第三章-1-「<<ファルタレイト・システム”精神訓練課”>>」(エルダー・十歳の視点から)

ここはレ・エレクの中枢部。そして帝国レルヘニトと、サーシ・レ・エレクのただ一つの交流地点だ。元々はレ・エレクの住民のための防衛手段として発達したこの機関も、皇帝のたっての願いで、戦士訓練の一部として利用されるようになったと聞く。



半透明なルコームの校舎と、ラーム・ブルーの寄宿舎からなる「戦士訓練所」。



名前さえなければ、レ・エレクで一番気に入ってる建物だ。



ここで五年間過ごすのもまんざら悪い気はしない。





竜の形の門をくぐると、早々に人の姿が目に入った。女だ。おそらく戦士なんだろう、帝国の。年は十五か、十六ぐらい。



回避したかったけどむこうから近づいてきた。




「あなたエルダー・ドゥーグね。私はマドヴァー・ヴァーター。私たち、同室らしいわね」



全く、帝国がここに介入していらい、めちゃくちゃな事をやるようになったものだ。



「あなたは帝国の方なんですね」


部屋割りを無差別で決めるって方針、賛成できない。




「ねえ、何をふくれているの? 私じゃご不満?」



彼女が私の顔を覗き込んだ。




驚いたことに、私は彼女を気に入った。なんといっても、笑顔がいいのだ。



にっこりと、笑顔を作ってみせた。



なんとなく、彼女もわかってくれたみたい。言わなくっても理解してくれる人、好きなんだ。




「あなたは何年、いやおいくつなんですか? 間違ってたらごめんなさい、新入生?」



「そうみたい、一応、十五歳なのよ。これから五年、ここでお世話になるわ」


彼女は薔薇の花のごとく微笑んだ。



帝国の戦士はレ・エレクの民と違って、十五歳からここで学ぶ。



「じゃあ、五歳も違うんですね…やっぱり、戦士になられるんですか?」


「そういうことにしとく? 随分こだわるのね、帝国やら戦士やら。第一、あなた十歳? 本当?!」



おどけてみせて「くれた」けど、笑う気にはならない冗談だ。私も、本当の年齢は知らない。




「そういう事にしておいて下さい。部屋はどこですか?」



思いっきりせかせか歩く。これはクセでもあるけど、なんとなく気分がすっきりするとも思っている。



彼女マドバーは、なかばあきれたような顔をしてついてきた。



並んでみると彼女のほうが少し背が高いらしい、ということがわかった。



なかなかの美人だ。おとなっぽく結い上げたブロンドにエメラルドグリーンの瞳。


鼻筋がすっきりと通ってる。そして帝国式に鍛え上げられた伸びやかな手足。



ムダの無い身体。こんな人が剣を持ち、”殺人”を犯すとは、信じられない、信じたくない事実だった。


彼女には、まさしく、薔薇の華が似合うのだ。





寄宿舎に入るとそこは、落ち着いたペルーン・ブルーに統一され、心安らぐ世界だ。



青はレ・エレクの象徴色。たいていのものに使用されている。



私のお気に入りの色でもある。




*間奏曲



ここでエルダーは五年の歳月を過ごした。マドバーの甘美な夢のような”友情”という蜜に絡め取られながら…。



*間奏曲2



その日は<<あずまや”四阿”>>にさわやかな…多分、秋の風が吹いていて、木漏れ日が美しかったのを憶えてる。エルダーは幸福な子供としての午後のまどろみを甘受していた。



うっとりと瞼を上下させていた彼女の視線の目の前の空間に、墨を流したかのしょうなシミが現われたのである。



何がなんだか理解しかねてきょとんとするエルダー。その穢れの中からコツコツと、金属の響きが起こった…やがてその音はゆるやかなオルゴールの音色でパヴァーヌを奏でてゆく。



そうして数多の水晶のごとき珠がゆっくりと、悪夢のように吐き出されていった。




やがてその珠々は、蜘蛛の糸のような亀裂を身に走らせ、粉々に砕け散ったその上におどろおどろしくも真闇の泥物を囁いた。




「あなたのおかげよ、エルダーと呼ばれしものよ…」


「な、なに? なんなの」



怖れをいだくエルダーの髪に、腕に唇にその闇は穢れた悪意の刻印を刻んだのである。



それはエルダー自身の闇に呼応するものではあったのだが…



その記憶はエルダーの中に深く埋められていった。




エルダー自身の記憶はこうである。



(私が七歳の時である。


「自分ってなんだろう」


ってある時ふと考えた。



以来、折に触れてあの時の感覚…まるで浮遊しているような…が思い起こされる。



もちろん七歳の子供が存在の否定を自分の頭から取り出したとは思えない。


私にはなにかきっと大切な事を本能的に知った…あるいは知らされたような気がしてならなかった…)

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