いちは、血塗れになる

第5話

「ふんふんふーん♪」

 キオトから真新しい着物を贈られた翌日、いちはは早速その贈り物に袖を通してみていた。ご機嫌な様子で鼻歌などを歌っているが、お世辞にも上手いとは言えないその調子は、キオトが今ここにいたら音痴と言われていたに違いない。


 数年前、森の中で行き倒れていた身寄りのない少年・キオトは、命の恩人とも言えるいちはに言われた通り、その後九の村を頼って訪ねた。最初こそ西の国の風体であるキオトのことを、まるで奇妙なものでも見るように扱っていた九の村の人々だったが、キオトの持ち前の明るさと、働き者である様子に考えを改め、今ではすっかり村の一員となっていた。特に女どもなんぞは、日々美丈夫に育っていくキオトに目も心も奪われ、毎日のように騒ぎ立てているのであった。

 そんなキオトの存在を、誇らしく眩しく感じていたいちはだが、寂しさを覚えることは稀であった。先日のように、キオトが村人の目を盗んで定期的に訪ねてきてくれるからだ。

 時が経つとともに、いちはとキオトは互いのことを【いち】【きーちゃん】と呼び合う仲になっていた。それどころかキオトは口調まで変わっており、最初は村の子どもたちに染められてしまったのかと思っていたいちはだったが、少し乱暴な言葉遣いをするのはいちはの前でだけで、村の人々の間にいる時は以前と変わらず「僕、キオト」といった調子なのである。

「可愛い……女の子になったみたい」

 着物を着たままくるりと一回転すると、いちはは頬を上気させながら、ほぅっと一つため息を吐いた。村の女どもならこの上更に、口に紅など差すのだろう。だがそんなもの、もちろんいちはは持っていない。どんどん見目麗しくなっていくキオトとは対照的に、自分がいつまでもちんちくりんなままでいることが、いちはは急に恥ずかしくなってきた。

「あんなにかっこいいきーちゃんを、いつまでも【きーちゃん】って呼ぶのも、本当は間違ってるのかな……?」

 だが、だとしたらなんと呼べばよいのだろう。出会った当初のように、キオトくん? キオトさん、キオト殿、キオト様……。

「さ、散歩だ! 散歩にでも行こう!」

 気分を変えるべく、いちはは新しい着物のまま少し外へ出掛けることにした。ついでに仕掛けてある罠も確認してこよう、ホントは今日はその日じゃないけれど、などとブツブツ独り言をこぼしながら、いちはは顔が自然と笑顔になってゆくのを抑えられず、頬を両手でさすさす擦るのだった。


 森に入ると、いちははまずは水辺を目指した。水面を姿見に見立てて、自分がこの着物を着ているところをもっとじっくり確認したかったからだ。けれど、慣れない裾の長さから、いちははうっかり足を捻らせ、川にザブンと落ちてしまった。幸い足は大したことはなかったのだが、せっかくの贈り物を洗濯でもないのに水浸しにしてしまったことに、いちはは酷く落ち込んだ。その上確認しにいった罠は破られており、また作り直さなければならないハメになった。

「うぅっ、踏んだり蹴ったりです……っくしゅ!」

 更には、くしゃみをした瞬間に、作りかけの自分の罠に手が挟まれてしまった。大して痛くは感じなかったのに、傷ついた場所が悪かったのか血が止まらない。ダラダラと垂れる血液が着物にどんどん染み込んで、いちははそのことに悲鳴を上げた。

「あーっ! 嫌ー!」

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狐の恩返し 望月 葉琉 @mochihalu

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