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「それではみんな、この高校生活を実りあるものに出来るように、頑張りましょう!」


 担任のこの日最後の挨拶を皮切りに、その日の担当が号令をかけて一礼をするーー。


 その後は生徒たちは初日のソワソワした雰囲気をまといながら、思い思いの放課後を過ごす。あるものはそそくさと教室を出て、あるものは今日知り合ったばかりの学友との帰り道を相談しているようだ。そんな中、叶人は一番窓側の席から桜並木を見ていた。今年の桜は、いつになく豪華絢爛に咲き乱れ、去年に事故で入院した病室から見た桜とは、まるで違う樹木のように見えた。




 叶人は名古屋市内の私立共栄高校の1年B組の教室にいた。教室の窓から校門と校舎をつなぐ桜並木に長いこと見とれていて、気がつけば今日のスケジュールは既に終了だ。それだけ、この高校の桜並木は立派なのかというとそうではない。去年飽きるほど見た桜との違いが余りにも際立ち、落ちる花びら一つ一つがいつまでも新鮮に見えたのだ。


 この一年、兄に会いたい一心で、それまでほとんど関心がなかった野球に一心不乱に打ち込んだ。兄は事故に巻き込まれるその前から共栄高校に野球の特待生として内定が決まっており、既に入学して二年生となっているはずだ。しかし、その兄はお盆はおろか正月すら顔も見せなかった。つまり、ボクが兄に会うためには、ボクが背中を追いかけるしかないのだ。


 退屈な入学式のあとは、担任の先生からクラブの案内があった。兄と違い、自分には選択肢がある立場ではあるが、これまでの運命がそれを行使させてくれることは無かった。もちろん狙うは野球部、それも一軍の狭き門に、最短距離で走り抜けてやるーー。


 そう思って掲示板に貼ってある、野球部のチラシを睨みつけた。球を投げ込む投手がどこか、兄に見えて仕方ない。どこに行ってもまだ兄を探している、そんな生活も、ようやくこれで終わりだ。




「お、清瀬、お前も野球部入んのか? 俺も希望しとるから一緒に行こうや」


 高校一年にしては体格の良過ぎる、天王寺 金嗣という奴らしい。そういえば、同じクラスにいたような気がしないでもない。でも、仲間は一人でも多いほうがいい。これから野球部の先輩や全国の猛者達と死闘を繰り広げんとするならば尚更だ。中学までは何かしらのフィジカルスポーツをやっていたと思われる天王寺は、必ずチームの柱となってくれるような、そのような風格すら既に漂わせていた。


 頼もしい、一方のボクの腕はなんと細いことかーー。


「お前ほっそいなぁ。でも結構やりそうな雰囲気あるやん」


 天王寺の根拠があるかないか分からないその発言だったが、ボクには同時に自分の中にある並々ならぬ動機付けがそれを裏付けているようにも思えた。だとしたら、天王寺は目は確かかもしれないとも思った。


「そうかな? まぁ大変なところらしいけど、よろしく頼むよ」




 野球部への入部希望者が、所定の日時に白いユニフォーム姿で集合する。


 一年生は特待生が三人、一般入部は見たところ二十人はいるように見える。一年だけで二チームで試合が出来る、こんな環境の中で、スタメンの座を勝ち取っていかなければいけないのかーー。錯覚でも何でもなく、ヘソの奥から頭頂まで細かい震えが突き抜ける。これが、武者震いというものなのか。



 一年生の自己紹介が順に続く。


 そんな中、夢にまで見た、兄の姿を在校生側に見る。そう、兄はずっと、一年前からこのグラウンドの土を踏んでいたのだ。そして兄に逢うために、ボクはここまできたのだーー。


 天王寺の自己紹介によるどよめきにも気づかないほどに、食い入るように結斗を睨みつける。そして、結斗にだけ届けと言わんばかりの心持ちで、真っ直ぐに声を放つ。


「清瀬 叶人です! ポジションはピッチャーです! よろしくお願いしますーーッ」




 この時、叶人はおろか、結斗もまだ気づいてはいない。二人の人生が、既に解けぬほどに絡まり、大きな玉となって転がり始めていることにーー。




第1話 完

 

【次回に続く】

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Box -夢追うボクと、結ぶ兄- takuyan98 @takuyan98

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