弟子認定争奪杯
弟子認定争奪杯feat.本宮愁 感想
1. 砂漠を潜る鯨
文章が上手い〜〜! 設定がいいですね。砂(砂漠)と海を一つの作品の中に混ぜ合わせるというアイデアそのものが非常に魅力的です。主人公は誰かと言葉を交わすこともなく、ひたすら極限を生きようとしている。主人公のいる環境は過酷で、黒い太陽という本来はあり得ない表現も、状況を絶望的にしています。人間の限界をいかに丁寧に描くか。そしてその中の心情を描いてこそ文学。砂漠の中に決しているはずのない鯨を見つけた時の、ある意味絶望とも取れる状況を、感情を煽らずに淡々と書いているところがとても印象的でした。ナイス文学!
2. ぼくの腕の中
これはアイデアが良かったですね。文学は実はかなりのアイデア勝負の部分があると個人的に思っておりまして、それをどう料理するかが重要だと思います。その点について、恋人が透明になるという奇病。いわゆる余命ものですが、接する人によって余命が異なるというのはかなり良いアイデアです。また、余命ものの難点である「余命がわかる病状の方で、死の寸前までコミュニケーションが取れる方は少ない」等の点も全部クリア! アイデア一本勝ち、料理の仕方も上手い。ナイス文学!
3. 春の雨に君を想う
雨ですね。春雨ではなく、梅雨時でしたが。文学は何か、を直球で追う、しかし簡単に追えるものではなくて、そこにはしとやかな人間関係の繊細なやり取りがあって、それこそが文学でした。
作品のテーマは文学だけではなく愛、もうくっついているカップルの絶妙な距離感が愛おしくなります。若者たちの愛の描写が上手く、心洗われました。ナイス文学!
4. 六月九日、蝉の抜け殻
人間関係。文学とは人間関係だと思います。愛とは隣にいることだけではない。しかし隣にいたい。隣にいることが〝恐怖〟あるいは〝不安〟であることもある。焦ったい関係ですね。忘れてほしい人が、自分のことを忘れてくれない。忘れてもらうべきなのに。人に〝べき〟を求めて上手くいく例を自分は寡聞にして存じ上げませんが、そうとわかっていても、そう動いてしまいますよね。人はべきを求めてしまうし、他人に〝べき〟をいくら求めたところで、自分が他人を変えることは決してできない。分かっていてもとらわれてしまう人間の性を描いた傑作でした。ナイス文学!
5.おとうとのこと
きょうだいは得てして子供同士であり、子供同士の人間関係となります。それを支配し、影響を与えるのは基本的に親。兄弟の人間関係は、本人たちの相性のみならず、親の影響もまざった複雑で繊細な人間関係。それを子供目線でうまく描いた一作でした。だんだんと漢字が増えていくのに、「置」という四年生で習う漢字を使いながらも、二年生で習う「弟」という字を頑なに使わない。それは語り手の中での弟像が滲み出ている部分です。否、そこには親の兄弟像が如実に出ています。親の鏡を感じる一作でした。ナイス文学!
6.月兎の彼
本当は地面を見なければコトが進まないのに、どうしてか天ばかり仰いでしまう。それは天が美しいからか、あるいは地から目を逸らしたいからか。
たとえ愛する人であっても共有が難しいこととして、死体を埋めるという行為があります。死体を埋めるだけでも罪となり共犯となる。死体がなぜあるのか、埋めて隠さなければならないのかということを本人に問いただすか。切羽詰まった状況で、たくさんの選択肢の中から何を選ぶか、それこそに人間関係が現れるというものでしょう。かつての思い出したくもない後ろめたい思い出を、もう一度温め直す話。これは一本取られましたね。ナイス文学!
7.赤い目こすって
SFだ〜〜〜〜!!! 本庄照は大学ものをよく書くマンのキャラをやっていますが、実際には研究をサボり倒していたので、この作者さんはきっとちゃんと研究されたのだと思います。
SFに文学を絡めるということはどういうことか。もちろんSFも文学なのですが、より文学性を高めるということで言えば、今作のように心についてのSFにするというのは非常に素敵な着眼点だと思います。恋とかね!
と思ったらラストがかなり綺麗な回収をしてきた! これはやられましたね。こういうの好きなんですよ。ナイス文学!
8.春に舞う
またも大学ネタ。この作品も真面目に大学に行った方が書いたんだろうなぁ……。話は変わりますが、大学教授って存在が結構エロいんですよね。学者は当然頭がいいし、その出世頭だし、真面目だし、人格者かカスの二択しかないので、人格者の方は基本的にすごく色気がなぜか出てるんですよね。だいたい40代中盤〜60代前半と脂の乗った方が多いですから(今作も52歳、実にいい年代設定)、体から聡明さが滲み出てて、しかも着飾ることもほぼないし、まあ色気があるんですよね。こんなに語り尽くすほど、教授からはいい色気が滲み出ていました。お顔立ちがカッコ良すぎない方が自分は好みですね。ナイス文学!
9.愛の在処
リフレインが効いてますね。人にこのようなリフレインのあるメッセージを送るのはどんな時か、というと、やはり特別な時であろうというものでしょう。しかしながら、文章の内容は至って日常的で、かつ、不穏さが所々垣間見える。ここに狂気を感じますね。リフレインの部分にのみ不穏さがあって、これが作者の意図するところではないかと考えます。
この正常に混じった狂気の演出こそが文学の醍醐味であって、どのように読者が狂気を受け取るか、ここに全力を注ぎ、読者を震え上がらせる。最後の一文がなくとも、このようなメッセージをもらうと怖い、メッセージの発信者の正常性を疑う文章になっている。いいですね。ナイス文学!
