地縛霊にはイタコ輸送をぜひご利用ください!

ちびまるフォイ

自縛できなければ勝手に消える

"まもなく~~1丁目にイタコ~~イタコが参ります。

 地縛霊のみなさんは押し合わずに憑依してください"


幽霊にだけ聞こえる周波数でアナウンスがされると、

その地にとどまっていた地縛霊たちはこぞってイタコの体に入ろうとした。


『おい! 今横入りしただろ!!』

『てめぇがトロトロしているからだ!』

『みんな別の土地に地縛したいんだぞ!』


「ああ、もうトラブル起こす人は出ていってください!」


イタコは揉めている地縛霊をその地に降ろした。

自分の精神が壊れない範囲での幽霊を憑依させると別の地へ。


自分で運転してしまうと地縛霊が自爆特攻仕掛けようと

体を乗っ取る可能性があるため移動はもっぱら公共交通機関だ。


「ママ。巫女さんが電車乗ってるよ」

「しっ。ああいうコスプレなのよ」


「……」


移動先の土地につくと体に憑依していた地縛霊を開放した。


「おつかれ。もう霊は降ろした?」


「先輩。はい、ちょうど今降ろしました。肩こっちゃいました」


「わかる。なんか肩こるんだよね」


「先輩も地縛霊タクシーでここに?」


「まあそんなとこ。といっても、あたしは悪霊専門だけどね」

「悪霊?」


「地縛霊でもとくに悪い悪霊はその土地にとどまって悪さをするでしょ。

 それを半ば強引に退去させて別の地に移すのが私の方の仕事」


「志願移動の地縛霊とはまた別なんですね」

「そういうこと。それじゃまたね」


先輩イタコは行ってしまった。


「さてと仕事しないとな」


志願地縛霊を担当するイタコの移動先はいつも同じ。

行き先2点を往復して、各々の土地に飽きてしまった地縛霊を連れて行く。


『おお、イタコが来たぞ!』

『いい加減この風景も飽きたところだ!』

『いそげいそげ! 憑依枠が埋まってしまう!』


「はいはい、急がないでください」


イタコは心が壊れないギリギリまで地縛霊を取り込む。

憑依限界まで来たが、1つの地縛霊だけはしつこく入ろうとしていた。


「ちょっと、もうこれ以上は憑依できないんですけど」


『そこをなんとか! 体にくっつくだけでもいいんで運んでくれませんか!?』


「また今度もここに来ますから、それでいいじゃないですか」


『ダメなんです!』

「どうして?」


『実は……私の娘が今日、結婚式を挙げる予定なんです……。

 大切なひとり娘の晴れ舞台をひとめ見ることが私の自縛理由なんです。

 死んで生身の体はもうありませんが、それでも娘を見たいのです』


「はぁ……そう言われても……」


『娘は女友達からストーカーされていたんです。

 彼氏を優先される嫉妬から一時は警察沙汰にまで発展するほどでした。

 ですが、ふたりは苦難を乗り越えて常に挙式。これを見ないと死んでも死にきれません』


「……」


『お願いです。どうか、どうかあと1霊だけでも憑依できませんか?』


「……わかりました。でも変なことはしないでくださいね」

『もちろんです』


イタコは限界を超えて霊を体に憑依させた。

少しでも心がゆるめば体の主導権を握られてしまうかもしれない。


「よし……行くぞ……!」


イタコは慎重に地縛霊を運んでいった。

けれど、無理して地縛霊を憑依させすぎたせいか途中で体調が急変する。

とても立っていられない。


『おい! イタコがしゃがみこんじゃったじゃないか!!』

『お前が無理して憑依するからだぞ!!』

『このまま憑依移動が中止になったらどうしてくれる!!』


先に憑依していた地縛霊たちは文句を言い続けた。

立ち上がろうにも体の内側からくる霊的なだるさがそれを許さない。


『……わかりました、やっぱり諦めます』


「ちょっと、お父さん。結婚式に出るんじゃなかったんですか!?」


