エピローグ
「これって、香織が望んでた負けヒロインってやつなの?」
「そう、かもね。お互いなっちゃった……かな」
「香織の恋愛を成就させるとか言っておいてさ……あたしも大概ダメだわ」
「そんなこと言われても……、春太くんが魅力的なのが悪いよ」
誰も使わなくなっていたレジ部の部室に香織と羽籠はいた。
反省会というわけではないが、お互いがお互いの思い人の話をするこの光景は……異様だ。
「でも意外だったわ。香織がまさか、自分から春太クンに色々バラしていくなんて……」
「だって、しょうがないでしょ! ああでもしないと、楓花ちゃん転校するところだったでしょ! ね? 楓花ちゃん!」
「……いや、その……まぁ、そうなんですけど」
香織と羽籠だけではない。楓花までもが部室にいたのだ。
三人はそれぞれ違うソファに座り、項垂れながら会話をしている。
ちなみに、春太が来ることはない。
家でアニメを見るから学校には行かないと、さきほど楓花の携帯に連絡がきたばかりだ。
「でも、春太は気づいてないと思いますよ。香織の存在を」
「なんで? ぼく、電話しちゃったけど……」
「だって、私すごいこと言われましたよ?」
「なになに、楓花なんて言われたの!」
香織と楓花が話している中に、羽籠が会話に入っていく。
同じ男子を取り合っていると言うのに、異様な光景と以外なんと言えばいいだろうか。
「ネットの友達が電話をくれたから、私のところに来る決心がついたみたいに言ってましたよ」
「……それって、わざわざぼくが電話したって分からないようにしているわけではなく?」
「はい。香織の名前を少しだけ出したら、今は香織のことは関係ないだろって少し怒られましたもの」
「うそ……。春太くん、まじ?」
「まじです。おおまじです」
「はぁ~~……」
香織はソファに項垂れる。もはや、溶けている。
「だから、香織と電話した時に私が聞いていたなんて言えなかったですもん」
「……そっか。だから、か」
「なにかあったんですか?」
「いや、あのね。春太くんから、未だに連絡が来るのよ。まるで、ぼくのことを『くろろ』だって知らないかのような文章の数々が」
「それをどうしてるんです?」
「まあ……そりゃあ返すよね」
「まあ、そうですよね……」
春太という人間が分からなくなっていく一同であった。
考えれば考えるほど鈍感で、もしかしたら演技なのかもしれないと疑われているほどだ。
「まあ、でもよかったじゃん。香織は、春太クンが好きだったものになれたんでしょ?」
「なれたよ。なれたさ。春太くんが好きな女性理想像にはなれたよ。だけどさ」
「? だけど、何よ」
「それは、春太くんが好きな物語だったら……なんだよ。自分が主人公じゃないから、ぼくみたいなポジションにいるキャラが好きなわけだよ」
「えぇっと……、オタクじゃないあたしにも分かるように教えてくれない……?」
「そ、そんな難しいことだったかな……? つまりはね、今回は、春太くんが主人公だったから。ぼくを選ばなかったんだ」
「へぇ。じゃあ、春太クンが主人公じゃなきゃ、香織と春太クンは付き合えたの?」
「ううん、付き合えないよ。好みと付き合うはまた、別の話だから」
「えぇ……、じゃあ、何? じゃあ春太クンは好きでもない女子を好きだって言い続けてたの?」
「違う、違う。本当に好きなんだと思うよ、負けヒロインが。でも、それは自分の物語じゃないから、なんだよ。春太くんは優しいから」
「……難しいことはわからないけど。要するに香織は失恋しちゃったわけか」
「そうだよ! だから楓花ちゃんには是非とも春太くんを幸せにしてもらって……」
「あのー、ちょっといいですか?」
「どうしたの、楓花」
楓花が気まずそうに目を泳がせながら、会話に参入する。
汗をかきながら、とてつもなく気まずそうに。
「私、春太と付き合ってませんよ?」
「「は……?」」
思わず、香織と羽籠は声を合わせてしまう。
瞬きをしながら、開いた口が塞がらないように。
「え、つまりはどういうこと? 楓花と春太クンは付き合ってないの?」
「はい、そうですけど」
「えぇぇぇぇ!? あれだけやっといて? 何してるの、楓花ちゃん!」
「と言われても……、結婚するにはまだ早くないですか……?」
人を恋愛成就だけを願い自分の意志を押し殺そうとしたが、主人公のことを好きになってしまった負けヒロイン。
幼馴染であり、頻繁に連絡も取り合っていたのに振られてしまった僕っ娘、負けヒロイン。
青髪で転校生でありながら、負けたと思い恋人がいる異性に無理やりキスをしてしまった負けヒロイン。
彼女らに救いようはあるようで、ないのかもしれない。
だが、恋愛成就をしている人間など今はいない。
だとすれば、彼女らのような負けヒロインにも。
もしかしたら救いがあるのかもしれない。
負けヒロインに救いはありますか? 姫椿 @tsubakiu3mbreon
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