惑星ティートル
辻 長洋(つじ おさひろ)
惑星ティートル
これは、ティートルという無人の惑星から発見された、機密文書の内容である。
その中には、様々な情報が書き込まれていたが、一部、興味深い記述を見つけた。
この星にはかつて、
侵略者がやってきたのだという。
その、記録が残っていたのだ。
その当時の状況を、調べてみる事にした。
記述の内容を元に、かつて何があったのかを紐解いて行く。
────────────────────
彼は、宇宙船から母星を見つめる。
窓にスプレーをかけ、目の前に写る星にヘルメットと顔を書いた。
その美しい星は、彼の故郷である惑星ティートル。
水という食料に溢れ、そこらに溢れかえる岩は、命の源である二酸化炭素を吐き出す。
そしてその星には、30億体程の、高い知能を持つティートル星人達が生きている。
その星のものは皆、ティートルを愛するもの達という意味を込め、自分達の事をティーターと呼ぶ。
宇宙船に乗る彼は、そんな数多く存在するティーターの1体。
両親と、妹が1体。
パートナーティーターと呼ばれる、妻は居ない。
幼い頃から宇宙について学び、齢26の年にようやく念願の宇宙飛行士となり、齢31の今年、ついに宇宙探索の単独任務を任された。
彼は、幼い頃から宇宙に興味を持っていた。
未知のものに溢れ、好奇心を掻き立てられる。
ティートルに存在しないものが存在し、存在するものが存在しない。
そんな宇宙が、彼は大好きだった。
ティートルと同じように二酸化炭素で溢れティーターが生きる事の出来る星があるのか。
新たな物質があるのか。
そして、
ティーターとは違う、高度な知的生命体、
宇宙人は居るのか。
─惑星ティートル─
ピーピーピー!
無線が入った音だ。
ピーピーピー!
全く…。せっかくいい気分に浸ってる時に、本部は本当に空気を読まないなぁ…。
無線機を取る。
「こちら、宇宙空間研究所本部より定時連絡」
「そちら、異常は無いか?どうぞ。」
僕が所属している宇宙空間研究所の探索実行部隊は、13体の宇宙飛行士達で構成されており、スペースシャトルに乗り、実際に宇宙の事を調べて来るのが仕事だ。
その為、本部へ30分置きに定時連絡を行い、定期的に探索続行に問題が無いかを報告しなければいけない。
通信のスイッチを押し、マイクに喋る。
「こちら、べド12号、探索実行部隊No.11より、定時連絡、異常無し、どうぞ。」
無線から返事が返ってくる。
「了解。引き続き、探索を続行せよ。通信終了。」
ふぅ…。
仕事とはいえ、もう少しゆったりと宇宙を見てみたいもんだなぁ…。
そう思いながら、ドリンクマシンから、中身の無くなったマグカップへと飲み物を注ぐ。
そうして彼は、次の定時連絡までの間、ゆっくりと星々を観察しながらくつろいだ。
椅子に座ってから、10分程たっただろうか。
何か、音が聞こえた。
キィィィィィン…。
という、機械音のような物が。
「?、何だろう…。」
彼はマグカップを机に置き、椅子から立ち上がって辺りを見回した。
視界に入る限り、音の出るような物は見当たらない。
しかし、音はなりやむどころか、ほんの少しづつ大きくなっているような気がする。
近くに電磁波や音波を発する星でもあるのだろうかと窓から辺りを見渡したが、近くにそれらしい星や物体は見当たらない。
そうこうしているうちに、音は少しづつ大きくなっていく。
すると、今度は機械音のような物の他に、
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ…。
という音が聞こえて来た。
今度はしっかりと、音の出る方向が分かった。
さっきマグカップを置いた、机の方へと視線を向ける。
カチャカチャカチャカチャ…。
あれは…!
