惑星レゾンデートル

依澄 伊織

第1話青春の終わり

教室の扉を引き廊下に出る。

いつもは騒がしい廊下も今は無人、というよりかは校舎の中が無人だ。

廊下の窓越しにグラウンドを見れば、そこには沢山の卒業生が卒業証書を片手にブレザーの前ポケットには花を添えて、さまざまな表情を浮かべてみな写真を撮っていた。

僕はそれを尻目に階段を降り下駄箱に向かう。


「はあ〜」


ついため息が漏れる。

ため息をすると幸せが逃げるというが、今日ぐらいはいいだろう。今自分は幸せの最底辺にいるこれ以上の不幸はないだろう。

下駄箱で上履きから靴に履き替えるとビニール袋を学生鞄から取り出して上履きを入れ、また学生鞄に仕舞う。

重い足取りで昇降口を抜け校門に向かう。その為には途中グラウンドの側を通り抜ける必要があり、それがすこぶる憂鬱だ。


「三年間ありがとうございました」「あ〜あ、寂しくなるなぁ」「絶対同窓会しようね!」「今日の夜6時焼き肉屋忘れんなよ」「俺いまからあの子に告ってくる」「ね〜〜ねぇ、みんなで写真撮ろ」


卒業を嬉しがる人もいれば別れを悲しんでいる人もいる。

しかし、皆に共通しているのは、幸せだとやり遂げたという気持ち。それを声や言葉の端々に感じ、聞くたびに劣等感や自己嫌悪、後悔の念に遣る瀬無い気持ちが僕の心に根をはる。

下を俯きながら歩いていた僕はふと顔をあげグラウンドを見ると一際人が集まっている場所、その中心にいる金髪の小柄な可愛い少女が目に入る。


【  】


一言で言えば僕の幼馴染。

小五までは僕の隣の家に住んでいて、毎日のように遊んでいたが、ある日他県に引っ越してしまいそれ以来、電話での会話すらしていない。

もう会うこともないだろうと思っていたが、この学校の入学式で見かけた時はかなりビックリしたが、それよりも可愛さに驚いた。

まあ、成長したのは可愛さだけでなくコミュニケーショ能力なんかも爆上がりしていて、スクールカーストのトップにいて、この三年間声はかけなかったし、かけられなかった。

成長した僕の容姿に気づいてないか忘れたか、どっちでもいいか。


「早く出よう」


そう呟いて、学校を後にする。



#########


「はあ、はあ、はあ、キツい」


学校を出た僕は三十分ほど山を登ると開けた場所に出る。

そこには大きな大きな木と古く寂れた建物がある。

旧校舎跡。

この山は学校の裏にあり、何十年か前まではこのボロいのが校舎だったのだ。


「そんなことはどうでもよくて」


僕は旧校舎の側に野ざらしにされているロッカーの109を開け、中に入っているジョーロを取る。そして、その中に水筒の水を入れると大木の根元にある花に水やりをする。

これを僕は高一から欠かさず毎日やっていた。

高一のある日無意識のうちに、ここにやって来て水やりをしていたことがあって以来、何故かこれをしなくてはと思い続けていた。


「今日も今日とて」


同じことをする。

惰性で水やりをしているとーー


「なっ、なんだ!?」


目の前の大木が急に光り出す。

強烈な光を放つ大木は教科書で見るような超新星爆発のようであった。

ただ、目を瞑るだけでも瞼を貫通する光。

腕で目を隠した。

それから数秒、恐る恐る目を開けると大木の幹から一人の着物を着た少女が頭、胴体、脚と徐々に出てきて、僕の前に降り立った。


「えっ、ええっ…」


大木の幹から出てきた少女は、とてつもなく美しかった。

端正に整った顔に腰まで伸びる艶やかな黒髪、切れ長な目は見る人に威圧感を与えていた。

胸は大きく手足はすらっと細く長い。

綺麗といった言葉が無茶苦茶似合う彼女の完璧なまでの容姿から醸し出される雰囲気は冷気と言った感じだ。

特筆すべきはその彼女の美貌だけではない、彼女の身体は透けており、宙に浮いているのだ。

これはもしかや幽霊か?

幽霊との邂逅か?

