第5話 友達の家で出されるお菓子は数段うまく感じる
ベッドの下の少年はひどくおびえた様子で、差し出した紅茶にも口をつけようとしない。この子がもし泥棒で、これが急場しのぎの演技だとしたら大したタマだ。
俺はと言えば、この泥棒(仮)にスキを見て逃げられでもしたら困るのでベッドの前で見張りをしていた。「どうせ盗みはしてないんだから見逃してやれ」って?
そうだな、本心を言えば盗みなんてもうどうだっていいのさ。今この子を拘束してるのは、純粋に興味がわいたから。昨晩、この子が何をしに部屋に入ったか、何におびえていたのか、これを確かめずにはいられなかったのだ。
赤の他人とは言え、今の俺たちの立場は「泥棒」と「被害者」。アッチが逃げられる道理はない。この立場を利用して洗いざらい吐いてもらおう。
神田「君、中学生?どこの学校?」
少年「……」
神田「名前は?家はこの近く?」
少年「……」
少年は神田の質問にかたくなに口を開こうとしなかった。神田が何か発するとその声を避けるように目をそらした。
——まずい、信頼されてない。
神田のそこそこの人生経験で初めて感じたことだった。
――人当りはいいほうだと思って生きてきたけど、俺の17年培った処世術がまるで通用しない!子供ってこんなにも無反応なものなのか?自信なくすぞ。何かいい手は……あれで行くか。
神田は西欧ブランドの鍵付きタンスを開き、ある秘密兵器を取り出した。
―—イケる。これなら「絶対に勝てる」という確信がある……。
その目は確かな自信と誇りに満ち溢れていた……。
神田「ほーら、お菓子だよ~。ホワイトロリータ、カントリーマアム、堅あげポテトもあるよ~。」
少年「……」
少年は目を合わせないようにうつむいたままだ。
神田「なん……だと……?」
——嘘だろ……。友達に菓子をふるまうことに高校生活を捧げてきたこの俺が……?ネット記事で「友達の家で出てきたら100%喜ばれる菓子で打線組んだ」を漁った。ハロウィンやクリスマスなどイベント時には欠かさず旬のアイテム(菓子)を取りそろえた。そんな俺が10年かかって組み上げた最強の3品が通用しないだと……?
神田は天を仰いだ。
―—おれは無力だ。
バリ!ボリッ!ムシャムシャムシャ……ゴクッ。
「ふぅ~……。」
神田「ん?」
少年のほうを振り返ると、口周りが油だらけな少年は、神田と目を合わせないようにそっぽを向いた。床に菓子の食べかすが散らばりまくっている感じがしたが多分気のせいだった。
神田「なぁんだ、気のせいか……。」
再び神田は天を仰いだ。
バリ!ボリッ!ムシャムシャムシャ……
神田「せぇい!!!」
少年の指がティーカップにかかるそのタイミングで神田はカップを強奪した。
一方、少年はというと苦しそうに身もだえしている。
それもそのはず、ホワイトロリータ、カントリーマアム、堅あげポテト……このラインナップはいずれも口の中の水分を吸収する性質を持っている。
加えて塩分、糖分、脂肪分を過剰に摂取したものは苦みを強く欲する。これは茶に含まれるカテキンが脂肪分解作用を持つからという研究がある。
すなわち、少年は今、水分と苦みを断たれた【極限状態】に陥っていた……!!
神田「ス~っ……んん~いい香りだ。芳醇なアールグレイの香りが食欲をそそるぜ~。ズズーッ!」
神田が紅茶をすする音に呼応するように少年の眼はギンギンになった。少年の本能は男の持つティーカップに釘づけにされていた。
―—カエセ……カエセ……オレノ”コーチャ”!
少年「フーッ!フーッ!フーッ!」
少年は興奮状態の小動物のようだった。
神田「はぁ~……アールグレイのリラックス効果はすげーや。なんか考え事とかどうでもよくなってくるぜ。ズズーッ。」
神田は「ふぅ、」と一息ついた。
神田「全部のも」
少年「カエセ―!!」
ベッドの下から小さな影が飛び出した。
それをサッとかわす神田は小学生まで合気道の道場に通っていたのだった。(茶帯)
神田「ようやく尻尾を出したなコソ泥め(←言ってみたかっただけ)。この紅茶が欲しいか?うん?」
少年「クレ!コーチャ!クレ!」
神田「よーし、じゃあ俺の質問にちゃんと答えられたらこいつを飲ましてやる。いいな。」
少年「コクリ、コクリ」
情報を引き出す交渉に見事成功したのだった。
神田(言葉……通じるよね?)
7限目哲学 HiDe @hide4410
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