第三章-2-
*卒業
「エルダー、エルダー・ドゥーグ。”時の旅”はどうだった?」
彼女はマドバー。
「表層を少し…それと過去の一点。たった半時間でなぜやれると思うのかな、大体、余計な話が多いのよ、あの<<セイナー”教授”>>、時間が足りないのに」
私の友人。結い上げたブロンドに、深いエメラルドグリーンの瞳が美しい。
<<レルヘニト”帝国”>>式に鍛え上げられたしなやかな筋肉と、伸びやかな手足。私の自慢の友人。
「知らないけど…ねえ、どんな感じ? 私にもやれそう?」
「わかんない、意識を探るって感じかな、なんで<<ファルト”精神”>>方面うけなかったの? 本当に」
彼女は方をすくめた。そうだろう、彼女ほど優秀な戦士は他にはいない。
<<ネーラ・ファルト”八つの精神”>>方面のどれをとっても、どれも首席でとおっただろうに。
しかし彼女は<<デューム”身体”>>方面、つまり<<エルグ・デューラー”戦士”>>への道が敷かれていたのだ、生まれてから、ずっと。
同じく私に<<ヒ・ル・ファルト”第一精神”>>への道が決まっていたように。
言ってもムダな事は二人とも痛いほど分かっている。
この学校を半月後に去る時、それは永遠の別れなのだ。
彼女は帝国レルヘニトの戦士として、わたしはここサーシ・レ・エレクの住民としての勤めを果たさなければならない。
生涯の敵として相対するのだ。
お互いの顔をしばし見つめあった。半月…約二週間。なんと短く、なんと長い期間だろう。
今は遠い世の先に思えるが、明日になればもう一日減っているのだ。
「ね、どうしたの?」
彼女の手が私の肩に掛かった。その手は優しく私に触れ、なにか甘美な心地に私を誘う。私は生返事を返したあと、ゆっくりと口を開いた。
「遠いね…」
「何が、なの」
「もうずっとマドバーに会えないんだね」
納得したかのようにうなずいた彼女は、笑いながらこうも言った。
「解らないわよ。私たちがレ・エレクを攻めに行って…そう、エルダー、あなたに切りかかるかも知れない」
「マドバー、笑い事じゃない。どうして帝国は進むの、なぜ攻めなくちゃいけないの。…なぜ人を殺さなきゃならない…」なんか哀しくなってきた。
帝国での戦士の地位は非常に高い。ヒ。ト。ゴ。ロ。シが。…それだけではないのだろうけど。レ・エレクの<<ファルタート”訓練学校”>>で学ぶからなのか。私の知ったことではない。
「ね、エルダーちゃん。それでも私に逢いたいって、思ってくれる?」
「ちゃんはやめてって言ったよ。たった五つ年上なだけじゃない」
「わかったわ、ね、どう?」
[…うん。でも<<エルグ・デューラー”戦士”>>のマドバーなんか、見たくない。マドバーは人、殺すのこわくない?」
「今はね、今は怖い。でも私は根っからのデューラーなの。<<エルグ・デューラー”戦士”>>は素晴らしい<<ヴェーダ”仕事”>>だし。剣を使うって事、わかんないよね、勝った時の感激だって。エルダーは知らないから」
「わかんない」
私だってサーシ・レ・エレクで生まれて育って…<<エルグ・デューラー”戦士”>>が大嫌いだった。
私の生を司るのはルードのはずだし、剣やデューラーに落とされるためのものなんかじゃない。
「ふて」ちゃうんだから。
<<エルグ・デューラー”戦士”>>って残酷なんだ。なんでマドバー・ヴァーターが、よりによってマドバーがレルヘニトに生まれたのかなあ。せめてエル・セウスやリゲル界に住んでいたら…。
「私ってガキなんだなあ。解ってるんだ。みんな同じ考えでいて欲しいって思っちゃうの。みんな違う人間なのにね」
悟っちゃってるなあ。マドバーがいなきゃ、こんなこと話す事なかったろうに。
マドバーは静かに笑った。
(話す相手がいるって、嬉しいことなんだ)。
私はマドバーを友人だと思うし、親友だと思ってる。だから私のこと知ってもらいたいし、マドバーのこと沢山知りたい。
でも五年間同じ部屋で過ごしたけど、あまり解らなかった。
彼女は本当、変化自在で、あったかい時も冷たい時も(なんか変温動物みたいだ)どんな時もあった。
でも大体において彼女の性格が好きだったし、彼女自身も大好きだった。
けれど彼女が私をどう思ってるか…ってなると”多分”って言葉がつくのよね。
大体、私は彼女に多くを望みすぎているんだ、解ってる。
でも本当に解ってるのかな…って近頃思うのよね。
マドバーは窓辺にもたれて難しそうな本を読み始めていた。
「<<ファスター・エルグ”戦場に於ける倫理学”>>」だ。
「ねえ、マドバー、戦場に倫理なんて存在するの?」
「すると思うから読むんだし、無いのなら、こんな本も無いでしょう」
「じゃあなぜ殺すの?」
「エルダーちゃん、あなたに言ってもムダでしょ。五年間同じ答えしか出さなかったじゃない」
マドバーは本から目を離さずに答えた。つまんないの。
しょうがないから<<アーム・セイラー”瞑想室”>>へ行く事にした。帝国がヘンなのもレ・エレクの頭が固いのも、悔しいけど事実なんだ。
アーム・セイラー。私が最も愛した<<セイラー”部屋”>>だ。
<<ファルター・セク”校舎”>と同じルコームで出来た<<ラーム・セイラー”青い部屋”>>私一人の意識に浸れる。
思うんだけど。意識に浸って自問自答するのに何の意味があるんだろう。
自分の意識を形成するためにはいいけど、偏見に凝り固まった考えができちゃいそうなのに。好きだけどね。
皆、沢山の人と考えを交わすっていうのはイライラするけど。少しデータが足りないのよね。
もっとルードが多くの”答え”を用意してくれてたらいいのに。
アーム・セイラーには先客がいた。レ・エレクの子だけど、名前は知らない。
「私、エルダー・ドューグ・レ・エレクの<<ルメア”光の都”>>に住んでたの。あなたは?」
「セヴァ・ラーシェ。<<レファン”風の都”>>のそばの<<ロードル”火の都”>>に住んでる」
お互いにまじまじと相手を眺めた。アーム・セイラーの使用者は卒業近い今頃になるとめっきり減る。ってことは彼もここの愛用者かもしれないってことだ(カレモソウカンガエテル)
私たちは二人で大笑いした。なんとなく、おかしかった。
<<ヒ・ム・セーナ”授業”>>以外で人の<<ファルト”精神”>>を探るって、初めてだったかもしれない。
”…あーむ・せいらーヨククルノ?…”
”ウン、大抵夜遅ク、キミハ、ひ・る・ふぁるたれいたーナンダネ”
”アナタモソウナノ。シラナカッタ”
数少ないサーシ・レ・エレクの住民のなかで、数少ない<<ヒ・ル・ファルタレイター”総合精神能力者”>>。一学年に一、二人ほどだろうか。なのに知らない…って随分ヘンなのよねえ。
「だってぼくはあなたより一学年下だし、あなたはほとんど<<ル・ファルター”個人授業”>>うけてたろう? ぼくもそうだったもの」
顔を真っ赤にして、ムキになってる。
これが私とセヴァの出会いだった。
*間奏曲3
こうして、マドバーと別れたエルダー。
そのままであったらよかったのに。
エルダーはマドバーに”レ・エレクの扉”の秘術を教え、度々卒業後も出会っていたのだ…。
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