マカロン
次の日も、私はトランポリンの上で跳ねていた。
後ろ足に力を入れ、高く高く跳び、空中で三回転。おぉっ、と客席から歓声が起きる。私は大きな耳をぴこぴこ動かし、笑顔で客席に向かって前足を振る。
半動物になって、はや半年。半動物専門のこのサーカスで芸をするのも、慣れてきた。最初は嫌だったけれど、半動物というアウトローな存在がまともに生きられる場所は、きっとここくらいしかない。
サーカスが終わると、お客さんは満ち足りた顔で帰ってゆく。私たち団員は舞台に残って笑顔でお客さんを見送っていたが、そろそろ清掃に入ろうかという雰囲気になってきていた。
そんなときだった。
「やあ、ミウちゃん」
ルズランが、笑顔で手をひらひらと振ってあらわれた。予想外の人物の登場に、私はどきりとする。
「あはは、そんな警戒するような顔しなくても。きのうのお礼をもってきたんだ」
背の高いルズランは、舞台の上にちょこんと座る私とちょうど視線が合う。なんだか、ふしぎな気分だ。
ルズランは、スーツのポケットから小さな箱を取り出す。そこには、まるくて平べったいお菓子がつまっていた。
「これ。知ってる?」
「……うん、マカロン」
すぐにわかった。マカロンは、私の大好物。でも、サーカスに入ってからは、一度も食べたことがなかった。ここで私が口にするものと言えば、にんじんと菜っ葉だけだったから。スパルタなロリ団長の意向で。
「……くれるの?」
「もちろん。君がいなかったら、僕は危うくハンカチと生き別れになるところだった」
ルズランは、冗談めかして言う。私はくすりと笑って、マカロンの箱を受け取る。しかし、私の肉球ではうまく掴みきれず、ぽとりと落としてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「そんなに恐縮しなくても、だいじょうぶだよ。ほら、僕が開けてあげるから」
すっかり子ども扱い……いや、うさぎ扱いだ。私は箱のりぼんをするするとほどいてゆくルズランを、上目づかいで見つめる。
……やっぱり、格好いいなあ。
はじめて会ったときも思ったけど、こうしてまじまじ見るとあらためて思う。
「はい、マカロンだよ」
マカロンが私の口もとに差し出される――って、えっ?
ルズランをうかがい見ると、彼はとくになにも思っていないようだった。にこにこと、私の挙動を見守っているだけ。
私はいっそ唖然としてしまう。ほんとに、うさぎ扱いだ。
でも、ルズランの手でマカロンを食べさせてもらうのは、なんだかとても楽しくて、くすぐったかった。
――このひとは、お客さまなんだから。
マカロンの甘い味を噛みしめるのと同時に、せつない想いも噛みしめる。
――あしたからは、また他人に戻るひとなんだから――。
そして、ルズランとの交流は今度こそ終わりになるはずだった。
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