どんなお菓子よりも甘やかに
そんなある日、ルズランは、私にキャラメルを食べさせながら、ときおりぼうっと憂うつそうな顔をしていた。私は気になって、声をかける。
「ルズラン、どうしたの?」
「……ああ、すまないね。ここのところ、ぼんやりすることが多くって」
「なにかあったの?」
「そうだね、ないと言えばないし、あると言えばあるかな」
「なにそれ」
ルズランの冗談めかした言いかたに、いつもみたいに笑いそうになったが、彼がふと真剣な顔をしたので私は笑うのを止めた。
「ねえミウちゃん、青春時代って短いね」
私はなにも、答えられなかった。青春時代が短いのかどうか、私にはわからなかったからだ。
ルズランは、どこか寂しそうに微笑む。
「僕、来週、結婚するんだ」
「えっ……」
「婚約者は、ずいぶんと乗り気でね。向こうの一族総出で、早く早く、と急かすくらいなんだ。うちもいちおう貴族だけれど、向こうのほうが格が高い。逆らえないよ」
そんな……。
わかっていた、つもりだった。ルズランほどのひとが、放っておかれるはずがないと。だって、すごく魅力的なひとだもの。婚約してたっておかしくない。年ごろの、男のひとだもの。結婚したって、おかしくない……。
なにかを言いたかった。なのに、なにも言えなかった。私はただうつむいて、前歯をぎゅっと噛みしめているだけだった。
ルズランが、私の頭を撫でる。そして一転、明るい声で言う。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。結婚したって、サーカスには来るさ。だいたい初回は、その婚約者と来たんだからね。いや、それからも彼女を誘ってはみたんだけど、来ないって言うから僕がひとりで来たんだ。結婚準備の合間をぬって、ね。なにしろ、ここのサーカスは愉しいからね」
その声が明るければ明るいほど、私の心は、ずきずきと痛んだ。
その日、ルズランはいつもより早く帰って行った。どことなく、そそくさと。
いつものように四つんばいで清掃をおこないながら、思う。
……なんで、こんなにせつないんだろう?
涙が出て、きそうなんだろう?
思えば、ルズランと出会ったのもこの時間帯、清掃の時間帯だった。
その時点で、彼は言ってたじゃないか。
「可愛いうさちゃん」って。
そう、私はうさぎなのだ。
人間に、恋こがれたって……。
……恋?
私は、ルズランに、恋をしているの?
毎日とろけるようなお菓子をくれる、頭を柔らかく撫でてくれる、優しい笑顔のあのひとに?
口のなかだけで、呟いてみる。
……ルズラン。
その響きは、どんな甘いお菓子よりも甘やかに、口のなかでとろけていった。
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