Fille de neige
久浩香
第1話
トゥーカーイ地域圏を支配するトゥーカーイ公ギョーム9世が、教会とトラブルを起こし、破門を言い渡された腹いせに司教殺害計画を練っていた頃に、領主館で働いていたジャンヌに手をつけ、生まれたのがサーペントである。
男の子ではあったが、ギョームが教会から破門を言い渡された理由も女性問題であったという事からも解るとおり、彼は、彼の最初の妻が情緒不安定で修道院に逃げてしまうほど奔放で、下働きとして、たまたま領主館で働き、彼の気まぐれに口説かれた平民であるジャンヌの子供などは、彼の子供の数には入っていなかった。
彼は、聖地回復支援の為の軍事行動へ同行する為に王都に向かう前に、教会とのいざこざで、心が弱っていた自分を慰めてくれたジャンヌに対し、私生児の養育費として、20年間、ただの庶民が暮らしていくのに充分すぎる額の生活費を支払う事を約束していた。
サーペントが5歳になるまでは、ギョームから支払われるお金を頼りにしていたが、やがてジャンヌは、そのお金を元手に、トゥーカーイ地域圏の公都にほど近い村に、小さな家と畑を買い、寡婦の農民として暮らし始めた。
サーペントは、ギョームに似た美しさと、村の暮らしで培った逞しい肉体を持つ若者に育った。
髪の色は、他の村人達と同様に黒かったが、瞳の色は、狼の様な琥珀の色をしていたし、肌の色も、毎日、母親と共に畑を耕し、16歳になってからは樵の仕事にも出る様になっていたが、他の村人達の様な褐色の肌ではなく、柔らかな黄土色の肌色をしており、背は高く、凛々しい眉や眦を持っており、村の若い娘達は夢中になっていた。
さて、ジャンヌは、例え気まぐれにでも、貴族が愛を囁く程には美しい女性であったので、独身の男達は色めき立ったものだったが、
「愛しているのは夫だけ。彼の残してくれた
と、取りつく島もなかった。
それでも諦ず、しつこく言い寄っていたのは、
グロウは、自分の妻が生きている時から、ジャンヌに自分の妾になるように言い寄り、妻が亡くなってからは、誰憚る事なく、後妻になるように迫った。
やがて、グロウは、
(ジャンヌが自分の後妻にならないのは、
と、考える様になっていた。
グロウには、子供がいなかった。
ジャンヌを諦め、さっさと他の女を後妻に娶ってでもいれば子もできただろうに、今更、取り返しがつかない年月が流れてしまった。グロウは還暦に近く、ジャンヌも四十路になろうとしている。子供を儲けるには、今すぐにでもどうにかしなければならない所まで追い込まれていた。
グロウは、サーペントを事故として殺害する事を決めた。
(伊達に何十年も樵をやってるわけじゃない。思った場所に木を倒す事ぐらい屁でもない。
もう、いつ初雪が降ってもおかしくはないという季節だった。
グロウは、思い立ったが吉日とでも言わんばかりに、サーペントを誘った。
「サーペント。悪いが明日、儂と一緒に山に行ってくれないか?」
他の樵達は、もう山の森には行かない。
この地方の特徴で、雪がちらつきだしたと思ったら、それはすぐに吹雪へと変わるのだ。
それもグロウにとっては都合が良かった。誰もいかない山だから、目撃者もいない。自分の証言が全てなのだ。吹雪への不安が無いでもないが、樵小屋には、人一人が数ヶ月過ごせる程の保存食も薪もある。それに、どれほど吹雪が酷かろうと、長くて一週間も経てば止むだろう。
グロウからの誘いに、サーペントは怪訝な顔をした。
サーペントは、グロウに良い印象を持っていない。自分の母親に、あからさまに言い寄り、時には脅迫まがいに迫っていたのだから当然だ。そんな相手からの願いなど断れば良いのだが、彼は、村の実力者である。下手に邪険に断れば、後で、どんな難癖をつけられるのか解ったものでは無かった。
二人が山の中腹に着いたのは夕方だった。二人は、樵小屋のログハウスに入ると、暖炉の火をおこし、黒パンと干し肉、乾燥果物をワインで流し込むと、すぐに毛布に包って寝た。
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