第3話

グロウの事は、急に気温が下がった事による、病死という事で処理された。

彼の年齢からして、それは十分にありえる事だった。


サーペンスもまた、3日もの間、吹雪のせいで身動きがとれず、死体となったグロウと共に樵小屋に閉じ込められていたせいでトラウマとなり、樵を辞めた。今迄蓄積された疲れが、帰らないサーペンスへの心配で噴き出てしまい、すっかり弱ってしまったジャンヌの代わりに、畑仕事に精を出していた。


樵と畑仕事では、稼げる銭に雲泥の差があるものの、金銭的な面で困る事は無かった。


収穫祭も終わったある日、繁華街からの帰り道、冬支度の為の荷物を載せた荷車を、ロバに引かせてながら帰路についていた時に、鞄をたすけ掛けにし、キャスケット帽を被った、線の細い少年とサーペンスはすれ違った。乗り合い馬車から降りて、これから宿屋に向かっているのだろう。と、店の看板娘から貰った林檎をかじっていると、不意に突風が吹いて、通り過ぎていった青年の帽子が、ロバを追い越していった。


サーペンスは、小走りで帽子の元まで行くと、拾い上げ、土をはたき落とした後、後ろを向いた。


少年だと思っていた相手は、少女だった。

長いストレートヘアーが風に舞っていた。陽の光を浴びて、キラキラと銀色に光っている様に見えた。


サーペントは、一瞬、ギクリとして、その場に立ち尽くしたが、彼女の顔は、まだ幼さの残る、可愛らしい顔をしており、髪の色も、よく見れば、どこにでもよくある栗色で、瞳の色は、サファイアの如き青い瞳だった。

薔薇色に色づいた頬に桃色のふっくらとした唇から発せられた

「有難う」

という言葉は、鳥のさえずりの様に、高く、はつらつとしたものだった。


彼女の名前は、ネージュと言った。


話を聞けば、彼女の父は下級貴族だが、母親が、とある上級貴族の目にとまり誘拐されたのだが、父親は為す術もなく自分の治める領地に戻ったのだという。ネージュは、そのまま父親の元で育ったが、彼女の容貌が母親にそっくりであった為、疎んじられ、そして年頃になった頃、実の娘であるにも関わらず父親に襲われそうになり、家を出てきたのだという。

父親は、その上級貴族が誰なのかを教えてはくれなかったので、取り合えず王都に行ってみようと思ったのだという。


「え?でも、これから冬になるから、山を越えるのは無理だと思うよ」


サーペンスの指摘に、ネージュは、目に見えて狼狽していた。

ネージュは、もう僅かしかお金を持っていないようだ。彼女も、一足飛びに王都まで行けるとは思ってはいなかったようだが、ムーサッシの領都で働いて、お金を貯めてから王都を目指そうと思っていたらしい。しかし、例え安くとも、一冬をこの村の宿屋で過ごす程のお金は、もう残っていないらしい。


サーペンスは、この時には、すっかりネージュを好きになっていた。今迄、好きになられる事はあっても、自分から好きになった事など、あの忌まわしい記憶の底に追いやった女性しかいなかったので、彼女の顔をまともに見る事ができず、空を見つめながら、

「その、よかったら、僕の家で働かないかい?去年、僕が心配をかけてしまったせいで、母が体を弱くしてしまっているんだ」

と、自分の家で働くよう誘った。


ネージュは、小さく驚いた後、薔薇色の頬をさらにピンク色に染めて、


「いいの?」


と、聞いた。

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