エピローグ SIDE ユウタ

 黄色い道をまっすぐに進んだ先にあったのは、文字通りの扉だった。

 道の真ん中に、扉が直立している。


「なにこれ、面白いね! 本当に扉なんだぁ」


 初めて見るものが面白いんだろう、シンディーがウキウキと扉を検分している。

 扉の後ろにまわって見ても、やはり扉だ。

 だけど、その先の道は3メートルほどで途切れていた。


「この向こう側へ行けってことか」


 道がもうないと言うことはそういうことなんだろう。

 まっすぐ行けばサレファスに出るとフィオも言っていた。この扉で間違いなさそうだ。


「そうみたいだね」

「まさか時空の狭間に来ちゃうことになるなんてね」


 シーナも少し感慨深そうだ。

 ファルニアはというと、今来た道をふり返って眺めている。

 三つ編みにした長い髪が揺れた。

 フィオの風がまだいる。


 全く、心配ばっかりさせやがって。

 本当に昔から、ほっとくとなにしでかすかわかんねぇんだよなぁ。


「行こう。いいかい?」


 ジュンの手が扉にかかった。

 風がひときわ大きく吹いた。行けって言ってるみたいだな。

 フィオは扉までと言っていたから、風たちはここまでなんだろう。


「リリア、行くぞ」

「うん」


 頷いてファルニアがこちらへ来たのを確認して、ジュンが扉を開く。

 その扉の向こう側には、緑色の森が広がっている。森だから薄暗いが、時間的には日中みたいだ。

 なんなんだこれ、どういう仕組みなんだ。魔法戦争とかしてた頃って、こんな規模の大きな魔法がごろごろしてたんだな。想像がつかねぇや。


「ユウタ、先頭を」

「おう」


 頷いて、ファルニアの肩を叩き先に扉をくぐる。

 そこには鬱蒼とした森と、扉。

 扉の向こう側に、みんなと奇抜な色彩の時空の狭間が広がっている。


「よし、来い」


 みんなを招くと、名残惜しそうにしながらシンディーが通り、続いてシーナがこちらへ来る。

 ファルニアはもう一度ふり返って、風を受けた。そして扉をくぐる。

 最後にジュンが通り、扉を閉めた。

 途端に扉の姿が揺らいだ。あっという間にその輪郭が薄れ、空気に溶け込むように消えてしまう。


「え!? えぇッ!? なにこれぇ!?」

「消えたわね……私たちには、もう見つけられなさそうね」


 確かにそうだ。この扉をどうやって見つけるのか、皆目検討がつかないな。

 ま、俺たちにには分不相応ってヤツなのかもしれない。


「リリア、地図を出してくれるかい?」

「あ、うん!」


 ファルニアが出した古地図オールドマップをみんなで覗き込む。

 そこには、しっかりと地図が映し出されている。

 ちょっと古めかしいデザインの地図。フィオの言う通りなら、情報は新しいはず。


 地図には森と、その北西方向に街道が通っていた。その街道沿いに街がある。

 その街からさらに街道を辿って北に上がると、三つ目に出発した街の名前があった。

 そこのほど近い街道から少し離れた場所に魔力刻印がある。これが、鉱石採取に入ったダンジョンで間違いないだろう。


「そんなに離れてないみたいだね」

「だな」

「方向は?」

「あっちー!」


 シンディーが意気揚々と北西方向を指差す。

 太陽の位置からおおよそ方角はわかるとはいえ、時間も分かんねぇし方位磁石もなしに大した方向感覚だよな、あいつ。

 というかなんでも出来すぎて末恐ろしいくらいだ。


「ん、そっちだな。行くぜ」


 方位磁石で一応確認し、先頭として足を踏み出す。

 森の中だから害獣モンスターがいる可能性もあるし、慎重に行かないと。

 太陽の方角からして、まだ昼は回っていない。地図上の距離感からして、夕方までには最初の街につけるかもしれないってところだ。

 街につけば、もうそこで宿をとる方がいいだろう。


「なんか、お腹減って来ちゃった……」


 しょんぼりとしたファルニアの声が背中から聞こえて、つい吹き出してしまう。

 さっきまであんなに大変な目にあってたのに、食い気は減らないところがあいつらしい。


「もう、なによ。ユウタだってお腹空いたでしょ?」

「リリアを心配するのに疲れて、食欲感じるどころじゃなかったんだよ」

「う……」


 本当に反省しろ、ったく。人の気も知らないで。

 俺の寿命が縮まったぜ。


「食材さえあればなぁ」

「取って食うか?」

「やだよぉ、下ごしらえする時間あったら街に入って美味しいものたくさん食べたいー」

「それもそうだな」


 ファルニアにはあぁ言ったけど、確かに空腹だ。

 腹が減って倒れるってほどでもないけど、体力は奪われる気がする。女子三人の体力も気になるところだしな。

 早いところ森を出ないと。


 木々の間からキラキラと光が降り注ぐ。

 なんにしても、帰って来られたんだ。良かったと思おう。

 フィオ、あいつ、これからも一人で生きるつもりなんだろうか。俺らに心配なんてされたくないだろうけど。


「ん? ねえユウタ、聞こえる!?」


 シンディーが追いついて来て横に並ぶ。

 そう言われて耳を澄ませると、確かに聞こえた。


「川か?」


 水の流れる音だ。穏やかで静かだが、はっきりと水だとわかる音。


「やったね、水飲めるんじゃない? 水筒に水詰めたら、なんとかなるよ! あたし塩持ってるし、ちゃんと街まで保つと思う!」

「そうだね、行ってみよう」


