第55話 ヒューマンライフ~憧憬

 大統領が外国訪問する際は、パートナーと共に大統領専用機で出かける。以前、遥貴が国王として外国を訪問し、その傍に未来がついていたのと、見た目としてはあまり変わらない。歩く順番が変わったくらいだった。遥貴も友好国の首脳、国王たちとは既に面識があり、

「ずいぶん大人になられましたな。」

「お勉強の方はいかがですか?」

などと声をかけてもらえた。遥貴は春から大学に進学し、クローン技術について学ぶべく、まずは生物やバイオテクノロジーについて勉強していた。

 遥貴にとっての故郷、イギリスにも訪問した。すると、かつて遥貴が通っていた学校の先生や、友達数人が会いに来てくれた。

「まさか、あなたがKingになるなんてね。先生驚いちゃったわ。」

「僕も驚きましたよ。こっちに住んでいた時には、父が国王だったなんて全然知らなかったのですから。」

「それと、ご結婚おめでとう。以前言ってたわよね、たまにしか会えない人がいて、外国に帰ってしまって悲しくてつらいって。もしかしたら、その人があなたの大統領?」

「先生・・・全てお見通しですね。」

遥貴は照れて頭をかいた。

「よかったわね。」

先生は遥貴にハグをしてくれた。あの頃も、守ってくれた。未来が帰ってしまって悲しくてふさぎ込んでいた時も、先生はハグしてくれて、遥貴の話を聞いてくれたのだった。

「先生、みんな、お元気で。」

「遥貴、また遊びに来いよ。」

「またうちに遊びに来てね。」

友達も口々にそう言ってくれた。懐かしい人たちとのひと時だった。


 5年後。遥貴は大学を卒業した。未来の大統領任期も終わった。初めて、何でもない「人間」になれた遥貴だった。大統領のパートナーでもなく、王族でもなく、実は身柄を狙われている国王の隠し子でもなく。誰も注目しない存在。そして、住むところも自由、行くところも自由。

「これが「人」なんだな。あぁー!僕は自由だあー!」

新しく住むところを見つけ、未来と共に引っ越した一戸建ての住宅。首都郊外の高台にある家だった。その家の寝室、置いたばかりのベッドに横になって、遥貴は叫んだのだった。

「ん?どうした、急に。」

未来が現れて、くすっと笑った。未来は実年齢よりもだいぶ若く見えた。実はもうすぐ50歳だが、30代の頃と変わらない。若い恋人がいれば自然とそうなるのかもしれない。恋人とはいえ配偶者だ。きちんと籍を入れていた。

「僕やっと、ただの人になれたな、と思って。」

寝転がったまま遥貴が言うと、未来がベッドに膝をつき、両手を遥貴の頭の横についた。

「やっと、二人きりになれたな。今までずっと、部屋の外には人がいる状況だっただろ。いつもいつも遠慮してたんだ。これからは、声を出しても大丈夫だな。」

「遠慮、してたの?あれで・・・?」

未来はしばし遥貴と見つめ合い、それから唇を見て、首筋を見て、胸を見て、それから更に視線を下へ滑らせていく。遥貴はゴクリと唾を飲み込んだ。次の瞬間、未来がガバッと遥貴に覆いかぶさった。

「ちょっと、まだ片付いてないよ!未来!」

遥貴が未来の肩に手をかけてそう言ったが、びくともしない。

「うるさい。そんなの後でいいだろ。」

未来がそう言って、遥貴のシャツに手をかけた時、下の方でガチャっと音がした。

「手伝いに来たぞー。おー、広いなあ。」

「お邪魔しまーす。」

健斗と尊人が勝手に入って来た。未来はギクリとして手を止め、顔をしかめた。遥貴は目をパチクリさせたが、次の瞬間自分の親が現れたので、慌てて未来の下から抜け出した。

「パパ、ダディ、いらっしゃい。」

遥貴が立ち上がって健斗と尊人のところへ歩いて行くと、未来はゆっくりとベッドから降り、むすっとした顔で来客を見た。

「あれ?怒ってる?」

尊人が未来に無邪気に問うと、

「べつに。」

未来は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴って、ガチャリとドアが開いた。

「お邪魔しまーす。また来たわよー!」

「麗良さん!いらっしゃい!」

麗良が入って来たので、遥貴が階段を駆け下りた。

「わあ、麗良さん、久しぶり!」

「その節はどうも。ずいぶん昔だけれど。」

健斗と尊人が久しぶりに会った麗良に挨拶をした。

「あらあ、健斗さんに尊人さん!お久しぶり!あなたたち、結婚したんだってね!おめでとう!」

来客同士盛り上がる。どこで引っ越しを聞きつけたのか、麗良は神出鬼没である。しばらくわいわい話した面々は、そのうち家の中を見学し始めた。

「ここ二人にしては広いな。俺たちもちょくちょく泊まりに来ようぜ。」

「いいね。健斗、俺たちも近くに引っ越そうか。」

「いっそここに一緒に住んじゃえばー?親戚なんだしさ。」

勝手にそんな事を言っている。遥貴は傍で聞いていて苦笑い。未来は仏頂面である。

「そういえば未来さん、立派に初代大統領を務めたわね。お疲れ様。」

ふと、麗良が未来に言った。

「これからどうするの?未来さん。」

未来は仏頂面を解除して、

「遥貴と二人っきりで暮らすんだ。常に心配して、忙しく働いて、やっと穏やかな生活を手に入れたんだから。」

と言って少し微笑んだ。

「そうよね。ずっと尊人さんと遥貴君を守ってきて、気苦労も多かったでしょうね。危ない目にも遭ったわよねえ。よく皆生きてたわ。」

麗良は遠い目をして言った。

「だから、邪魔しないでくれよ。お二人さん、聞いてる?」

未来は少し離れたところにいる健斗と尊人に言った。健斗も尊人も振り返って、未来を見た。

「いろいろあったな。遥貴が生まれてここまで大きくなったんだ、そりゃ長い年月が経ったわけだよな。」

健斗がしみじみと言った。

「未来、遥貴をこれからもよろしく頼むよ。俺の分身だが、遥貴には遥貴の人生がある。」

尊人がそう言って、そばで黙って聞いている遥貴の方を見た。

「遥貴が悲しい思いをしたり、傷つけられたりしたら、俺も黙ってはいないぞ。近くで見守っているからな。」

尊人はそう言って未来を見た。

「分かってるよ。俺は遥貴を幸せにする。だから、ちょくちょく邪魔しに来るなよ。」

「はいはい。」

口を尖らせる未来に、尊人は思わず笑った。


 誰だって、お飾り人形にはなりたくない。

 操り人形なんてまっぴらだ。

 神様扱いもされたくない。

 みんな同じ人間だ。ただの、人間でいたい。


 たとえ王だとしても。



             完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間になりたい~Even if I am King~ 夏目碧央 @Akiko-Katsuura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