机に置いていたマグカップとスプーンが、振動している…。
その瞬間、僕はもしやと思った。
機械音のような高音に加え、広範囲に振動を及ぼす物。
何か、隕石のような物が近くを通っているのではないか…!?
そう思い、彼は双眼鏡を手に取り、窓の外を通る何かを探した。
そして、彼は見つけた。
「あ…あれは…。」
「嘘だろ…。」
それは、隕石など可愛く見えるような程の、おびただしい数の
宇宙船だった。
「な…なんという事だ………。」
「あれは……船だ…!明らかに何者かの手によって作られた物だ…!」
「それに………4隻や5隻だけじゃないぞ………。」
「2……4……6………………」
「ご……50隻以上あるぞ…………!?」
彼は慌てて無線機へと向かう。
「こ、こちらべド12号より、探索実行部隊No.11!!い、異常事態発生!どうぞ!」
本部から連絡が入る。
「こちら、宇宙空間研究所、落ち着いて状況を報告せよ。どうぞ。」
「う、宇宙船です!凄まじい数の宇宙船が、ティートルに向かっています!どうぞ!」
すると、落ち着いた口調で喋っていた通信相手が、思わず声を上げた。
「なっ、何!し、至急衛星のレーダーを確認する!」
─ティートル、宇宙空間研究所本部─
所内は、探索へ向かった宇宙飛行士の一言により、大騒ぎになっていた。
所員が、急いでレーダーの様子を確認する。
「こ、これは………。」
レーダーの画面には、No.11の言った通り、凄まじい程の飛行物体が確認されていた。
その話は、素早くティートル第1国家の首脳陣へ伝えられ、各自、上層部からの指示を待てとの命令が下された。
そして、ティートル第1国家の大統領室にて、緊急首脳会議が開かれた。
1体のティーターが声を荒らげる。
「大統領!相手がこちら側に攻めてくる前に、向こう側に警告を出すべきです!」
大統領は悩みながら答える。
「うむ…。だが、彼らが武装しているかどうかの確証はないが、もし彼らが武装していた場合、彼らの兵器の射程距離や威力が分からない以上、警告をした瞬間に攻撃を開始するかもしれん…。」
「そうなれば、こちらとしては分が悪い…。」
「な、何故です!彼らは50隻程だとの報告を受けています!それなら我が国の兵器で、奴らがこのティートルへ到達する前に全滅させられますよ!」
すると、大統領は言葉を返す。
「いいや…50隻も来ているのが問題なのだ…。」
「我々は、宇宙探索をする際、少数の宇宙船を発射させる。宇宙船のコストや、宇宙空間で不足の事態に陥った際、損失を少なくする為だ。」
「だが、彼らは一度に50隻もの宇宙船を出している。つまり、彼らは探索ではなく、初めから戦う為に移動している可能性が高いのだ!」
大統領の発言に、声を荒らげて居たティーターも、思わず黙ってしまう。
すると、宇宙空間研究所の所長が口を開く。
「ですが、このままただずっと待っているだけでは…!」
その言葉に、大統領は言った。
「そうだ、君の言う事も、軍事部長の言う事も正しい。このままただずっと観察し、規模も戦闘力も分からない相手の出方を伺うのは最善の策だとは言い難いだろう。」
「ここは、あらゆる状況に備えた上で行動を起こすのだ。」
大統領は、素早く指示をした。
「軍事部長、防衛システムの作動と、いつ何が起こっても良い様に、軍に戦闘態勢を取らせてくれ。」
