こぼれ話22-36 ユージ、船旅での帰路で牛を連れ帰る
■まえがき
副題の「22-36」は、この閑話が最終章終了後で「35」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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「ユージ兄、そろそろ着くって!」
「これがHだと思うんだよな、そうするとこっちは……」
「ユージ兄? また読んでるの?」
「あっ、アリス。うん、帰ってみんなに聞けばわかると思うんだけど、やっぱり気になっちゃって」
目的地への訪問を終えたユージは、港に戻ってふたたび船旅に出た。
ゲガスとどこかから連れられてきた人相の悪い船員たち、アリスとリザードマンの魔法のおかげで、帰りの船も順調に進む。
船旅に慣れてきたユージは、甲板にいるよりも狭い船室にいる方が長かった。
お土産に渡された——あるいは、託された——二本のワインと、なにやら書かれた本を眺めてはブツブツ言うのが、このところのユージの日課である。
いまもまた本を広げていたところで、アリスに誘われて甲板に向かう。
「ユージさん、港が見えてきましたよ」
「おおー。帰ってきた!って感じがしますねえ。……ところでどこの港ですか?」
ケビンへの質問に、ユージの足元にきたコタローがわふっと力なく鳴く。かえってきたかんじってなんなのよ、どこかわかってないじゃない、とばかりに。ごもっともである。
「おじい……バスチアンさまの領地の港だよ!」
「もう着いたんだ。じゃあ」
「ああ、
ゲガスの号令を受けて、船員たちが「うーっす!」と野太い声を返す。
ユージがプルミエの街を出発してからおよそ二ヵ月。
ユージは無事、船に乗ったゴルティエ侯爵領まで帰ってきた。
行きは浜辺から乗り込んだが、帰りはきちんと港町への帰港である。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「今度の船はずいぶん平べったいんですねー」
「そうですね、ここから先は海ではなく川を行きますので。喫水が浅くないと座礁してしまうのです」
「あ、そりゃそうか。じゃあマストも帆もないのは……」
「橋に引っかかってしまいますからね」
「なるほど、いろいろ違いがあるものなのですねえ」
ゴルティエ侯爵領の港町は、川が海に流れ込む河口にあった。
海に面した建物は思い思いの色に塗られてカラフルだ。
ユージたちが途中立ち寄った漁村と違って、桟橋は石造り、近くには倉庫らしき建物も見える。
ユージたちが船を停めたのは、港の外れの桟橋だった。
ユージとアリス、コタローは早々に船を乗り換えて、新しい船の上をうろうろしている。
ケビンはユージと会話しつつ、目は荷運び人に向けられていた。
海外の港で仕入れた品を載せ替える際、間違いが起こらないように。もっとも、ゲガスが指揮を取っているため、その心配はなさそうだが。
これまでユージが乗ってきたのは、3本のマストを持つ小型船だった。
新しく乗り込んだ船は、甲板が広いうえに平たい。
ユージが「平べったい船」という感想を持つのも当然だろう。
マストがないのもその印象を強めているようだ。
「でもこれ、どうやって進むんですか? 帆がないわけですし、向こうと違ってエンジンとスクリューってわけにもいかないでしょうし」
ユージの疑問に答えたのは、甲板をご機嫌にたったか進んで、舳先に前足を掛けたコタローだった。
わんっと鳴いて振り返るさまは、ここ、ここになわをつないできしからひっぱるのよ、とでも言っているかのようだ。偶然だろう。いかにコタローといえど、異世界の船事情まで知るわけがない。
「それはですね——おっと、お客様のようです」
街の外れ、人通りの少ない桟橋に近づいてくる一団はひどく目立った。
ユージもアリスもすぐに気づいて目を輝かせる。
「ユージさん、アリスちゃん。ここでは『貴族』のお二人ですよ」
「……気をつけます」
「ふふ、そうだね、ユージ兄。人の目もあるし……バスチアンさまと、シャルルさま!」
きっと、近づいてくる二人は港町の中心部でも目立ったことだろう。
なにしろ、護衛を引き連れたお貴族さまなので。
ユージがブツブツと戒めの独り言を呟きながら下船すると、二人はすぐ目の前までやってきた。
頭を下げて視線を外し、貴族への礼をとる。その横でアリスも、ちょこんと座るコタローもコタローなりに。
「よいよい、ここは王宮でも貴族の館でもない、港町。楽にせよ」
「ありがとうございます、バスチアン様」
「そもそも儂が支援した開拓団と、その名を轟かせるケビン商会の会頭、それに『血塗れゲガス』ともなればな! みな何も言うまいて!」
