10 風の心
なんとなく無言の時が流れる。
フィオの背は迷いなく進んでいく。
彼女はこの後どうするんだろう。わからないけど、わたし達はフィオにとっては足手まといでしかない。レベルが違いすぎる。
つまり、別れることになるんだろうな。
なんだか寂しい。それに。
「ねえ、フィオ。聞いてもいい?」
やっぱり気になる。
フィオは答えない。彼女が答えないときは、肯定。
そう判断して、フィオの横に小走りで並ぶ。
「フィオは、あのシリアー族の二人と仲間だったのね?」
「ああ」
「それで、気にかけてくれてたんだね」
フィオは答えない。ただ風だけが優しく吹いている。
シリアー族の里に行ったことがあるって言ってたな。きっと二人の故郷に行ったんだ。
「どんな人たちだったの?」
「気のいい奴らだった。あいつらはアガニスタに移住したんだ」
「え、移住?」
ぽつぽつとフィオが喋り出す。
フィオとあのエルフの少女はアガニスタに住んでいたこと。
地図を作るためにサレファスを訪れて、そこでシリアー族の二人と出会ったこと。
明るい太陽のような女の子と、少し寡黙な男の子だったこと。
意気投合して、サレファスにいる間一緒に行動したこと。
すでに身寄りのなかった二人は、世界を旅して歩いていて、フィオたちがアガニスタに帰る時に一緒に行きたいと言って来たこと。
そしてそれから、一緒に地図を作るために各地を旅して歩いたこと。
出会った時は十代半ばの少年少女だった二人は、15年の月日を経てすっかり大人になったこと。
ああ、このまま先に老いて行くのかと思ったこと。
そうなんだよね。フィオとわたし達じゃそもそもの寿命が違う。どう頑張っても、わたしたちの方が先に死んでしまうんだ。
だけどそれは、寿命であってあんな形ではなかったはずだ。
「俺が殺した」
「それは違うよ」
反射的にそう言ったものの、次の言葉が出てこない。
だって事実としてはフィオの言う通りだから。
でも、でも違う。事実がそうでも違う。
「あなたは、二人を助けようとしたのでしょう?」
シーナの助け舟に、大きく頷く。
そうだ、フィオは助けようとしただけだ。
「そうだよ、二人も絶対フィオのこと恨んだりしていないよ」
「してないだろうな。そんな器の小さい奴らじゃない」
「それなら……」
「それでもだ。事実は変わることはない。あの時もっとよく2人の様子を見ていれば、あいつらは助かったはずだ。助かる道はあったんだ。それを奪ったのは俺だ」
なにも言えなくなる。
フィオは誰に責められるわけでもない。ただ自分を責め続けているんだ。あの2人はきっと恨んでない、そうわかっていても。
自分を責める必要なんてない、そう言うのは簡単だけれど言えなかった。どう言葉を尽くしたって、フィオの心を癒すことは出来ないんだもの。
きっとフィオはそうやって、生涯それを背負って行くんじゃないかな。忘れることなんてできないよね。
わたしは、ユウタを除けばみんなとは出会ってまだ一年だ。それでも、本当に大切だし家族みたいに思ってる。それが15年も一緒にいたのならなおさらだよ。
「もうあんな思いはごめんだな」
だからもう仲間も作らない。
そのフィオの言葉にはっとする。
「あの、もう一人のエルフの子は? 一緒じゃないの?」
仲間が嫌になって、彼女とも別れてしまったんだろうか。
でも答えは意外なものだった。
「街に娘を預けていた。あんなことがあった後だ、子どもを置いて死ねないと言って定住を選んだ。俺も、そうするのがいいと思ったから別れた。それだけだ」
あの人、子どもいたんだ!
はっきりと顔が見えたわけじゃないけど、とても若そうに見えていた。でもお母さんだったんだ。エルフ族の年齢って本当にわかんないなぁ。
彼女もきっと辛かっただろうな。泣いてたな……。
ふと彼女の笑った顔が思い浮かぶ。笑ってる方がいいよね。きっとシリアー族のあの二人も、それを望んでる気がする。
今頃子どもと一緒に笑ってるといいな。
「ねえ、フィオはこの後どうするの?」
「どうとはなんだ」
「いやあの、どこへ行くのかなって」
なんだか変な訊き方になっちゃったな。
地図を今も作ってるんなら、定住はしてないだろうし。
「つまり、また会えるかってことだね」
にこにことジュンが口添えしてくれて、思わずぶんぶんと首を縦に振る。
フィオは、本人がどう思ってようとわたしにとっては命の恩人だ。ううん、みんなを大型の魔物から助けてくれたのも、ダンジョンの奥で魔物を抑えてくれていたのもフィオだ。
わたし達全員がフィオに助けられてる。
一旦ここで別れたとしても、また会いたいって思うのは当然のことだよね。
「フィオ、また会えるよね?」
「俺はごめんだな」
「え、どうして……!?」
迷いの一切見えない口調で言い切られて、二の句が継げなくなる。
そ、そりゃあわたし達はフィオにとってはお荷物同然だけど。なにも一緒に冒険しなくても、会うだけでいいのに。
「俺とお前たちは、住む世界も生きる時間も違う。二度と会わないのは普通のことだ」
「う……」
そうなんだけど。そうなんだけどさ。
わたし達はサレファスに帰る。わたし以外のみんなには、
そしてわたしにとっては、みんなが家族だ。だからフィオと一緒に行くという選択はわたしにはできない。
「これは俺のわがままだが、もうシリアー族とは関わり合いになりたくねぇんだよ」
小さな声で告げられた思いに、頷くことしかできない。
そっか、そうだよね。シリアー族に会うだけで、失った仲間のことを思い出すんだろう。それでなくても、ずっと自分を許せないで、責め続けているのに。
「それに、お前達はどうやっても先に老いて死ぬ。それを見ていろとでも言うのか」
「そうだけど。でも、会いたくないのがフィオのわがままなら、会いたいのはわたしのわがままなの」
長寿種はあまり他種族と馴れ合わない。それは、そう、寿命の問題があるからだってことはわたしにもわかる。
どんなに仲良くなっても、家族のように思っても、たとえ愛し合ったとしても、先に老いて死んで行く。そんなことをずっと見ていたいわけがない。
「だからさ、また会えたらいいなって、わたし達はそう思ってるって覚えててよ。それでもし気が変わったら……」
また会えたら嬉しい。だからまた会えると思わせて。
そう言うと、フィオが軽く鼻白んだ。
「好きにしろ」
「うん!」
口でなんて言おうと、きっとフィオは再会したいとは思ってないんだと思う。
それでも、わたしの気持ちを知っていてくれたらいい。もしかして、時間が経ったら気が変わるかもしれないし。
「見ろ」
フィオが前方を指差す。
そこに見え始めていたのは、長く黄色い帯。
道だ!