「了解しました」
「所長、君は防衛システムの作動を確認したら、艦隊に向けて警告を発信してくれ。それとあの宇宙船に関する情報を、出来るだけ多く調べて貰いたい。」
「分かりました。」
2名は指示を聞き終えると、早足で部屋を出ていった。
独りになった部屋で、大統領は窓から空を見つめながら呟いた。
「………これはもしかしたら、我らティーターに与えられた試練なのだろうか…。」
─べド12号、スペースシャトル内─
報告を終え、待機命令が出されてから、No.11は、胸騒ぎを感じていた。
「何か、引っかかる…。」
あの艦隊が現れた時、機械音のような音が聞こえた。
「あの音は、あの艦隊の音だったのか…。」
「だが、待てよ…?」
「さっきまでは音が大きくなっていたのに、今は音がずっと同じ大きさだ…。」
男の胸騒ぎは、疑問へと変わった。
「あの音が聞こえてからすぐにマグカップが揺れだした…。最初に聞こえた音の大きさからして、マグカップが揺れるほど近くに来る前に音が聞こえててもおかしく無かったはずだ…。」
何か、背筋に嫌なものが走る。
そして彼は、ある事に気がついたのだ。
「ま、まさか…!!」
彼はすぐさま無線機で本部に通信をかける。
「こちら、宇宙空間研究所、どうぞ。」
「こ、こちらNo.11!すぐに大統領に繋いでくれ!どうぞ!」
「それは出来ない。大統領は今大艦隊の対処に追われている。伝言なら伝えよう、どうぞ。」
「伝言じゃ間に合わない!大統領がダメなら、ジターウィン所長に繋いでくれ!どうぞ!」
「…?了解。所長に繋げる。」
無線は、すぐに所長へと切り替わった。
「こちら、ジターウィンだ。No.11、何があった?どうぞ。」
「しょ、所長!聞いてください!僕はあの艦隊が近づいた時、何か機械音のような高い音が聞こえたんです!」
「その音が聞こえると、今度は机に置いてあったマグカップがカタカタと揺れだした!」
「それがどうした?」
「おかしいんですよ!」
「最初に聞こえた音量からして、マグカップが揺れるより先に音だけ聞こえてるはずなんです!」
「なのに、音がなってからすぐにマグカップは揺れだした!」
「それに、音が聞こえてすぐは少しづつ音が大きくなっていったのに、今は音の大きさが一定なんです!」
所長は聞き返した。
「…つまり?」
「あの艦隊は突然現れたという事です…!だから音と振動が同じタイミングで来たんです…!」
所長は思わず声を上げた。
「なっ…!?」
「つ、つまり奴らは、瞬間的に長距離を移動する事が出来るという事か…!?」
所長自身、言葉にはしたものの、自分で理解は出来て居なかった。
「そうです!そして今、音が一定になっているという事は、彼らは今低速で移動しているんだと思います!」
その言葉で、所長はNo.11の伝えたい事を理解した。
「ま、まさか………!!!」
「低速で移動しているのは、おそらくエネルギーをチャージする為です!そして、エネルギーが溜まったら…」
「もう一度瞬間移動して、一気にティートルまで来てしまう可能性が高い!」
「そうなれば警告では間に合いません!すぐに大統領にこの事を知らせてください!」
それを聞いた所長が、大統領へ連絡をかけようとしたその時だった。
─ティートル、宇宙空間研究所本部─
バン!!