アリスの祖父にして前侯爵のバスチアンは、そう言ってじろりと周囲を見渡す。
自身の護衛や文官、港町の代官に顔役、ぞろぞろとついてきた面々に言い聞かせているのだろう。
まあ、そうは言っても、他人の目がない状況と同じく「アリスの家族」として振る舞えば、罰は免れないだろうが。
バスチアンが手を挙げると、一団がさっと割れた。
奥から近づいてくるのは、ゴッゴッと石畳を踏みしめる重い足音。
「ケビン、ゲガス。確認せよ」
「かしこまりました」
「おお……」
「わあっ。ユージ兄、牛さんだよ! ついにだね!」
ささっと如才なく動き出すケビンをよそに、ユージとアリスはひそひそと囁き合う。
貴族であるはずのバスチアンが連れてきたのは、12頭の牛だった。
「そっか、ロープでつないで、牛に岸から引っ張ってもらえば川を遡れ……あれ?」
ケビンとゲガスに数と状態を確認された牛たちは、ユージの横を素通りして船に乗り込んでいく。
広い甲板は、12頭の牛を乗せてもまだ余裕があった。
が、ユージは首を傾げている。
動力の見当たらない船に、動かす力がやってきたかと思ったら積荷だったので。
「さて。今回は儂から依頼した『試験航行』である。頼むぞ、ケビン、ゲガス」
「全力を尽くします」
「これがうまくいけば、王都の貴族たちは驚くに違いねえでしょう」
「うむ。おっと、儂としたことが。ファビアンにはユージに仕事を頼むことを伝えておる。ユージも頼むぞ」
「は、はい。……はい?」
心当たりがないのか、返事したあと小さな声で内心を漏らすユージ。
だが、すぐにその疑問は氷解する。
《おおーっ! ひさしぶりだな、こっちの群れのヤツらーっ!》
《はあ……いつになったら落ち着くのか……。ひさしいな、お主ら。だが良いのか?》
《うむ。水場の移動を補助するだけで、食料や物資と交換してくれるという。願ってもない》
《狩り以外で食料を得る術を確保することが群れの繁栄に繋がる。そう示したのはお主らだろう》
《それに、今回は稀人がいるのだろう? 人との対話は細かなところまで伝わっていなくてな。この機会に確認しておきたいのだ》
停泊中の平船のまわりから、ザバザバといくつもの爬虫類が顔を出す。
そのままザバッと上陸して、しゅーしゅー擦過音をかわしながらユージに近づいてくる。
「リザードマンの二人に……色違いのリザードマン?」
「この試験航行がうまくいけば、リザードマンを護衛にした『河川舟運』は我が領地の新たな力になるだろう」
「あ、なるほど……みんな、よろしくね?」
《任せておけニンゲン! みんなーッ! アタシたちがすごいってとこを見せつけてやるぞーッ!》
よくわかっていないユージの挨拶に、小さなリザードマンがびったんびったん尻尾を鳴らす。
ふたたびざばっと飛び込んで、船のまわりに散っていく。配置につく。
「帆じゃなくて、スクリューでもなくて、牛でもなくて……リザードマンが動かすのか。異世界だなあ」
ユージがしみじみと呟いて。
準備を終えた平船は、バスチアンやシャルルをはじめ、港町の住人たちに見送られて出港した。
船はゆっくりと川を遡っていく。
バスチアンの領地を離れ、王都を通り過ぎ、マレカージュ湿原で里のリザードマンと交流して、辺境の宿場町へ。
船は順調に進んでいく。
ユージとアリス、コタロー、ケビンたち。
外国で仕入れた荷物に、ホウジョウの街まで連れ帰る牛。
それに、持たされた二本のワインとアルファベットっぽい文字が書かれた本を載せて。
なお、動力はリザードマンそのものではなく、リザードマンとアリスの魔法である。異世界。
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■あとがき
大変遅くなりました……
WEB版準拠のコミカライズはきちんと更新されております!
好評発売中の
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
コミック一巻とあわせてよろしくお願いします!!!!!
まだユージは街に行ってないしリーゼも出てないので……
ぜひぜひ! よろしくお願いします!!!(切実
次話はコミカライズ更新にあわせて8/1(月)更新予定!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
発売日:2023年5月15日
(発売日はリアル書店・ネット書店・各種電書ストアによって異なる?ため公式サイトでご確認ください)
定価:748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 坂東太郎 @bandotaro
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