第二話 偽りの好奇心-3


 少しのどが渇いたので飲み物を探す。酒以外にも用意されているのでとてもありがたいのだが──。


(あれ?)


 ふと周りを見渡すが、先ほどよりも会場内のメイドの姿が少ないように思える。

裏で何かしているのだろうか? いや、それにしても来客をおろそかにするようなことはないだろう。しかし、会場内に残っているメイドはぱっと見でも二、三人程度。とても二十名近い来客をもてなすには人数が少なすぎるように思える。


(なにかのイベントの時間なのか? それとも────)



 ガンッ!!



「!?」


 突如会場内に何かを強く叩きつけたような音が響く。直後、爆音が響き、扉の一つが吹き飛ばされ、テーブルを複数なぎ倒した。そして、その扉のあった場所には──


「──何、あれ」


 人のようにも見える。だが、人というにはあまりにも醜く、肌も焼けただれている。極め付きはその背中。人には存在しない部位であるが生えていた。しかし、その羽もぼろぼろと崩れており美しさはなく、ただ醜さと歪さを強調するものと化してしまっている。


 会場は一瞬の静寂の後、至る所から悲鳴が上がり、パニック状態へと陥った。会場に残されていたメイドたちだけでは当然御しきれるものでもなく、そもそもメイドたちもパニック状態に陥ってしまっている。


 さらに最悪なことに、その怪物は一体だけではなかった。二体目、三体目、とぞろぞろと会場内に入り込んでくる。そして、手近な場所にいた貴族たちに襲い掛かり始めたのだ。


「さすがに聞いてないわよ、こんなこと……」


 会場内は大パニック。出口へと人が殺到し、逆に人が詰まって抜け出せない悪循環が繰り広げられている。そして、後方では動けない者たちが次々に襲撃を受けている。


(迎撃するにも武器もないし、この服装じゃ走るのも面倒。どっちにしろ離脱もできないし情報も不明。どうする? エルミカたちはたぶん気づいてる。けど、状況まではわからないはず)


 しかし、ここで通信しては万が一見つかった時に怪しまれることは確実。小声で伝えてはこの喧騒の中では明確に伝わるかも怪しい。



 ドンッ!



 再びの爆音。しかし、先ほどまでとは明らかに違う音に再び一瞬の静寂が生まれる。


「ぁ……がァ……」


 ずしゃり、と貴族を襲っていた怪物の一人が倒れ伏す。その怪物は眉間を抉られ、頭部の四分の一がはじけ飛んでいた。

 そして、爆音の主。私は隣へと視線を動かす。そこには武骨な大型拳銃を握ったエルコーが立っていた。

 その銃口からは硝煙が立ち上り、たった今発砲したことを明確に示している。


 しかし静寂もつかの間。いち早く硬直から立ち直った怪物たちが再び動き始め、パニックは加速していく。


「まったく、面倒ですね……ッ!!」


 エルコーはパニックになる貴族たちに目もくれず、爆音を響かせ続ける。

 自体は明らかにイレギュラー。要するに緊急事態である。であれば早めにエルミカたちと連絡を取り、合流したいところではある。


(そのためにはまず離脱しないと──)


 しかし、離脱するにも片壁の扉からは怪物が不定期に侵入してきている。そして反対の壁の扉には未だパニックを起こした貴族たちがどけやどけやの大混雑。とてもじゃないが、通り抜けられるような状況ではない。


「ん?」


 ふとあるものに目が留まる。それは、前方にあったステージだ。そこへ何人かの貴族とメイドたちが集まり、幕の裏へと捌けていた。

 そこではたと思いつく。通常、ステージ裏にも出入り口があり、そこからも外へ出られる可能性がある、と。おそらくそのことに気づいた一部の人間が、混雑を避けるようにひっそりと移動していたのだろう。


 であれば、そこまで移動できれば私も外へ出ることができるはず。

 私はエルコーが交戦している隙をついてその場を離れステージへ向かう。怪物たちもエルコーに気を取られているため、容易にステージまでたどり着くことができた。裏を除くと、案の定小さめの扉がひっそりと佇んでいた。


(ここからなら廊下には出れるはず。そこでエルミカたちと合流しよう)


 私は歩きにくいヒールを脱ぎ、裸足になる。砂利が敷かれてるわけでもないため、建物内ではこの方が走りやすい。どちらにせよロングスカートのドレスを着ているため、普段よりも動きにくいことに変わりはないのだから。


「…………」


 脱ぎ捨てた靴を見る。パーティ用のものであり、今日のために用意してもらったものだ。

決して派手ではなく、それでいて落ち着いたかわいらしさを持つ良いデザインの靴だ。たぶん、高い。


「……完全に貧乏性ね」


 結局「捨てるにはもったいない」の気持ちが勝ってしまい、丁度すぐそこに置かれていた小さめのショルダーバッグに靴をつめる。緊急時にそんな悠長なことをしている暇はないのだが、気になるのだからしょうがない。

 ドレスの腰の部分も少しだけ捲り、少しでも動きやすさを確保。


「よし」


 準備を終えた私は、通信機に手を伸ばしつつステージ裏の扉を開いた。


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