所長室の扉を勢いよく開け、所員が慌てた様子で言った。
「しょ、所長!レーダーに映っていた艦隊の姿が消え、突然防衛システムのシールド内へ現れました!」
「な…何だと…!?」
「なんということだ…。No.11の言った通りだった…。まさか我が国の防衛システムをすり抜けて現れるとは…。」
所長は少し頭を押さえて固まってしまったが、すぐにハッとした様子で動いた。
「す、すぐに大統領へ連絡しなければ…!」
大統領へ電話をかける。
プルルルル…。
ガチャ。
「だ、大統領!問題発生です!」
「どうした!何があった!」
「奴ら…。我々には計り知れない技術力を持っています…!防衛システムのシールドの外側から、シールドの内側まで、瞬間移動をしたんです!」
大統領は思わず声を荒らげた。
「な、何だって…!?」
所長は続けた。
「もう警告は間に合いません!すぐに住民の避難を開始すべきです!」
「このままでは…。この美しいティートルが激しい戦争の場となってしまう…!」
大統領はそれを聞き、すぐに動いた。
「分かった…!すぐに大艦隊の真下にある主要都市に、避難命令を出そう!」
所長は、それを聞き、「ええ、お願いします」と言った。
─ティートル第1国家、とある中心街─
人々は、空に移る無数の艦隊を見上げながら、口々に不安の声を上げていた。
そんな中、1体の少女が、空を見上げながら呟いた。
「お兄ちゃん…。大丈夫かな…。」
すると、街の中心地、巨大なビルに移る巨大なモニターから、キャスターの声が響く。
「ただいま入った情報によると、11時53分頃、ティートル第1国家の上空にて確認された、無数の艦隊が世界各地で相次いで目撃されている模様です…」
すると、そのキャスターに何やら紙が渡された。
「そして…。…はい…はい。」
「えー…、ただいま、ティートル第1国家政府が緊急会見にて声明を発表しました。会見映像へ切り替えます。」
キャスターがそう言うと、画面が切り替わり、大統領が喋っている会見場の映像が流れた。
大統領はいつになく焦りに満ちた声色で喋っている。
「ティートル第1国家及び、第1国家周辺国にお住まいの皆様…!ただいま、国民全員に避難命令を発令致しました…!落ち着いて各地の避難所へ向かってください…!高齢者やお子さん、足の不自由な方などを優先し…………」
避難命令…!?
この街が、戦場になるかもしれないって事…!?
その少女は、すぐに駆け出し、自宅へと向かった。
そして、玄関の戸を開けるや否や、すぐに呼びかけた。
「お父さん!お母さん!テレビ見た!?」
すると、母が言った。
「ええ、見たわ…!すぐに避難を開始しろですって…!今お父さんが移動ビークルを出しに行ったわ…!ほら!あなたも早く準備して!」
「う、うん…!分かった!」
彼女は自分の分の着替え、貴重品を鞄に詰め込み、部屋を出ようとした。
「あっ!写真!」
慌てて額縁に入った家族写真を鞄に入れ、部屋を飛び出した。
─大気圏外、スペースシャトルベド12号内部─
「避難命令が出たのか…。」
大艦隊を見てから、彼の頭の中は家族の事でいっぱいだった。
ちゃんと避難出来ただろうか…。
しかし、宇宙人達は待ってはくれない。
彼がそんな不安に悩まされていると、新しい艦隊の動きを確認した。
「何だあれは…?艦隊一つ一つから、何か棒の様なものが伸びている…?」
その疑問の答えは、すぐに分かった。
「ま、まさか…!砲塔か…!ティートルに攻撃を仕掛けるつもりなのか…!?」
彼が気づき、連絡をしようと無線機をとった頃には手遅れだった。
50以上の艦隊一つ一つから伸びた砲塔から、高速でミサイルの様なものが発射されたのだ。
「ま、まずい…!!」
そのミサイルの先は、彼の故郷であり、今家族が生活しているはずのティートル第1国家。
彼は思わず窓に飛びついてしまった。
