淡い恋は

「ルズラン」



 サーカス終了後。会った早々、私は真剣な声で彼の名を呼んだ。声はかすれていた。緊張する。いまの私の顔、きっとこわばってるんだろうな。

 ルズランは一瞬びっくりした顔を見せたが、すぐにいつもの柔和な表情に戻った。


「どうしたんだい?」

「あのね、……話したいことがあるの。ちょっと散歩しない?」


 ルズランは、いよいよおどろきを隠さなかった。


「だって君、仕事はいいのかい?」

「仕事?」

「ほら、清掃とか、稽古とかだよ」

「もう団長に、話はつけてあるの。外に出てもいいって」


 ただし、サーカスの裏手限定、だけど。


 ルズランはいまいちわけがわからないみたいだったけど、うん、とうなずいてくれた。


「こっち」


 私は舞台から飛び降りて、四つんばいでサーカスの裏の出口にルズランを案内する。垂れ幕の裏、暗くて狭くて埃っぽい通路。ルズランにこんなところを歩かせるのは、なんだかちょっと申し訳ない気がした。



 サーカスの裏手には、もの置き小屋がどこか寂しく立ち並び、荷車やテントが雑然と放置されていた。風が吹くと、土ぼこりが巻きあがる。なんとも、もの寂しい場所だ。


 ……決してふさわしい場所では、ない。でも、しょうがない。


「あのっ」


 こっちはぺたりと地面に座っているから、ルズランの顔がずいぶんと上に見える。でもルズランは、「なんだい?」と相変わらずの笑顔で私に接してくれる。その笑顔がまぶしすぎて、私は思わずうつむいてしまう。


「あの……その……あの……」

「どうしたの、ミウちゃん。外にいるのに真っ赤だよ。なにか重大なひみつでも隠してたのかい?」

「あのっ、私っ」


 私は、決意して顔を上げた。


「私……ルズランのことが、好きなの!」


 言い切った言葉のあとに、ひゅう、と風が吹いた。

 ルズランは変わらない笑顔で、しゃがみ込んで私の頭を撫でる。


「あはは、ありがとう。僕も、ミウちゃんのことが好きだよ」

「えっ、じゃあ……」

「うん、好きだよ」


 ぱああと、自分の顔が輝いていくのがわかった。浮かれてゆく、自分がわかった。


 だから、だからこそ、言ってしまったのだ。期待に目を輝かせて。


「じゃあ、おつきあいとかっ……」

「え?」


 ルズランの顔が、そこではじめて、曇った。頭に乗せられた手も、さりげなく離れる。


「……もしかしてミウちゃん、僕のこと……」

「うん。好き。好きなの」

「それってもしかして、……恋愛感情、って意味かい?」

「えっ……」


 今度は私が、言葉をうしなう番だった。

 だって、恋愛感情じゃなければなんなの?


「そ、そうだけど……」


 私は、かろうじて肯定した。


 するとルズランは、眉をしかめた。思い切り。いままで、私が見たことのない彼の表情。裏の、表情。

 困惑。

 ひしひしと、それが伝わってきた。


 そしてルズランは、言う。


「……だって、君はうさぎだろう?」


 その言葉は、私の心のいちばん奥のいちばん柔らかいところに、まっすぐ突き刺さった。


 ……ひどい。

 言いたかったけど、言えなかった。


 だって、ルズランの言いぶんは正しいんだもの。



 だから私は代わりに背中を向けて、サーカス目がけて走った。

 ルズランの引き止める声は、聞こえてこなかった。




 こうして、私の淡い恋は終わった。

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