「あれが時空の狭間で唯一安全に歩ける道だ。あそこから一歩でも出れば迷う」
そうなんだ……。
もう時空の狭間に来ることはないとは思うんだけど、念のために覚えておかなくちゃ。
「フィオはなんで迷わねぇんだ?」
「風が全て教えてくれるからな」
「へえ。精霊魔法か、すごいな」
道が近づいてくる。
あの道をそれずに歩けばサレファスに出られるのかな。にしても、どっちがサレファスなんだかさっぱりわからないや。
黄色い道にたどり着くと、やっとフィオが歩みを止める。
「向こうだ。道をそれずに進め。サレファスに出る」
「え。あ、フィオは……」
「俺はアガニスタへ帰る。扉までは念のために風をつけてやる。さっさと帰ることだな」
え、ここでお別れなんだ……。
でもそっか、そうだよね。フィオだって水も食料もない。そんな状態なら、故郷に帰る方が色々と手っ取り早いよね。
「フィオ、本当にありがとう」
胸が熱くなる。わたしずっと泣いてばっかり。でも出ちゃうものは仕方がない。
そのわたしのほおを風がなでて吹く。
その瞬間にわかってしまった。
風の方がきっとフィオの本心なんだ。
フィオはああやって強がってるし、態度だってぶっきらぼうだけど、本当はとてもとても優しくて情が厚くて、あたたかいんだ。
わたしのほおをなでてくれたのは、きっとフィオの手の代わりだ。
「礼などいらん」
「でも、でもありがとう」
言いたいことはいっぱいある。
でも、もうなにも言葉が思い浮かばない。
「リリア、お前の
え、
あれがどうかしたの?
「情報が古かっただろう。新しいものを上書きしておいた。俺はサレファスに住んでないから細かな違いはあるだろうが、数年前の情報だからおおむね対応できるはずだ」
「えっ、いつの間に!? 上書き? そんなことできるの!?」
「お前が影に引っ張られて延々寝ている間に地図を見たからな」
あ、あの時に……?
わたしのことを影の餌にするって言ってた時じゃない!
フィオ、やっぱり最初からわたしのことを助ける気しかなかったんじゃないの!!
「安心しろ、デザインは変わってない。古めかしいままだ。魔力刻印もそのまま残してある。大切なものなんだろう?」
頷く。
フィオもわたしの記憶を見たはずだ。だから、今はあの地図がお母さんの形見だってわかってくれている。
もちろん地図を上書きしてくれた時はそんなことは知らなかった。それなのにデザインや魔力刻印を残してくれたのは、この地図に思い出があることをちゃんと汲み取ってくれたからだ。
「ありがとうフィオ。もう、他になに言ったらいいかわかんないよ」
「いらん。せいぜい寿命以外で死なないようにしろ」
「あはは……うん、そうする」
行け。そう言ってわたしたちが歩き出すのも見ずにフィオが踵を返した。
迷いなく歩き出し、止まる。
振り返ると、背負っていた荷物から小さな革製の袋を取り出した。
それをこちらへと放り投げる。
「おっと!」
難なくキャッチしたのはユウタだ。
すぐに中をのぞいて、驚いた顔をフィオへと向ける。
なになに、なにが入ってるの?
「お前ら、確か鉱石採取に来たんだったな。持って行け」
ユウタが袋から取り出したのは、三つの鉱石だった。黄色、緑、赤。三色の石。原石だけど、すごく綺麗に輝いている。
ていうかこれ、持って行けってくれるようなものなの!?
「アガニスタでは珍しくもない、二束三文の石だ。だがサレファスでは採れないから、そこそこいい値になる」
「そんなものもらえないよ!」
「いらん。地図を売る方がはるかに金になるからな」
それだけ言うと、またフィオは踵を返した。
一度だけ軽く手をあげて、そのまま振り返ることなく歩き去っていく。その背中が小さくなる。
風が吹いた。優しい風が。
「行こうか。風がいるし、フィオが心配するだろうからね」
ジュンの声に頷く。
小さくなっていくフィオの背中に手を振った。
さよならは言わなかったよ。だから、いつかまた。
ありがとう、フィオ。
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