第2話 角と尻尾

「え、あっ…」

 

 言葉に詰まる。その女の子の頭から覗かせる角のようなものと、生き物のようにぴょこぴょこと動く尻尾が現実感をまた失わせた。やっぱり、死んだのか俺は。


「な、なんなのよこれ!またお父様のしょうもないサプライズ!?ってかいつからその箱の中に入ってたのよ!」

 

 目の前の不思議な女の子は流暢に喋ると、頭を抱えた。どうやら現実っぽい。その様子をまじまじ見ると、日本では珍しい銀髪のツインテールに年相応のワンピース。年齢は、小学生くらいだろうか?ザ・お嬢様という感じだ。へんてこな角と尻尾を除けば―


「…ちょっと!あんた聞いてるの!」

 

 そろそろ殴りかかってきそうな雰囲気なので、おそるおそる口を開く。


「あー、いやその…。なんか、ここで寝ちゃってたみたいで…ははは。」


 我ながら、無理のある回答である。とりあえず、ここは穏便に済ませて、外に出よう。コスプレバーかなんかに迷い込んだのだろう。なんかこの部屋薄暗いし。ってか小学生働かせるとか違法だろ、普通に!


「寝てたってあんた…。その箱どうやって開けたのよ!」


 ありえないという表情で、ただでさえ大きな目を更に見開く。


―開けた記憶ないんだよなあ…。


「さ、さあ…。たぶん酔っ払ってたのかな?…あのお代とかは?俺、誰かと一緒にこの店入りました?」

 

 そう言いながらポケットをまさぐるが、入っていたのはキーホルダーの付いた鍵と保険証だけだった。財布が、ない…。詰んだ。


「…店?何を寝ぼけてるか知らないけど、不審者として牢に入れるわよ!そもそもどこから…」


「お嬢様あああ!どちらにいらっしゃるのですかー!」


 女の子が言い終わるよりも先に、今度は渋い男の声が聞こえてきた。廊下に反響している。


「お嬢様あああ!」


「やばっ!おじいに見つかるっ!」

 

 そう言うと、そそくさと部屋の中にある本棚の裏に身を隠す。


「えーっと…」

 

 状況に追いつけず、取り出した鍵と保険証を再びポケットにしまう。これはどういうことだ?


「ちょっとあんた何してんのよ!見つかるから早く隠れて!」

 

 小声だが鬼気迫る形相なので、急いで不思議少女の方に向かう。少し狭いが、ギリギリ2人が入れる空間だ。


「…これってあれ?もしかして脱出ゲームとかそういう感じのやつ?」

 

 耳元でボソッと言う。そうであってほしいと願った。というか、そうでなければまるで意味が分からない。


「何の話よ。さっきからホント意味不明な事しか喋らないわね。やっぱりあんた後で牢屋行きだわ!」


 フンッとそっぽを向いて少女は部屋の入口の様子を伺う。徐々に男の声が近づいてきているようだ。


「お嬢様あああ!お父上がお待ちですぞー!そろそろ戻りましょう!」


「…もう、嫌だって言ってるのに…」

 

 さっきまでの威勢とは裏腹に、嘆くように呟いた。いよいよ、脱出ゲームの線は消えそうだ。

 こんな狭い空間で小学生と2人きりとか、あとで訴えられたら捕まりそうで怖いが、しょうがない。このイベントが終わるまで我慢だ。


―が、気になる。

 

 ぴょこぴょこと目の前で動いているこの尻尾のような物体。人類はここまでコスプレを進化させたのか、とこの状況でも感心してしまう出来だ。


―電気で動いてるのかな?


 そう思って、何気なく先っぽを触った瞬間だった。


「ひゃああああああああ…!」


 目の前でさっきぶりの金切り声。に、ちょっと聞いてはいけないような声が混ざっている。やってしまった。


―ってかマジで尻尾なの!?


「ご、ごめん!そんなに驚くとは…。」


 急いで手を放す。みるみるうちに目の前の女の子の顔が沸騰するかのように赤くなっていく。これは、やばい。逃げ…!


「…こおおお!のおおおお!…変態不審者があああああああ!!!」


本棚ごと自分の身体が吹き飛んだのを確認して、俺は再び意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まおうのせんせい! あひこま @ahikoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