第四章 光の西の丘-1-

竪琴の音が微かに響いた。




やわらかなその優しき音色は闇に溶け、静かに滲みる暁光を誘う。


光は樹々の梢に弾け、葉ずれの音をさやかに奏でつ、<<サーシ・レ・エレク”聖なる都”>>の夜明けを知らせた。



エルダーは窓辺に身をゆだね、その自然の造形を飽かず見つめていた。





-------ポーン・・・・・・・・



先ほどよりの音色はオレアーナ・ルメアの白くしなやかな中の指に弾かれ終わった。



”一の時(午前六時頃)だ”


エルダーは微笑み、いった。




「オレアーナ、少し”西の丘”へ行くわ」


「マドバーに会いにいくのね」



オレアーナの視線はエルダーの姿を追った。彼女の視界の常に中心に位置する、その不可思議で愛らしい存在を。


(かすかな嘆息とともに)



彼女はオレアーナの部屋の石造りの窓を勢いよく越えると、綾布をなびかせて樹々の間を通り抜けていった。





*****************



緑溢れる道を行くエルダーの目に見慣れぬ男の姿が映った。


”誰だろう?”



彼は明らかにレ・エレクの人間とは異なって見えた。




長い長い黒髪を額のリングで収束し、その目に殺気めいたものを光らせている。彼の腰帯には剣が、それも帝国のみごとな銀細工剣が携わっていた。




”<<エルグ・デューラー”戦士”>>か? 帝国の者が何の導きも得ずなぜここに?”



今はもうすれ違う程の近くに来てエルダーは少し笑うと、表情のない彼の心を探った。




穏やかな周囲の田園風景が彼女の心象から去っていきなり、とてつもなく広大な金砂銀砂の星々が広がった。周囲には春を思わせる風が、微かにそよぎ、彼の長い黒髪をたなびかせていた。



間近に見る彼の姿は、血なまぐさいエルグ・デューラーのイメージとはかけ離れた美しさと端正さを備えている。



そんな彼の外観さえも、エルダーの関心を引くものではなかった。




”彼の心--------宇宙だ!”



何の私意も持たぬその心にエルダーは惹かれた。





いつの間にか彼が去り、今彼女が出たばかりの部屋に彼が消えても、まだ青々とした木々の緑に囲まれて立ち尽くすほどに。




かの戦士リジェールはみずからの心を探られるのを、こそばゆく感じつつも、黙って去っていった。


行きすぎる後につぶやいた言葉



「-------エルダーか-----」


を、唯一残して。

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サーシ・レ・エレク【聖なる都】物語 ゆり呼 @mizunoart_yuriko

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