 うなずき合って音の方角を目指す。

 果たして、そこに川はあった。

 木々が切れ、青空が顔を出す。

 その陽の光を受けてキラキラと輝く水面が目の前に広がった。


「やったビンゴ!」


 真っ先に水をすくって口に運んだのはもちろんシンディーだ。

 続いて、それぞれ川辺で水を口へと運ぶ。

 ああ、生き返るようだ。


「美味しい〜。水でお腹膨らましておかなくちゃ!」

「そうしろそうしろ。まあ用を足すのが大変だろうけどな!」

「もう! 水を差さないでよユウタのバカっ」


 ぷいっとそっぽを向いたファルニアに、笑みがこぼれる。

 いつもの調子に戻って来たみたいだ。

 けど、これまでの異常な状態からのハイかもしれねぇしな。なんかの拍子にどっと疲れが出て動けなくなることもありうる。

 仕方ないから注意しといてやるか。またなにかしでかされても困るしな。


「なに笑ってるのよ」

「なんでもねぇよ」

「うそ、絶対なんかあるでしょ」

「ねぇって! そんなにぷりぷりするなよ。お前は笑ってりゃそれでいーんだよ」

「もう。またそうやって子ども扱いするー」


 子ども扱い、ねえ……。

 いや、考えないでおこう。なんか虚しくなる。


「そうだ。リリア、歌ってくれるかい? 疲労回復みたいなことができればなおいいんだけど、どう?」

「で、できるかな……でも、やってみる!」

「ユウタも手伝ってあげてくれ」

「はいはい」


 ジュンに言われなくてもわかってるってぇの。

 というかあのカップル、最近性格悪くないか?

 シーナあいつも、時空の狭間で変なこと言い出しやがって。あれ、絶対俺が目を覚してるのわかってて聞いてたよな。ファルニアから見えないように、こっち見てくすくす笑ってたし。

 たぬき寝入りさせやがって。


 まぁ、いいか。

 そんなことよりも、無事にファルニアと歌えることの方が嬉しいしな。

 まだ油断はできないけども。


 ゆっくりとメロディを紡ぐ。

 重なってきたファルニアの伸びやかな声に、そちらを向く。目が合った。にっこりと楽しそうに笑う顔に、頷く。

 そうだ、笑ってればいいんだよ。




「あなたの声が すべてをつつむ

 優しい歌   

 叶えるから、そっと……」




 笑っててくれるならなんでもしてやるよ。

 ほっとくとなにしでかすかわかんねぇからな。




「いつまでも君と 暮らしていきたい

 すべてのもの つつむ光

 優しいおもかげを残して」




 ユウタはロマンチックな歌を作るんだね。

 そんなことを言われたっけなぁ。

 人の気も知らないでよく言うよな。

 いつか彼女は俺の側から離れていくんだろうか。誰かと愛し合って、別れるのか?

 それもまた彼女の人生なのかもしれない。この先がどうなるかなんてわかんねぇしな。

 ま、それまではせいぜい世話を焼かせてもらうか。




「夢を持って

 いつかの想い かなでながら

 君と二人で歌おう


 愛の歌をかなでていたいから……」




 キラキラと輝きながら、俺とファルニアの周囲に光が広がる。

 その光に、あとの三人もそれぞれ近づいて来て入った。

 街までみんな無事に帰れるように力を込める。


 ファルニアと目を合わせる。

 ここまで息のあったハーモニーになるの、お前くらいなんだけどな。

 ファルニアにとってもそうだろ?


 彼女の周りをオレンジ色の光が舞う。

 ファルニアの一番好きな色だ。だから光もオレンジになるのかもしれない。

 俺の方はあまり色はなくて、乳白色といった感じだ。

 ゆっくりと歌いながらファルニアに歩み寄ると、光が混ざった。途端に、俺の方の光もオレンジ色に変わる。




「いつか叶う、明日は

 すぐ目の前

 君のことを見守りたい いつまででも」




 ああ、そうなれたらいい。

 だけどそれは、今はわからない話だ。

 どんな選択でも、笑ってくれていればいい。

 それまでは、ファルニアって名前は独占させてもらおう。それくらい許されるよな。急に呼び方変えたって最初は騒いでたけど、他の奴に呼ばせるかよ。


 目を合わせてほほ笑みかけると、それに応えるようにファルニアも目を細めた。歌うのが楽しくて、好きでたまらない。そんな顔だ。

 そうだ、それでいい。




「優しいしらべを

 届けたいの

 どうか世界中の人に響くように


 歌っていたいから…」




 キラキラと輝きながら光が空中に溶けていく。

 ファルニアのまっすぐで綺麗な声も。

 それに耳を澄ませて、空を見上げる。

 真っ青な空。ぽこぽこと浮かんでいる雲でさえ、楽しげに見えて目を細めた。


「ユウタ、なに見てるの?」

「見てるんじゃねぇよ、聴いてるんだ」


 空に吸い込まれていった、世界で一番綺麗な歌声を。


「空が、歌ってるな」





 挿入歌「LOVE SONG

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578570




 オールドマップ〜空に響く歌声〜 《完》

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オールドマップ~空に響く歌声~ はな @rei-syaoron

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