そんなことを疑問に思っているとーー


「そこの貴方、名前は何ていうの?」


少女は僕に声をかけてきた。


「しっ、獅子原悠太です」

「ふぅん、珍しい名字ね」

「あっ、あの、君は何て名前ですか?」

「私か?私は『星の使者』よ」


僕の目を捉えて自信満々に告げた。


「『星の使者』?」


意味がわからず聞き返す。


「そう!『星の使者』よ!」


大きな胸を張って言う。

全く意味わからん。

中二病の幽霊なんて地獄すぎる。

というか、絶対めんどくさそうだ。

なんか怒る前に気分良さそうにしてる今のうちに一刻も早くここから逃げよう!


「そうなんだ。じゃ、僕はこれから友達と焼き肉屋行くから、じゃあね」


途中、友達と焼き肉屋に行くなんて嘘を吐きながらも、早口で言うとくるりと星の使者さんに背を向けるが。


「貴方、ちょっと待てほしいのだけど」


ガシッと肩を掴まれ一歩も動かけない。

正確には脚は動かせるのだが、彼女に掴まれている肩の部分がその空間に固定されてしまったかのように微動だにしない。

彼女のこんな細腕のどこにそんな力があるのか疑問だ。

というかーー


「イッテテテテテ!イタイタイタイタイタイタイ!?」

「ちょっと待ってほしいのだけど」


後ろを振り向くと真顔でガン見しながら、とんでもない圧を放っていた。

どうやら、彼女の言うことを聞かないという選択肢はないようだ。

それに僕の肩がそろそろ限界だ、粉砕してしまう。


「はあ.........で、何か僕に用?」


彼女は佇まいを正すと真剣な表情になった。

その変化に僕は何か重要なことを告げられる様なそんなこの場の空気に、緊張する。


「貴方にはこれから私の協力をして欲しいの」


しかし、彼女の口から出た言葉は拍子抜けすることだった。

協力と言っても何をするのか。

幽霊からのお願いってなんだ?

幽霊だから成仏する為の未練の解消だったりするのだろうか?

