透明なる噂
僕、
春、つまりは高校に入学したてだが、この街に住んでいる学生はそのほとんどがこの学園に中学から入り、そのまま高校へ進む。だから新しい出会いの季節だとか、そういう浮かれた話は何一つないのだ。
春休みを終え、数週間前に一緒に中学を卒業した奴らとまた同じ学校に通い、また同じ様に過ごし、また同じように退屈を持て余すのだろう。
──そう、思っていた。
中学校舎と高校校舎は繋がっているものの、図書室や講堂などの特別な教室以外は全て別に造られている。この街に近い唯一の学校。それが千習知学園。
街自体は少しのどかと言える時間が流れている。言ってしまえば田舎というものに近いのかもしれない。けれど中心部へ行けばそこそこ栄えているし、電車にでも乗れば十数分で都会という都会へ行けてしまう。そんな所だ。
この街の学生は何故千習知学園にいくのか。簡単な話、入るのもそんなに難しくなく、学園のコネがあり、そこそこの大学への推薦も取りやすい。コストパフォーマンスが良いというわけで、わざわざ外にいくこともしない学生が多いだけだ。
僕もただ生まれ育った街というだけで街には愛着こそあるが、学園には流れに身を任せて入った。ということである。
そんなこの街の誰しもが通る道。そんな一般的な理由。そんなただ普通の高校生……
運命の出会いをした。と言っていいだろうか。
そんなことを言っては彼女は運命を軽視しすぎていると不機嫌になるかもしれない。恋愛的でもない、ただの出会い。でもそれが、僕がつまらないと思っていた日常に対して初めての衝撃だった。それだけは確かだった。
僕は通学路で昨日出会った彼女を思い返していた。正確には彼女ではなくその存在と、ソレが放った言葉の意味を。
『“考える”日がくれば、また会える。』
“考える”とは何を考えることなのか、そもそも考えるとはどういうことで、考えるとすると、考えるを考える、カエルをカンガルーが……
「よーっ!」
カエルをカンガルーが考えてカンガルーはカエルとすると……どわっ!
物思いにふけっていたら肩に重さがのしかかった。
「おい相原、なに無視してんだよ」
「……なんだ、仲谷か、んだよもう」
「んだよじゃねえーよ。遠くからこの俺がわざわざ大声をだし呼んでいるのに無視するとは何様だテメー!」
「何様もなにも相原だ」
「どうもご丁寧にこちらこそ挨拶を。
「いや勝手に名乗っといてそれはないわ……」
朝から騒がしい奴だなこいつは。頭痛がしてきた。こっちは考え事で忙し……
「まぁいいやお前何考え込んでたんだ?」
「え?」
「いや呼んでも、近くに来ても気づかないことなんてお前滅多にないだろ」
「あー」
こいつはおチャラけているようでそういうところはちゃんと見てる奴だった。
「いや、昨日……」
「あ!そういえばお前知ってっか?」
話の腰を早々に折られ一瞬でもこいつのことを感心したことに後悔した。
「なにをだよ……」
諦めて話を聞く。
「この高校の噂だよ!う・わ・さ!」
「いやそんな風に強調しなくても……。それに校舎は変わんないんだし、七不思議とかなかっただろ」
「誰もオカルトとは言ってねえよ。」
「じゃあ何の噂だよ」
仲谷は周りに聞こえないよう耳打ちをするような姿勢で小声で言った。
「超・絶な美人がいるらしい」
そんなことかよ!こいつのことだからそういう答えも出てくるだろうと思ったが少しでも期待した僕が馬鹿だった。
呆れた。返事をするにも気だるいくらいに。
「へー……」
「なんだよ、その死んだ魚みたいな目をして『へー……』って。さてはお前、女に興味ないのか!ないんだな!むしろ男なんだな!ま、まさか俺とか……」
「いやどこまで話が飛躍するんだよ」
自惚れがすぎる。
「で、その美人さんな。どうも先輩らしいんだが……」
勝手に軌道修正して続きを話しだした。
「なんでも超絶美人なのに一切浮いた話がない。とか、友達が一人もいない。とかこつぜんと現れこつぜんと消える。とか会話した人はいない。とかとか」
「へー幽霊ぽいじゃん。幽霊なんじゃね?」
「え!まじで!?せっかくお近づきになろうとしたのに俺霊感ないから見えねーじゃん!」
「いやしらんけど」
自分から話し始めて僕に問いかけないでほしい。
そんなくだらない会話を続けていたら学園の昇降口にたどり着いた。
「あー俺、購買寄ってから教室いくからここでー」
「ん、はいはい」
と別れるはずだった仲谷はなぜか近づいてきて
「そういえば、もう一つ噂あったわ。」
「その美人さんを発見できる場所って、普段は使われていない図書準備室か、人がほとんどいない時の屋上なんだって」
そう耳打ちをし、ニヤリと笑って
「お前霊感ありそうだから会えそうじゃね?会ったら連絡先聞いといてな!」
と手を振り購買の方へと向かっていった。
あいつは気づいていたのだろうか。人がいない屋上と言われた時の僕の衝撃に。
この背中に電気が走ったような、鼓動の早さと無意識の期待感に嫌な感じはしなかった。
透明なるフィロソフィー 散花 @sanka_sweera
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