第14話 ささくれ

 今朝、洗面台で顔を洗っていると、左手の人差し指にささくれが出来ているのを見つけた。近くに爪切りもはさみもなかったので、右手の指先でそれをひっぱったら、指の皮がめくれて少し血が出たからといって、私はとくに慌てる様子もなく絆創膏を手早く巻き、彼と待ち合わせをしている場所へむかった。

 外へでると、初夏というには早いようなカンカン照りの太陽が頭上にあり、瞬時に腕や首元が汗ばむのを感じた。実のところをいうと、今日は彼と会いたくなかった。それは、きっと別れ話になる予感がしているから。幾度となく恋愛を重ねると、別れのときというのがなんとなく分かるようになってしまったような気がする。

 -帽子をかぶってくればよかった。カンカン照りの太陽のした、そんなことを考える自分に苦笑いのような何とも言えない笑みがこぼれる。別れ話なんて聞きたくもないし、自分は別れたいのかと訊かれたらそうではない。だからと言って泣いたり、理由を問いただしたりするつもりもない。だからこの恋愛は今日で終わるのだろう。


 待ち合わせの時間の5分前には着いたけれど、カフェのなかにはもう彼がいた。-早かったのね。そう言うと、彼は私を少し見てそそくさとコーヒーを口にした。自分のアイスコーヒーを頼んだところで、空気の流れが向かい風に感じたのがわかった。

「もう未菜のこと恋人として見れない自分がいるんだ」

 彼のきちんと自分の意見が言えるところがすきだったけれど、こうもストレートに言われてしまうと笑いそうになったので必死に笑いを我慢していると

「いいのよ。別れましょう」

「本当に勝手でごめん」


 そう言い終えて少し間が空いて、頼んだアイスコーヒーが運ばれてきたけれど、こ

の空気のなかで飲む気になんてなれないし、せめて飲んでいる途中で話を切り出せない気づかいのない男だと思うと、彼がちいさな存在にかんじた。

「私はこれ飲んだら帰るわ」

 1000円をテーブルに置いて彼がカフェのドアを開けたときのうしろ姿を見た瞬間、無性にせつなくなって鼻先がツンとするほどに涙がこみあげてきそうになった。

 今朝、人差し指に出来たささくれをひっぱりあげたとき、血が出てくるような嫌な予感はしたのだけど、最後までひっぱらずにはいられなかった。このときの悔やんだ感情は今の感情にどことなく似ている気がした。




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【恋の掌編集】小さじ1杯の魔法 高月うみ @asahi2342

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