全く想像つかない。

チラッと彼女を盗み見ると不安そうな顔をしていた。

それを見て僕はーー


「いいよ。協力してあげる」


そんな言葉が口をついて出た。

すると、彼女はほっと安堵するよな表情を一瞬浮かべたが、すぐに真顔に戻る。


「人間が私に協力することは当たり前よ」

「ハイハイ、それで俺は何をすればいいのかな?」

「なんてことないわ、ただ両手で握手をして、私がこれから言う事を復唱して」

「わかったよ」


そう言って彼女が差し出してきた右手を握り左手は甲の部分に添える。彼女も同じように左手を僕の右手の甲に添える。


「我らを見守りし星と太陽と月に誓いを立てる。

 我らを育し大地と海に決意を表明する。

 私星の使者の名と魂、存在に懸けて不義を確約する。

 故に私は獅子原悠太の存在を求める」


彼女は言い終わると僕達の足元に魔法陣のようなものが青く発光しながら浮かび上がる。

足元を巡る魔法陣を見て彼女はただ厨二病を拗らせた幽霊ではなく本当に魔法のような力を持つ存在なんだと認識を改める。


「さあ、貴方も」

「えっ、あっ、ああ」


急に漫画のような世界のようなことが起こりだし、内心戸惑いまくりだが今から、やっぱり止めるなんてことは出来るはずもなく。


「我らを見守りし星と太陽と月に誓いを立てる。

 我らを育し大地と海に決意を表明する。

 僕、獅子原悠太の名と魂、存在に懸けて不義を確約する。

 故に私は星の使者の存在を求める」


中二病くささに恥ずかしながらも言い切った僕は視線を足元に向ける。

魔法陣からの光は先ほどよりも強くなり、僕達を包み込む。

その光も数秒すると魔法陣と共に消えていった。


「どうやら、契約は成功しました」


安堵と嬉しさを滲ませて彼女は言った。

契約という不穏の言葉にピクっと反応したが、時すでに遅し、どうなるかは分からないが、この子の人間性を信じるしかないと割り切る。


「そうか、それはよかった」


僕も微笑みながら言う。

しかし、彼女はなぜか顔を曇らせながら俯く。


「ありがとうございます。そして、ごめんなさい。これから貴方には地球を救うために死んで欲しいの」


彼女の切長な目は僕をしっかりと見据えている。

その理解不能な言葉に脳は一瞬思考停止するもすぐに動き出す。


「どっ、どういうことかな?」


少しでも理解できるような材料を得るために無意識にそんな言葉を言っていた。


「それは今から説明します」


僕の膝は小刻みに震えている。

『死ぬ』。

友人との会話や日常生活中で使われる、ある意味親しんだ言葉だが今この状況においてはとんでもない現実感をはらんでいる。

ゴホン、ひとつ咳払いすると彼女は口を開く。


「七日後にこの地球は滅ぶわ」


いま僕の脳は再度思考停止に陥る。

意味がわからない。

地球が滅びる。

彼女以外が言えば、そんなアホらしいこと言うなと思っていたがさっきの『契約』を見せられては信じざるおえない。

彼女は更に続ける。


「それは残念ながら、もう確定してしまっているの。例えば、七日後に隕石が墜落して地球が滅ぶとする。人類はなんとかしてこれを食い止めるけど、同日に世界各地で異常気象が起きて滅びる。こんなふうに経過はどうであれ、最終的に地球が滅亡することは変わらない。この地球滅亡を阻止するために地球ほしが私『星の使者』を喚んだ。何か質問ある?」


質問でもなんでもないが一つ思ったことを聞いた。


「阻止するって言ったって、具体的には何をするんだ?」


「いまの私は地球滅亡を阻止するにあたって物理法則を超えた科学では決して説明つかないような奇跡を行使することができるの。

それで私は地球滅亡の原因が存在する三年前に時を戻して、この原因を排除しようと思っているわ。でも、いまの私には時を戻るという奇跡を起こせない」


彼女は力強く頷いて答えるも後半につれて顔は俯き言葉も弱くなっていき口を閉ざしてしまう。

時を戻すとか言っていたが、もう驚かなくなってきた自分に驚いた。


「時を戻すから、どう僕が死ぬことに繋がるんだ?」


尋ねられた彼女は顔をあげ引き締める。


「時を戻すという奇跡を起こすにあたって存在力というものを消費するんだけど、今の私の存在力ではまだ足りなくて、ちょうどひと一人分必要なの、この存在力がなくなってしまうと例え身体の状態に関わらず死んでしまうわ」

「そういうことか」


これから地球は滅亡する。

これは確定した未来。

それを打破するために地球は星の使者を喚んだ。

星の使者は地球滅亡の原因がある三年前に時を戻ることで地球滅亡を回避しようとしている。

しかし、時を戻るにはあと少し力が足りず丁度近くにいた僕の命をかければ時間遡行が可能になるということだ。

こんなこと拒否る一択だ。

僕はまだ死にたくない。そんなの僕じゃなくてもいいじゃないか。他のやつがやってくれる。そうだ。老い先短いジジイかババアにすればいい。そうだよ、そうすればいいじゃん。だって僕は未来ある若者なんだから。卒業式でも顔も知らないようなジジイが言ってたじゃないか。まだまだこれからも先生きていくんだから。

あっ、そっか、あと七日でみんな死んじゃうのか。

この七日間、いろんな人が揉めに揉めて争いとかが起こるんだろうか。

それを見るのは絶対嫌だなぁ。

一度それを想像すると、もう止まらない。


「アアアアア!!もう最悪だ!!クソクソクソクソ!!!」


少女はビクッと驚いた。

それに少しスカッとしたりするが、冷静に考えれば彼女はただ地球を救うために僕に死ねと言っているのだ。

地球なんて大きすぎるものを救うのだ。なんの犠牲もないわけがない、たまたまその犠牲になったのが僕だと思い、いつも通り行き過ぎた感情を抑圧する。


「死んでやるよ」

「えっ?」


どうやら声が小さかったらしい、今度はもう少し大きな声で言う。


「死んでやるよ!」

「ほ、本当にいいのですか?」

「ああ」


とても呆けた顔をする彼女、すぐに元の顔に戻りーー


「貴方の犠牲に感謝します」


そう言ってニコッと笑った彼女の顔は満開の桜の花びらのようで綺麗だった。

これを見れただけで良かったかななんて思ったりもする。


「それで?時を戻すってどうやるのかな?」

「大丈夫よ。貴方は特にすることはないわ。ただ私のそばにいて」


そう言って彼女は手近にある草を取ってきて、その草で自分の指を切る。

数滴彼女の血が地面に垂れるとその血から魔法陣が姿を現した。


「地球自由権にアクセス。獅子原悠太の存在力を連結。星の使者:宝月をキーに

時間遡行の軌跡を発動。」


『契約』の時とは比べものにならないほどの光が発生する。

一瞬沢山の星が煌き消えていくのを捉えて、僕の意識は消失した。


こうして僕は世界の犠牲になって青春を終えた。




 


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