最終話 祝福の日


 夜が更ける。雪は厚く降り積もっていく。彼女によると、新しい命はもうまもなく、今日か明日にでも産まれる予定なのだという。

 施設のラウンジでお茶をしながら――残念ながら彼女はお茶を飲むことは出来ないので「ふり」だけにとどまったが、私は彼女と共に、その子が産まれる時を待った。


「あの子に兄弟はできますか」

 雑談の合間に訊ねると、彼女は首をかしげた。「分かりません。遺伝物質の受けた損傷のためか、あるいは別の理由があるのか……ここで子を成すのはとても難しい。あの子がここまで育つことができたのも、奇跡のようなものですから」

 そうですか、と相づちを打つ。兄弟ができるといい。私や彼女がいるとはいえ、ひとりではあまりに寂しいだろう。

「でも、一度奇跡が起こったのですから、二度目もきっと起こるはずです。三度目も、四度目も……きっと何度でも、奇跡は起こります」

 そう言い切る彼女の横顔は美しかった。無骨な金属がむき出しの身体。それでも確かに美しい――母の顔をしていた。



 何時間か待って、まだ日が昇りきらない明け方のころ。真っ白な施設の中に、赤ん坊の泣き声が響いた。

 窓の外は薄明に包まれている。いつのまにか雪はやんでおり、空には無数の星々がまたたいている。彼女は金属の腕に、赤ん坊に差し支えないように何重にも柔らかな布を巻いて、優しく彼を抱きかかえていた。

「ああ、人間……人間です。どれほど待ち望んだか……私の赤ちゃん……」

 機械の母の胸で、赤ん坊は力いっぱい泣いていた。顔を真っ赤にして全身全霊で、「私はここに産まれたぞ」と主張していた。



「この子の名前を決めなければいけませんね」

 しわくちゃの赤ん坊に人工母乳を与えながら、彼女が言った。確かに名付けは重要だ。私にもその手伝いが出来ればいいが。と考えて、彼女の名前を聞いていないことに今さらながら気が付いた。いつまでも彼女と呼ぶのは不便だし、不躾だろう。そう思って名前を訊ねると、彼女は困ったように目元のランプをちかちかさせた。

「私はロボットですから。個体を特定する名前は製造ナンバー以外にはありません。製造ナンバーはとても長いですし」

 試しに教えてもらったが、二十以上の数字の羅列からなるそれは確かにとても覚えづらいし呼びづらい。困っている私に、彼女は「私と同じ型のロボットを総称するカタログ名ならありますが」と提案する。


「管理タイプB・型番ナナマルヨン・生体管理および保育を目的とした機能性人型ロボット。通称、保育ロボット『マリア』。それが私のカタログ名です」

「マリア……」

 私が呼ぶと、彼女は「はい」と律儀に返事をした。名付けは、彼女に任せてしまって構わないだろう。きっとどんな名前がつけられようとも、それが赤ん坊にとって最もふさわしい名前になるはずだ。


 私は乳を吸う彼の産着に触れ、あらん限りの祝福を彼に与える。彼の人生は困難なものになるだろう。それでもそれを帳消しにできるほどの、課された困難以上の幸福がありますように。

 祈りをこめたその祝福こそが、地上で唯一の生きた人間に、私がプレゼントする最初の贈り物だ。

 母親からは良き名前を。サンタクロースからは誕生の祝福を。

 ああ、なんと良いクリスマスだろう。プレゼントを渡すべき存在に、また会いたい。私の願いはついに成就されたのだ。


 時がたって彼に兄弟ができれば、もっとにぎやかになるに違いない。以前のように、目が回るほど忙しくなるともっといい。子供たちの笑い声が響く。それがクリスマスにふさわしいのだから。



 荒野あらのの果て、金属のマリアのもとに、ひとつの命が産まれた。十二月二十五日のことである。

 まだ目も開かぬ男児は、母の硬い腕の中でそっと身じろぎをした。



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荒野の果てに君産まれ来む 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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