「ああ…。どうか避難が間に合っていてくれ…。」
─ティートル第1国家、とある中心街─
そこにはもう住民の気配は無く、第1国家軍の迎撃部隊だけが、ただ戦闘態勢を取っていた。
すると、大気圏内に到達した巨大な艦隊から、砲塔が伸びた。
それを確認した部隊長は、こう叫んだ。
「第1迎撃部隊!ミサイル防御電磁シールドを展開しろ!」
その指示を受けた隊員達は、迎撃システムのスイッチを入れる。
すると、街の各地に設置されたアンテナから電磁光線が放たれ、街全体を巨大な光のドームのように包み込んだ。
それとほとんど同時かのタイミングで、艦隊から伸びた砲塔から、無数のミサイルが放たれた。
まるで大雨のように降り注いだミサイルはどんどんと街へ近付き、ついに展開されている電磁シールドの目の前まで到達した。
隊員達、その状況を映像で確認している宇宙空間研究所の所員達。
それを見ている皆が固唾を飲んで見守っていた。
しかし、彼らの目には信じられない事が起こった。
なんと、街まで一直線に伸びていたミサイルが、電磁シールドに当たる直前、急に姿を消し、瞬間的にシールドの内側から現れたのだ。
「す、すり抜けた…!?シールドを…すり抜けたぞ…!?」
隊員達がパニックに陥る中、部隊長が叫んだ。
「全部隊!今すぐ地下へ移動しろ!!」
隊員達は、乗り物や兵器を棄て、すぐに建物の地下へと退避した。
降り注いだ無数のミサイルはやがて、建物に直撃し、ありとあらゆるものを破壊した。
建物だけでなく、移動ビークルや、モノレール。
中心街の看板でもある巨大なモニターのあるビルも、無残に倒れて行った。
ミサイル群の無慈悲な破壊は、10分以上止むことなく降り続けた。
地下に退避した隊員達。
その状況をテレビや映像で確認していた、宇宙空間研究所の所員や避難した国民達は、ただひたすら、その永遠にも感じる10分間を
耐え続けるしかなかった。
─ティートル第1国家、中心街のビルの地下─
部隊長が意識を取り戻し、咳き込みながら叫ぶ。
「お、お前たち……!だ、大丈夫か…!」
隊員は弱々しい声で答えた。
「え、ええ……。数名は……。残りの部隊は……。」
部隊長の目に、既に息絶えている隊員達が写った。
「ク、クソ……。この星の建物を地下まで破壊する程の威力だとは……。」
ティートルは地震が多い星の為、建物が全てかなり頑丈に作られている。
しかしそれももう、意味をなしてはいなかった。
「し、しかし、私達が気を失ってから一体どれほどの時間が立っているのだろうか……。」
少しして、部隊長は言った。
「誰か動けるものは居るか!」
すると、隊長の目の前に居た隊員3名が、「はい!」と返事をした。
「お前達、まだ、この瓦礫の中に息のあるものがいるかもしれん。くまなく探すんだ。」
「私は、本部への通信を試してみる。」
隊長がそういうと、隊員達は皆声を揃えて「了解。」と言った。
隊長は独り残り、通信機を確認した。
「頼む……。動いてくれ……。」
ピピー……ザーーーッ…………。
「……部……本部……応答……よ」
音が聞こえた!
良かった……。無線機は何とか無事だったようだ……。
周波数を合わせ、無線機に話しかける。
「こちら!第1迎撃部隊隊長のスミサール中佐だ!応答願う!どうぞ。」
すると、無線機から返事が返ってきた。
「……スミサール中佐!無事だったのか……!!」
「ええ……なんとか……。ですが…隊員達が……。」
「……状況を教えてくれ。」
「ええ…。現在隊員が確認している最中ですが、今のところ、部隊の生存者は私を含め4名しか残っておりません…。」
「……そうか。」
すると、本部はそのまま言葉を続けた。
「しかし、今の世界には、君の部隊の力が必要なのだ。」
隊長は聞き返した。
「……どういうことです?」
本部の者は、重い口調で喋った。
