第1部 少女の話―1話

 

 そこそこな人通りの町中に佇む少女。彼女から10歩程離れたところから男が声をかける。


 「氷雨ちゃんー!どしたのー」

 「あっご、ごめんなさい、思ってた以上に人が多くてびっくりしてました」


 慌てて駆け寄り、歩行を再開した男についていく少女。

 男は西洋風のワイシャツに黒いパンツ、手には黒の皮手袋、そして対照的な赤紫の羽織には袖を通さず肩にかけるというアンバランスな格好をしている。

 比べて氷雨は、巫女服の袴をミニスカートにしたデザインで、「和」を意識したかのようなビルが並ぶ町には馴染んでいる。しかし氷雨にとっては異世界そのものだった。


 「氷雨ちゃんとこはあれだよね、結構西洋の雰囲気だもんねー。俺もそっち1回行ったことあるけど全然違うよね」

 「…そうですね、車も多いですし…。初めて中央地区来たのでつい」

 「浮国宮から電車繋ごうって提案出たときはいろいろあったからねぇ…。中央地区は結構自意識高いからさ、文化をそのままにしたいって人が多いの。でも皆使ってみると電車も便利だねぇって」

 「そうですね」


 緊張しているのか氷雨の歩幅は狭い。氷雨の水色の瞳も町を向いている。男は同情し、あえて氷雨を見ないように会話をしていた。


 「さてそろそろ俺らの事務所が…ほら!あれ。あのビル」


 男は1階部分がコンビニになっているビルを指差す。周りと同化していてあまり変わった特徴は無い。


 「…もっとわかりやすい建物なのかと思ってました。一応政府関係だから…」

 「そうなんだけどね、空間術が奇特なモンとして扱われてるから、居場所くらいは見繕わないとやってけないんだよな」

 「浮国宮うちとは全然ちがうんですね」

 「そうだねぇ、まぁこうやって中央地区が発展してきたのもここ10年とかだから、ちょいと前まではもっと和だったなー。あ、コンビニで買ってくもんとかある?」


 氷雨は大丈夫です、とだけ答えると、男はそっか、と言ってコンビニ横の自動ドアからビルに入った。


 入ってすぐのエレベーターから3階へ行くと、男と同じ羽織を身に着けた女性が待っていた。


 「誠也さん!!!私の話聞いてました!?」


 目が合うなり長いポニーテールを揺らしながら男に向かって女性は怒り出した。


 「聞いてたって、アテがあるって言ったじゃん、大丈夫だってば、てか氷雨ちゃん居るんだからいきなりそういうの良くない」


 目を合わせないまま男は早口で言葉を返す。

 あっ…と女性は小さく声をもらし、コホン、とひとつ咳払いをした。


 「…ごめんなさいね、私は暁。全体の取りまとめを担っている副部長。よろしくね」

 「あ…はい、陸宮氷雨です。ご厄介になります」


 暁から差し出された右手を、氷雨は一瞬躊躇ってから手を握った。


 「…で、誠也さん、どうするんですか」


 暁は誠也の方を向き、少し冷たく言う。


 「そろそろアテがくるから…、と」


 またも暁に目を合わせず返すと、乗ってきたエレベーターの隣のエレベーターの音が鳴る。


 「もしかしてそれって…」


 言葉と同時にエレベーターのドアが開き、栗色の髪の少年が現れた。



 「いやいやいや俺聞いてないんだけどそういうの早く言ってくんないいや早く言われたところでなんともできないけど順番がおかしいじゃんなにそれどうなってんの」


 応接間のような部屋で少年、めいは声を上げる。

 暁は氷雨に施設内をする、と言って部屋に居るのは鳴と誠也の二人である。


 「頼むよーウチじゃ正直場所の空きが無いし物騒だからあんな良いとこのお嬢様引き取るには場が悪いんだって」

 「どう考えてもお嬢様を俺に預けようって考えのがおかしいだろ!」

 「上からの指示で断れなかったの!俺だって無理って言ったもん!お前なら何もないよねっていう俺の信頼じゃん!受け取ってよ!」

 「そうですかありがとうございます!でもそういう問題じゃないよね!」


 陸宮氷雨は浮国宮のお嬢様である。とは言っても、家からは勘当された身。なぜなら空間術が使えないまま18を迎えたから。

 陸宮、もとい六宮は浮国宮のトップ。浮国宮では空間術の能力値で政権が決まる。氷雨の姉が天才とされ、今の浮国宮を担っている。そんな中空間術も扱えない氷雨は邪魔とされ、放置とまではいかずとも中央地区の空間術対応部に追いやられてしまった。


 「鳴一人暮らしじゃん、事務所生活の俺らじゃ面倒見れないの、こっちで隣の部屋も借りるからさぁーサポートしたげてよー」

 「お前もどっか部屋借りて行けばいいだろ!?」

 「いやここに俺不在は緊急時対応できないから駄目です」

 「暁がいるじゃん!」

 「暁だけで手に負えるメンバーじゃないんです!うちは!人格的に!」

 「そっちかよ!!!」


 言うだけ言ってふたりとも黙り込む。しばらくの沈黙の後口を開いたのは鳴だった。

 

 「俺にはそんな人のこと預かれるような資格とか権利は無いの、だから無理」

 「…………」


 「だから言ったじゃないですか…」


 微妙な空気の中に氷雨を連れた暁が入ってきた。少し話を聞いた氷雨は俯いている。


 「ごめんなさい、私なんかが居るから…、家を追い出された人間なんて、迷惑ですよね、こんなろくでも無い人なんて…」


 鳴は氷雨を見て、言った。


 「…よくある話だろ」

 「……よく、ある話…」

 「俺だって、誠也だって暁だって、ここにいるヤツは皆何かしら抱えてんだよ。お互い迷惑かけて、かけられて、そうやって生きてる。俺が人について語るのもおかしな話だけど」


 笑顔で一つ手を叩き、誠也は立ち上がった。


 「…よっし!鳴くん氷雨ちゃんのことよろしくね!」


 「……………わぁーったよ………」

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もう一つの記録 恠星夜空 @ayahoshi_yozora

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