シュレッダー

@HasumiChouji

シュレッダー

 そいつが、いつから丸の内の地下に封印されているか、良く判っていない。

 そもそも、現実そのものを書き換える力を持つヤツに関して「いつから」などと問う事に意味が有るとは思えない。ヤツが現実を書き換える度に、ヤツがそこに居た経緯そのものも書き換えられた可能性が有るからだ。

 更に「封印されている」と云うのは、慣習的にそう言われているだけで、本当に「封印」と呼べるのかは微妙だ。そいつが、自分の意志で、ここで暮しているようにしか思えない傍証など、いくらでも有る。

 ともかく、国立公文書館の地下に居る「それ」は霞ヶ関用語で「シュレッダー」と呼ばれていた。

 日本の歴代の内閣は、それを利用しようとしてきた……最後の手段としてだが。そいつに公文書を「食わせる」と、その公文書に書かれていた現実の「何か」が消えてしまうのだ。

 もちろん、「何か」が消える、と言っても、公文書を食わせた誰かが、思った通りに「消える」とは限らない。一歩間違えば、日本は愚か世界そのものを滅ぼしかねない存在だ。ひょっとしたら、こいつは、現実を書き換えてるのではなくて、「公文書」を通して「現実」そのものを「食って」いるのかも知れない。

 だから、これまでの内閣は、あくまで「日本が滅びかねない危機」の場合にしか使おうとはしなかった。あくまで噂だが……太平洋戦争で日本が無条件降伏をしたのは、こいつに「不都合」な公文書を「食わせた」結果と云う話も聞いた事が有る。マズい公文書を「食わせた」副作用で旧軍の「戦果」の多くが消えてしまい、元々の「現実」では降伏は降伏でも戦前の「国体」はギリギリで維持可能だったのに、日本が無条件降伏するしか無いほどのボロ負けをした「現実」が新たに生まれたのだと……。

 しかし、今の内閣になってから、この「シュレッダー」をしょ〜もない事にも使うようになった。だが、その結果、内閣に「都合の良い」事実さえも消えてしまう事が何度も起きた。

 例えば、何年か前に問題になった関西の某学校法人への国有地の売却だが、国会で野党に追及された際に、政府にとって都合の悪い公文書をいくつか「シュレッダーにかけた」結果……その国有地にゴミが大量に埋まっていたと云う「事実」が消えてしまったのだ。

 そして、二〇一九年一一月、今度は「を見る会」関係の公文書を「シュレッダーにかけろ」と云う指示が上から来た。

 「また、何か変な事が起きるぞ」とは思ったが、公務員の哀しさ、上からの指示には従うしか無い。


 翌日、俺は、朝から警察庁へ行く事になった。臨時で警察庁から国立公文書館へ大量の書類が搬入される事になり(今の所、「シュレッダー」の対象では無い、念の為)、その打ち合わせの為だ。

 地下鉄の中で、スマホでニュース検索をしてみる。「梅を見る会」……ヒットは0。「梅を見る会」が行なわれた、と云う事実そのものが消えて、その結果、国会での追及も……待て、何だ、この「もしかして」は?「を見る会」とは一体……?

「次は、田門、田門。です」

 地下鉄の案内放送で告げられたのは……聞き覚えの無い駅名だ。警察庁前なら「田門」の筈だ。

 おいおい、「梅を見る会」関係の公文書を「シュレッダーにかけた」結果、一体全体、何が消えたのだ?

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