10.「あなた」という人、「僕」という生き方
こちらも手紙。位置の妙ですね。こちらの方は誠実さが全面に出ている素晴らしい文章力の手紙でありながら、冒頭に記載されている通りの「最初で最後の手紙」という部分に効果があります。愛していていつも自分のそばにいて、手紙を書かなくても気持ちを伝えられる関係である時に手紙は必要ありません。一方で、別れてしまうと手紙を書くこともない。近すぎる時、遠すぎる時に手紙は書けない。では今はどういう距離感なのか。これが最後で回収されるわけです。遠すぎる人に、最後に近づこうとした。だからこその手紙ですね。それを巧みに文字で表している。文学はテクニック。自分はそう思います。ナイス文学!
11.サン・セバスティアンの遺児
上手かったですね。皆さんはバスクという地方をご存知でしょうか。バスク風チーズケーキは知っていても、じゃあどこやねんと思う方も多いはず。スペインの一部です(受験地理勢)。ある程度はキャラクターの名前からも分かりますが。サッカー強豪国、そしてその地方。地方スポーツの苦難は、日本でも同様で皆さんもご存知の通りでしょう。
住民のどこまでをその土地のアイデンティティとして認めるか。人によって違い、そこに思想の相違が出る。この物語では、実力、気持ち、魂でしたね。人間による違い、個性、社会背景を丁寧に描く。これもまた文学です。ナイス文学!
12.礼賛の巣
表現が良かったですね。近づこうとしても近づけない存在、そもそも憧れてはいけない存在に人は憧れてしまうものです。間違った努力をしたときの代償は、人が思っているよりもはるかに大きい。非常に耽美な文章で描いていらっしゃる。読者は虜になりますよね。
一つだけ気になるのが、「─」が長音になってることなんですよね……。繋がってるのが重要なのではなくて、ハイフンとかでも別にいいんですけど、「ー」はがっつり長音だから、なんかすごく気になる……。重箱の隅ですみません。「罫線」で変換すると出ます。
重箱のガチ隅はさておき、これ未来ヤベェことになるよなぁと思いつつ、つい見たくなる要素が揃っていて引き込まれました。ナイス文学!
13.春物のガーディアンがほしい彼女
おもしれー女だ……! おもしれー女の魅力を皆さんはご存知でしょうか。本人はいたって無邪気で、純粋で、しかし興味深い行動を次々に取る、そしてその行動によって自分の首すら絞めてしまう女性のことです。これこそファムファタルですよね。入学して一週間っていうのがいいですね。まだ人間関係としては赤ちゃんで、互いにかなり気を遣っている時期、それでも漏れ出るおもしれー女の要素、本物なんだなって感じがします。
文学は人間関係と申しましたが、その人間そのものを描く、魅力的な人間を魅力的に描くこともまた、文学なのです。
今後どうなるのか見たい、という渇望の要素もあって一粒で二度美味しい。ナイス文学!
14.音なき系譜
皆さんは高級老人ホームって知ってますか。自分は仕事でパンフレットを見たことがあるんですけど、すごかったですよ。入所金だけで2000万円するんですよ! やべー。それに加えて月々の会費?みたいなのがまだかかる。月20〜30万くらい。勿論その分高級で、なんか入口ですごくいい香りがしました……。
きっとこういうところに入っているんでしょうね。このおじいちゃん。この物語は、語り手の心の棘みたいな居心地の悪さに焦点を置いていると見せかけて、やはり人間関係がメインになります。ちょっとした一言で、ちょっとした人間関係が、ちょっとだけ動く。これはシンプルな書き口からでも十分に表現できるものです。ナイス文学!
15.文学と友人と青春
こちらも文学について直球で扱った一作ですね。文学が何かわからない、その悩みもまた文学です。一人の人間が持っている感情とは何か、それを表に出す。出せる相手を作る。勇気が必要であったり、思いがけず言ってしまったり。そういう部分もまた、文学なのです。
じゃあ文学をテストで読解できるのか、評価できるのかについては意見が分かれるところでしょう。ある意味で文学もまた、読解という面では正解がある分野なのです。でも感性は人それぞれですから、それは尊重しないといけない。この絶妙な隙間にこそ、小さな人間関係が眠っています。ほら、こうして恋人になった(もうなったと断定している)ようにね。ナイス文学!
16.SEKAI OWATTA RASIIWA
叫びでしたね。美しい叫びでした。人は叫ばずに人生を終えることがありましょうか。叫ぶ、それは誰かにでありながら、自分にも投げる言葉です。自分しかいないことがわかっている世界で叫ぶのは、自分に向けてと思いきや、それは誰かなのです。受け取る相手が自分しかいなくても、誰かへのメッセージ。伝える、ということが目的であり、その行動は尊いもの。その尊さに、退廃した世界の中で澄んだ純粋な行動にスポットライトを当てる、これぞまさに文学な一作でした。ナイス文学!
17.あの人を探して三千里
実は動物が出てきた(動物と表現していいのか……?)は最初で最後なのではないでしょうか。語り口が軽妙、しかし誠実な文章を書かれる。文学はやはり、読者への誠実さが求められます。誠実でなくともいいのですが、誠実である方が伝わりやすいのは自明のこと。
明らかに人類の自分とは違う異形の存在に、美しさを認め、そしてカップラーメンという俗っぽいものが近くにありながらも、美が引き立つ。この表現、演出はまさに文学といえましょう。
あとシンプルにキャラがいいですね。緩急がついているから、その特別な時間の流れ方が、他のシーンと明らかに違いました。表現が素晴らしい。ナイス文学!
本庄照の短編集 本庄 照 @honjoh
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