「君が気を失っているあいだに、奴らが動いたんだ。」
「大気圏を突破し、どういう訳か防衛システムのシールドをくぐり抜け、艦隊から小型船を発射した。」
「その小型船から、奴らが...姿を表したんだ……。」
隊長は思わず息を飲んだ。
「奴らって……まさか……!」
「ああ…。奴ら、黒い鎧に身を包んだ宇宙生命体達が、直接……。」
「……侵略を開始した。」
─宇宙空間研究所、ほんの少し前の時間─
ミサイル郡の降り注いだ街は、ただ砂埃だけを残し、その姿を消してしまった。
思わず、所長が言葉を漏らす。
「なんという……規模と破壊力だ……。」
他の所員や避難者は皆、声1つ上げず、ただ、目の前にいる圧倒的な存在に、怯えているだけだった。
しかし、生存者達が止まっていても、侵略者達は動きを止めない。
1名の所員が叫んだ。
「しょ、所長!艦隊が地表面へ接近!小型船らしきものが発射されています!」
所長はそれを聞き、モニターを睨みつけた。
画面に映った小型船は地上へ接近。
そして、地上へ着陸した時、その扉が開き、中から姿を現した。
「奴らが………。」
それは、二足歩行で身長こそティーターとそう変わらない。しかし、全身に宇宙服とも戦闘服とも言える、鎧のようなものを身に纏っていた。
その状況を見た所長は、すぐに軍令部長に連絡をした。
プルルルルル…………。
ガチャ。
「軍令部長。」
軍令部長は、電話がかかってくるのを分かっていたように答えた。
「君も……見たな……。」
「ええ……。」
所長は、そのまま言葉を続けようとした。
「軍令部長、」
すると、軍令部長は「待て」と言い、言葉を続けた。
「君の言わんとする事は分かっている。既に奴らへの攻撃命令を出した。」
「現在第1国家陸軍と第1国家空軍が現場へ向かっている。すぐに到着するだろう。」
しばらくして、軍令部長の元に部下が報告に来た。
「失礼します!軍令部長、陸軍と空軍が配置に付いたとの事です。いつでも攻撃出来ます。」
「分かった。」
軍令部長は、無線機をとり、ハッキリと言った。
「いいか、目標は表に出ている侵略部隊だ。」
「この星の命運は、君達の手に掛かっている…。なんとしてでもティートルを守りきるんだ!」
「全部隊!攻撃開始!」
────────────────────
公的な記録は、ここで終わっていた。
恐らく、後に軍が抹消してしまったのだろう。
しかし代わりに、ひとつのボイスレコーダーを見つけた。
その内容は、ちょうど公的記録から抹消された先の話だ。
さらに、調べてみよう。
────────────────────
─第1国家、中心街。とある兵士のボイスレコーダー─
「...ジターンだ。〇月×日、14時06分。
この戦争で死ぬかも分からないので、記録を残す事にした。僕には家族なんかがいないから、誰に宛てたものでもないけれど、きっとこの戦いはこれから先も語り継がれていくと思う。
だから、未来の誰かの為に残しておく。もしかしたら、1日目で終わるかもしれないけれど。」
「...ジターンだ。〇月×日、14時32分。
攻撃命令が出た。
目標は艦隊から発射された小型船及び、その小型船の乗務員だそうだ。過去に1度だけ紛争地帯に派遣された事もあるけど、正直、戦うのはまだ怖い...。こればっかりは慣れないな...。
でも今度は、ティーターじゃなくて、侵略者と戦うんだ。僕が頑張らなきゃ、この星の存亡に関わるんだ。大丈夫、僕なら出来る...。」
「ジ、ジターンだ...。〇月×日、15時12分。
今、膠着状態に陥っている...。
奴ら...どれだけ撃っても身に付けてる装備で弾を弾いてしまう.....。それに...信じられないが、戦い方にパターンがある...。僕達と同じだ.....。しかも、言語のようなもので意思疎通をして、臨機応変に対応するんだ.....!!
