Infinite Blue.

希望ヶ丘 希鳳

『空人』



 人間は心理を発見するのではない。

 人間は、心理を創造するのだ。

                     サン=テグジュペリ



      ◆


 天候は良好そのもの。青い空に白い雲。最高に良い日差しに目を細め、頬を伝う汗を拭う。揺りかごの様に揺れる機体の操縦席で、俺はどうしたものかと頭を悩ませていた。

「ザップ」

「……」

「ねぇ、ザップ」

「…………」

「ザァァァァァァップ」

「はぁぁぁぁああああああ! うるせえなぁお前コラ! スクラップにされてぇのか!?」

 海上で揺れる一隻の飛行艇。純白の機体の操縦席で俺は吼えた。「つれないなぁ」とふてくされたような声がモニターから流れた。

「大体、君の操縦が荒いのがいけないんじゃないか。飛ばし過ぎると燃料もたないよってあれだけ言ったのに。聞かん坊なんだからさ」

「うるっせえよ、お前が『まぁ大丈夫だとは思う』って言うから信用したんだろうがよ!」

「で、どうするのさ」

「……」

「救難信号は出しといたよ、拾われなかったら、まぁ、うん」

「……なんだよ」

「シートの上で白骨化とか、やめてね」

 そんなもんは俺だって御免こうむるよ。


      ◆


 地球の環境は大きく変化した。

 温暖化による影響を止めることが出来ないと悟り、このままいけば陸地が海に沈むと考えた昔の偉い学者の人達は海上都市の建設を立案。どうにかこうにか建設に成功し、人類は滅亡を免れた。

 と、まぁここまでが今の教科書に記された簡単な歴史。それよりもっと前、陸の上にまだ人間が住んでいた頃の歴史を、俺達はほとんど知らない。四方を海に囲まれ、小さな都市の上で、人々は生きている。

 そんな中で、飛行艇を駆り、都市を渡り歩き、世界の真相を暴こうとする者達が現れた。人々は彼らを『空人』と呼んだ。

 空の旅人。それが、俺達だ。

「救難信号、見つけてくれてよかったね」

 俺が喋る飛行艇を見つけたのは、おおよそ三年前の話になる。空軍での訓練中にエンジントラブルで不時着した俺は、沈みかけていたボロボロの機体を見つけ、救援を呼んで回収した。

 調べても完全に屑鉄同然だったそいつを持ち帰って改修したら喋りだしたもんで、いやはや、驚いたのを覚えている。

「本当にな、あのまま流されてたらと思ったらゾッとするぜ」

「次からは燃料に気をつけないとね」

「予備燃料が無かったからな、今度は買って行くさ」

 プラトニック、それが、この喋る飛行艇の名前。コイツがどこから来て、何が操縦していたのか、コイツ自身にも記録が無いらしい。長いこと一緒に旅をしているが、謎だらけで、解決の兆しは一向にないままだ。

「町の様子は?」

「あ? ああ……うん、スゲェよ、この都市」


      ◆


 救難信号を拾ってくれたのは都市の空軍部隊だった。空人ってだけで空賊扱いされる事も無くは無いからかなり注意したが、幸い、この都市は空人は客人として扱われるらしい。

 空人専用の居住区、なんてものが存在し、俺はその一角を丸々使わせてもらえることになり、飛行艇の改修まで行えると言うビップぶり。ここまで経済的に優れた都市は久々だった。きな臭い感じは、しなくもないが。

「なるほど。ってことは、改修が終わればサッサとおさらばって感じだね」

「ああ。空人ギルドから運送依頼は貰ってきたし、荷物も貰ってきた。面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なんでな」

 本来、海上都市は政府か、ギルドが組織した軍隊で都市毎に自衛を行っている。ここ『グランヒルズ』は政府の直属だと、兵士は言っていた。が、だとするとおかしい。

 基本的に、ギルドと政府の権限は世界共通で同列、つまりいがみ合いの状態が続いていて、当たり前だが仲が悪い。政府直属の部隊だと言うのなら、空人に対してこの歓迎は本来ありえず、なんなら攻撃を受けてもおかしくは無かった。だとするなら。

「ザップ? どこ行くのさ」

「ギルドだ。プラトニック、エンジンをかけておいてくれ。もしかすると、今晩、飛ぶかもしれないぞ」


      ◆


『グランヒルズ?』

「ああ、政府直属の部隊が空人相手に丁重なお出迎えと来た。ギルドマスター。あんたなら心当たりはあるだろ」

『……やばいですね、それは』

「というと?」

『ギルドが無事だったのは幸運でした。……というか、カモだからか。今そちらに近隣の軍隊と、空人に支援要請を出しました。情報提供感謝します。まさか貴方が私と知り合いとは思わなかったのでしょうね』

