第二話 偽りの好奇心-4
──気づくべきだった。いくら屋敷が広いとはいえ、連絡が一切ないのはおかしいと。
完全に通信が妨害されている。
そう気づいたのは会場を抜け出してすぐのことだった。声をかけても耳元の通信機はノイズを返すだけ。とはいえこの国の通信機は特殊であり、一般市民がおいそれと知ることのできない仕組みになっているらしい。そもそも私自身、この国に通信機があることをついこの前知ったのだから。
(何が原因なのかはわからないけど、とりあえず自力で合流するか調べるかしないと)
あらかじめ屋敷内の地図は把握している。会場外の状況を聞くならメイドたちに聞くべきだろう。確か、この曲がり角の先が厨房とロッカールームだったはず──
「ギギッ……」
(ッ!?)
角を飛び出す直前、うめき声のような音に気付き踏みとどまろうとする。しかし今は裸足。華麗にブレーキとは行かず、ドッ、ダッ、ダダンと盛大な足音は廊下に響いてしまった。
焦りながらも角から先を覗き見る。案の定、先ほど会場内に押し寄せてきた怪物と同種と思わしき存在がそこにいた。音に気が付いたのか辺りを見回している。
──そして、目が合った。
合ってしまった。怪物の咆哮。当然、こちらへと駆けてくる。
「ああもう!」
仕方なく目的は中断して反対方向へ一目散に駆けだす。幸か不幸か逃げる先に怪物の影はない。しかし、人影もなく助けを求められそうな状況でもなかった。
こちらの声に気づいてエルミカたちが来てくれれば良いのだが……。
「そこまで希望に縋るわけにもいかない──よね!」
周りに人がいないなら自分でなんとかするしかない。大丈夫、無人島に放り込まれて二週間生活したときよりは──いや、生命の危機としてはあまり変わっていない気がする。
まぁ、この際どちらでも良い。
この屋敷には甲冑マニアがいるのか主がそうなのかは知らないが、至る所に甲冑と、オプションのように剣や槍が添えられている。その中から適当な槍を選び、拝借することにする。
普通に戦うというのであれば断然剣なのだが、飛び込んで殴るなど以ての外。ましてや今の衣装では難易度が高すぎる。であれば間合いを取りながらけん制できる槍のほうがまだ良い。
なるべく広い場所のある方向へと走るが、すでに怪物がすぐ後方にまで迫ってきている。
────
「せいっ!」
『──ギakyuァ!?』
槍の尻を床へと突っ掛け、穂先を飛び掛かってきた怪物の喉元へと添える。相手が飛び込んできてくれるのだ。それだけで十分ダメージは与えられる。が、
「あっ」
下が砂利や草原ならまだしも屋敷内の床は綺麗に磨かれており、一部にマットが敷かれているだけ。一瞬突っ掛かりはしたが、すぐに外れてしまい、勢いが流れてしまう。当然のことだが、この槍は飾り物のため鈍らだ。結果としてのダメージは一瞬だけで留まり、鈍ら故に突き刺さるまではいかなかった。
この手は相手の勢いがなければ成立しないため、やるにはもう一度距離を置く必要がある。だが、この距離までこられてしまっては走って離すのも限界がある。
動くならひるんでいる今だけ──。
「せやぁっ!!」
体全身を使い、横から槍で殴りつける。
ここで狙うべきは頭。正確にはその中にある脳を揺らすことによって起きる脳震盪による気絶。体を一回転させ、捻りと遠心力を載せて再び左から右へと横顔に叩きつける。
強い手ごたえ。怪物の顔が強制的に横へと向けられる。私は振りぬいた槍を握り直し、右下からがら空きになった顎目掛け、全力で振り上げる──!!
ガッ──ゴォン!!
確かな手ごたえと、腕に来る強い反動。確実に入った。並みの人間ならこれで気絶し、倒れる。あとはここから離脱し、脱出するか合流すれば良い。
そう思った。思ってしまった。
「ガッ──!?」
一瞬の隙だった。油断したその一瞬で、私の見る世界はぐるぐると回り、気づいた時には壁に叩きつけられていた。
怪物によって殴り飛ばされたと認識するのに数秒。そして、認識したと同時に鈍重な痛みが体を支配する。骨が何本か折れているかもしれない。
だが、今重要なのはそこではない。単純に叩きつけられた衝撃で動けない現状が大変まずい。
怪物がこちらを見る。そして一歩を踏み出して──
──コツン
隣から、新しい靴の音が響いた。
Zwilling(ツヴァイリング) 翡翠 蒼輝 @croix0320
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