『いいんです。私のせいで他の地縛霊を運べなくなるのは本末転倒。

 娘の結婚式に行けないのは残念ですが、私はすでに死んでいますし

 娘も素敵な男性との人生を歩んでいけるでしょう……』


「そういう問題では……。ちょっと誰か! 代わりにここで地縛してくれる人はいないの!?」


地縛霊は誰も返事をしなかった。

こんな訳のわからない場所にとどまってなるものかと意思すら感じた。


『イタコさん、いいんですよ。むしろここまで必死に連れてきてありがとうございます』


「……すみません、私が不甲斐ないばっかりに」


いつまでも地縛霊を体に憑依させ続けるとますます体調は悪化する。

イタコは追加で憑依させた地縛霊を1霊だけ降ろし、その先へ進んでいった。


目的地に到着すると、憑依していた霊を降霊してひと段落。


気持ち的にはすぐに引き返して追加で地縛霊を運びたいものの

憑依限界が来てしまい、これ以上幽霊を体に入れることはもうできない。


「私がイタコとしてもっと優れていればよかったのに……」


「……なにぶつぶつ言ってるの?」


「先輩!」


そこにはイタコの先輩がタイミングよく立っていた。

これまでの経緯を先輩に話し、運び逃した地縛霊を先輩の力で運んでくれないかと頼んだ。


答えは――。


「うん、いいよ」


「先輩、ありがとうございます!」


「それにあたしも無関係ってわけじゃないしね」

「え?」


「実は今日の悪霊移送なんだけど、たぶんその夫婦だと思う。

 話し聞いてて共通点が多かったから。結婚式を挙げる予定だったし」


「え、それじゃ……」


「そう。その夫婦は結婚式を挙げられないまま死んじゃったから、

 その土地で悪霊の地縛霊になってたってわけ」


「なんか……浮かばれませんね……」


「しょうがないよ。今はもう別の土地に運んだから思い入れもないだろうし

 前ほど危害を加えるような悪霊にはならないはずだよ」


「あの、先輩。その夫婦を降霊した土地に、娘さんのお父さんも連れて行ってくれませんか」


「……娘さんのお父さんはなにか知ってた?」

「いえ特に。どうしてそんなことを?」

「ううん。それじゃ行こうか」


イタコの先輩はこの仕事を続けて自分よりもキャリアも才能もある。

悪霊担当をまかされているのもそのためだろう。


「きっとお父さんも、娘さんと再会できて嬉しいと思います」

「そうだね」


娘の父親が途中で降霊した土地に戻ると、

この吉報を伝えたくて先輩よりも先に向かった。


「もう大丈夫です! 先輩のイタコに協力してもらって、娘さんのところに運んでもらえますよ!」


『本当かい!? ああ、嬉しい。本当にいろいろありがとう!!』


娘の父親はいたく感謝していた。


『それで娘はどうだった? 幸せそうだったかな?』


「それが……」


娘の訃報を聞いた父親は思ったほど取り乱さなかった。


『そうか……それは残念だ……。悪霊になるくらいだから

 娘もその結婚相手とは深く結ばれていたんだろうね』


「あの……なんかすみません……」


『いいんだよ。こうして真実を知れただけで十分さ。

 地縛霊になると何も知らないまま暮らすことが多いからね』


「犯人……捕まるといいですね」


『ああ、だが私は地縛霊になってから人を恨むことはやめたんだ。

 悪霊になりたくはないからね。自然成仏までの余生は娘と暮らすよ』


「それはよかった……」


遅れて先輩イタコがやってきた。


「ちょっと、どうして走るのよ。はぁ……はぁ……。あたし場所わからないんだからね?」


先輩を見た瞬間に父親の顔が凍りついた。

一瞬で悪霊の地縛霊へと変わった。




「お前……どうして……ストーカーで捕まったはずじゃ……!」

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