「……どういうことだ? まさか、やっぱりそういうことか?」

『今すぐ飛んで。そこは空賊に堕とされてる。それも結構前から。貴方、今めっっっちゃ危険なとこにいるわよ』


      ◆


 飛び交う銃声、怒号を尻目に俺はひたすらエンジンのチェックをしていた。

「シャッター頑丈でよかったねぇ」

「言ってる場合か!? だぁもう! 毎回こうだぜクソが!」

「トラブルだけはどこに行っても付いてくるよねぇ」

「エンジンかかるか、かからないかぐらい先に調べとけやぁぁぁああああ!!」

 ギルドからダッシュで飛び出ると入り口に一気に空賊が雪崩れ込んできた。幸いギルドの人達と、隠れていた正規軍の人たちが助太刀してくれたおかげで何とかプラトニックの元まで辿り着くことができた。

 数ヶ月前、空賊の襲撃を受け、都市は陥落。救援は間に合わず、一晩でギルドを含め全ての管理をジャックされてしまったらしい。そこからは、この町に辿り着いた空人から物資を奪っていたらしく、ギルドも本部に直接連絡を寄越せなかったのだそうだ。

 程なくここに間違いなく銃弾の雨あられが降り注ぐことになる。そうなれば、流石に危険なだけでは済まない。

「配線は……これで、こうして、だぁもうめんどくせぇ!」

「焦っちゃだめだよ」

「わぁってるよ! これで……こう。よし、これで!」

 機体に乗り込みすぐさまエンジンを……動いた!

「よっし! 良好だぁ! 行けるぞ相棒!!」

「喜んでる場合じゃない! シャッター、壊れるよ!!」

 入り口のシャッターが破壊され、煙と共に押し寄せる硝煙と火薬の香り。空賊が大砲を持ってきて思いっきりぶち込んできたようだ。大胆と言うかなんと言うか、芸が無いにもほどがある。

「そこまでだ! もう逃げられんぞバカめ、袋のねずみだ」

 空賊の一人、おそらく指揮官だろう。自信たっぷりにそう叫ぶび、指を鳴らす。

 一斉に陣形を組むようにプラトニックを取り囲んだ。良く訓練されている。関心、関心。

「へぇ、それで? 俺をどうするってのよ」

「物資は頂く。お前には死んでもらうよ、機体は、こちらで使わせてもらうがね」

「それはそれは、大層な事を仰いますなぁ、ええ? 指揮官殿。でも残念そいつぁ無理だぜ」

「……何?」

「俺は空人。最後の大陸を目指す旅人。この程度、修羅場の内にもならねぇって言ってんだ! プラトニック!!」

 叫ぶと同時に両翼の機関銃が火を噴く。狙いはこの時のためにとあらかじめ用意してあった『小麦粉』。


 轟音。


 爆風に乗って、空に打ち出される俺とそしてプラトニック。真下では突然の爆発に騒然とした空賊の姿があった。

「ザマァみさらせや、年期が違うんだよ!」

「……無茶苦茶すぎて何とも言えないけどね」

「うるせぇ! 勝ちゃいいんだよ、こういうのは」

「……後ろから三機、追っ手だよ」

「たった三機かよ、なめやがって」

 急速旋回。

 放たれたミサイル、弾丸をかわし、更に上空へ。的を失ったミサイルは、黒いカーテンとなって追っ手の視界を遮った。

 爆風によって出来た黒煙を突き破り、三機が上空へ舞い上がる。待ち伏せていた俺と、プラトニックに驚愕する空賊達。

 三発。俺が放った弾丸は、敵機体のエンジンを的確に打ち抜き、さながら通り魔のように撃墜。空賊三名の首、頂きました。

「カモられたのはお前らの方だったな、うすのろ共」


      ◆


 青い海、青い空。天候は良好そのもの。じりじりと照りつける太陽と、熱を持った鋼鉄の翼。操縦席はさながらサウナのように蒸し暑い。

 俺は額の汗を拭い、釣竿を垂らした。

「……なぁ」

「なんだい?」

「どうしてこうなった」

 あれからすぐに到着したギルドの空人と、近隣都市の空軍の手によってグランヒルズの空賊は討伐。俺は上空でそれを見届けた後、すぐさま都市を後にした。

 援軍が飛んできたのは割と近場の都市からだったのでそのまま飛んだら、燃料がもたず、不時着した。救援信号を出して、二日目、食料は……無い。

「彼等、ニトロでも使ってたんじゃない? 到着早かったし」

「だろうな、明らかに速度が違った。機体もいいもん使ってたしなぁ」

「ザップ、釣竿。かかってるよ」

「あぁ!? うおぉ今日のメシ!! ……あ」

「逃げられ、ちゃったね」

「……」

 どこまでも続く、蒼に向かって俺は吼えた。

「ドチクショウがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



        Infinite Blue.


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