あれは.....動物なんかじゃない.....。完全に戦術を持って戦ってる.....。」
「...ジターンだ。〇月×日、16時21分。
前線を少しずつ下げながら応戦していたが、ついに防御シールドの目の前まで来てしまった。
ここは、簡易的な砦のようになっていて、展開されたシールドの付近をあえて開けさせる事で、攻めやすい箇所を絞るように作られている。彼らに瞬間移動の技術がある事は分かっているが、たとえ壁をすり抜けたとしてもそこには集中砲火が飛んでくる。
奴らが賢い生き物なら、わざわざ罠に突っ込んでくるような真似はしないだろう.....。」
「ジターンだ.....。〇月×日、17時03分。
再び膠着状態に陥ったので今のうちに記録に残しておく.....。奴らに、防御シールドを突破された.....。重装備の兵士が現れ、全隊が一斉射撃をしたんだ.....。でも、それが罠だった.....。奴ら、その隙に一体だけ脇をすり抜けて、隠れ潜みながらシールドのスイッチを切ったんだ.....。
あれほど戦闘慣れした生命体がこの宇宙に居たなんて.....。きっと彼らは、僕達ティーターには想像も出来ないような戦いの歴史を歩んで来たんだろう.....。」
「...ジターンだ。〇月×日、18時32分。
今僕は、第1国家郊外の仮設野営基地で傷の手当をしてる.....。
.....あの後、しばらくの間膠着状態が続いて、お互いせめぎ合って居た。そうしたら奴らは、謎の巨大な兵器を投入したんだ.....。
それはなんというか、見たことの無いタイヤをしていた...。タイヤというか、なんというか...。複数あるタイヤをまとめるように、ベルトのようなものが巻かれていたんだ.....。そのベルトがある事で、地面がでこぼこになりやすい戦場を軽々と移動してきた.....。そして、1番の脅威だった、あの砲塔だ。装甲に包まれた車両の上部には、長い砲塔があった.....。そこから、爆弾のようなものを飛ばしてきたんだ.....。
とてもじゃないが、信じられない.....。兵器があそこまで進化しているなんて...。一体どれだけの戦争を乗り越えて来たんだろうか.....。」
「...ジターンだ。〇月△日、3時14分。
この戦争が始まって初めての朗報だ。
前回、記録を残したタイミングから、約2時間後、奴らが再び攻めてきた。
奴ら、暗闇の中を探知機のようなものを通して確認していたんだ。しかし、僕らはどういう訳かその探知機に引っかからなかった。だから奇襲に成功して、相手の部隊を撃退するだけじゃなく、奴らの一体を捕獲することに成功した。
これから軍が、奴らの生物構造と宇宙服の解析を行うらしい.....。敵部隊が撤退して暫くは安全だろうと判断され、ようやく眠る事が出来た...。今は見張りの交代が回ってきたので起きているが、眠る事が出来たのは正直嬉しい。
睡眠といえば、あの宇宙生命体も、睡眠なんかはとるんだろうか。まあ、僕が気にしていても仕方が無い事か...。」
「...ジターンだ。〇月△日、5時28分。
これから奴らに奇襲攻撃を仕掛け、前線を押し上げる任務に向かう。
どうやら昨晩の生態調査で、様々な発見があったらしい。
まずやつらは、僕達とは真逆で、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すらしい。それで生きている原理は僕にはよく分からないが.....とにかく、僕達と同じように、呼吸という行為は必要なようだ。
それから、呼吸の面以外、身体構造がティーターに酷似している事が分かった。五感があり、内蔵があり、性器があるらしい。生物としての進化具合はティーターとそれほど変わらないのだろうか.....。
おっと、集合の合図だ。これを聞いている者、誰かは分からないけど、どうか我がティーターの幸運を祈ってくれ。それじゃ。」
「...ジターンだ。〇月△日、7時35分。
再び朗報だ.....!僕達の部隊が、前線を押し返す事が出来た.....!今は車両に乗って進軍中だ。
生態調査によって奴らに五感がある事が判明したので、強力な音を出すソナー兵器を使用した。そしたら、奴らは音を聞いた途端に苦しみ出して、一瞬攻撃が完全に停止したんだ。
技術力の計り知れない宇宙服を着ているから、毒ガスや目くらましなんかは効かない可能性が高いんじゃないかって事で、ソナー兵器が使用されたんだけど、どうやら効果は絶大だったらしい。
これから、占領された第1国家中心街を奪還しに行く。まだ、希望は.....あるんだ...。」
────────────────────
(一部、テープが破損している)
────────────────────
「ジターンだ...。〇月△日、13時52分。
今、建物の地下に籠城している。
.........僕は、彼らの技術力を、侮っていた.....。僕は、夢を見ているんだろうか.....?
