能性について聞いてみることにした。



「空園女史に、いくつか質問をしたいのですが」


「あら、ついに私の悩みについて本気を出して考えてくれる気になりました? 何でも聞いてくださいな」


「何でも答えてくれますか?」


「質問内容によります」


「貴方は僕のことを、入学前から知っていましたか?」


「…………はい」


「……貴方は、僕が、誰にも言えない事件を解決する要因であったことを知っていましたか?」


「……ノーコメント」



 そう答える空園女史の顔は、どこからどう見ても”はい”と言っていた。


 そうだったのか。

 あの時、何もかもからもみ消された事件は、きっと空園財閥絡みの物だったのだろう。

 僕の証言で犯人が捕まったことを、空園女史は知っていた。


 知っていて……。

 その……。



「あ、あの、僕の勘違いだったら本当に恥ずかしいので、僕の勘違いだったら即爆笑していただいて即記憶を消去していただきたいのですが」


「はい、どうぞ」


「貴方は、僕のことが好きで、僕と同じこの学園に入学しましたか?」



 僕は転がり出そうになるくらい脈打つ心臓を飲み込んで、代わりにそのセリフを口から絞り出すと、ズボンを握りしめて俯いた。



「………………」



 黙らないでほしい。

 笑うなら笑ってほしい。

 沈黙に耐え切れず顔を上げた僕は、この世で最も尊い物を見た心持ちになった。


 すなわち、美少女×潤んだ瞳×上目遣いである。



「わ、私の悩みはなんだと思いますか?」



 僕の勘違いではなかった。

 僕の心臓はまだうるさかったけれど、口から転がり出そうなほどではなくなった。


 僕は覚悟を決めた。

 元より決まっていたものではあったのだが。



「”僕に、好きと言ってもらえないこと”ですよね。好きです、空園美鶴さん」


「……さ、さすがは、”何でも解決するマン”ですね! 解決です! その通りです! ……私も好きです。私を助けてくれたあの時から」





 その日の放課後、僕は空園女史の家へと招かれた。

 あの時の犯人、あの男はあれだけの怪我を負いながらも、僕とすれ違った後に空園女史を誘拐していたというのである。

 僕の情報により、空園女史は綺麗な体のまま救出されたのだとか。


 空園女史の両親が、僕の前で頭を下げる。

 財閥のトップが僕なんかに。

 慌てて頭を上げるように告げる僕の手を握り、空園会長は言った。



「君には感謝してもしきれないほどの恩がある。娘をこれからもよろしく頼むよ、何でも解決するマンくん!」


「鴨宮新です!!!!!!!!」



 僕の全力のツッコミが、屋敷中に響いた冬の夜だった。



>>おわり

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何でも解決するマンの苦悩 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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