...前線に到着してすぐ、奇襲作戦を開始した。ソナー兵器を中心として攻撃を開始し、奴らの小型船を一機、破壊する事に成功したんだ。それからもどんどんと小型船に乗り込んで、攻めてくる宇宙生命体達と戦っていた。
でも...その時.........。奴らの大艦隊が、再び砲撃を開始したんだ.....。ミサイルの数自体は、1度目の砲撃よりも少なかった。だけど.........。その後に発射された、一回り大きなミサイル.....。あれが問題だったんだ.....。
そのミサイルは空中で爆発して、凄まじい光と熱を放った。直視していた隊員達は失明し、地下への避難が遅れた味方は消滅した.....。そのミサイルの爆発は、信じられない大きさだった.....。
街1つを.............飲み込んで行ったんだ.......。
僕は地下に退避したから何とか一命を取り留めたけど、地下に入り込んできた熱風で肌が焼かれて、とてつもない爆音で両耳とも普段の半分以上聞こえなくなった.....。今も、自分の声があまりよく聞こえない.......。
その上、爆発が起こった広範囲内には、濃度の高い放射能が発生していて、僕の電磁摩擦型のボイスレコーダーも、放射能のせいでデータが一部破損してしまった.........。
.........今、再び、思い知らされた.......。彼らにとって、この星を破壊することなど造作もない事なんだ.....。それでも僕達がまだ生きているのは、彼らが綺麗な状態でティートルを手に入れようと、力を加減しているから.....。
僕達は、生き残っているんじゃなく、奴らに生かされているんだ.......。」
「...ジターンだ。〇月△日、18時47分。
これが、最後の記録になるかもしれない...。...15時13分頃、世界各地の主要都市が、あの、街1つを飲み込むミサイルの攻撃を受けたからだ。避難所ごと攻撃を受け、世界中のティーターの数は激減した。ほとんどの兵士が家族を失い、戦う理由を失った。この星の希望は、ことごとく破壊されたんだ...。
奴ら、宇宙生命体は、宇宙空間研究所本部によって、【ニンゲン】と命名された。
彼らは.....どんな星からやって来たのだろうか.....。きっと、僕達ティーターとは違って、幾度となく戦争を重ねて進化してきたのだろう...。だから、あれほど戦争の兵器が発達している。ティーターも、進化を重ねれば、最後にはあいつらのような侵略者と化してしまうのだろうか...........。
第1国家陸軍はこれから、全ての力を集結させた最後の攻撃に出る。残った民間人は皆、ティートル中にある宇宙船に乗り込み、この星から脱出する。政府の上層部の方たちが、その後どうするか考えているのかは知らない。だが、あらゆる希望が打ち砕かれた今だからこそ、残されたティーター達という希望だけは失ってはならない。
僕は次の戦いで、自分の命を落としてでも残されたティーターを守り抜く覚悟を決めた。
もしもこれを聞いている名前も知らない者が居たら、この記録を永遠に保管して欲しい。こんな悲劇は、二度と起こって欲しくないから...........。
...........出撃命令だ。それじゃ...........。」
────────────────────
音声は、ここで途切れている。
かつてこの星に生きたティーターと呼ばれる生物は、ニンゲンという生物に生きる場所を奪われた。
ティーター達は、今もこの宇宙どこかで、立派な繁栄を遂げているのか。
それとも、宇宙に出て、そのまま新たな星を見つけられずに絶滅したのか。
それを知るものは、誰も居ない。
惑星ティートル 辻 長洋(つじ おさひろ) @tsujifude-shihan
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