遠くて近い、未来への願望

隅田 天美

例え、ありえないとしてもあなたにいてほしい

 これは、遠い未来の話かもしれない。

 近い未来なのかもしれない。

 自宅の布団の上かも知れない。

 病院のベットかもしれない。

 こう書くと、場面がかなりあやふやになるから、仮定として一週間後に自宅で私が死ぬとしよう。


――私は死ぬんだ

 目を覚ました時、あの懐かしい『先生』が横で座って私を見守っていた。

「よう、久しぶり」

「お久しぶりです」

 沈黙が降りる。

「ごめんなさい」

 先生は頭を下げた。

「俺は『お前を守る』なんて大見得を切ったくせに俺たちはお前を守れなかった。俺はお互いに『守っているはずだ』と思い込んでいた」

 私は黙っている。

「お前が何度も何度も傷ついて泣いて苦しんでいたのに……」

 震える先生の手を私は握った。

「先生、泣かないでください」

 私は笑って見せた。

「これでもね、私の人生はのおかげで救われたんですよ」

「……俺たちが何者か分かっているのか?」

「まあ、何となく大体は……ある人は言っていましたよ、『人形』であり『蝶』なんだそうです」

「俺たちのことを話したのか?」

「ええ……秘密じゃないでしょ?」

 先生は苦笑した。

「まぁな……酷いことしたついでだ。最初で最後だ。お前の望みを言ってみろ」

 今度は私が苦笑した。

「どうせ、生き返らせるとかどっかに輪廻転生なんてないんでしょ?」

「当然。そういうのが嫌いなんだろ?」

「そうですよ。勝手にやったら恨んでました……ああ、でも、一つだけ望みがあります」

「そりゃ、よかった。で、何だい?」

「最後の瞬間までいてください」

「そんなんでいいのか?」

「でもなきゃ、最後の瞬間まで延々と愚痴」

「前者採用」

 その言葉でお互い笑った。


 死ぬというのは、中々来いない。

 私の手を先生は握っていた。

 ひんやりとした骨ばった先生の手は気持ちいい。

「なかなか死にませんね」

「そういうものさ」

 嫌に時間が長く感じる。

 と、先生が何かを思いついた。

「お前、目を閉じろ」

 私は素直に目を閉じた。

 何かカサカサしたやわらかいものが私の唇に当たった。

 そこから意志を持った何かが口の中に入っていた。

 息が出来ない。

 苦しい。

 でも。

 気持ちいい。

「どうだった?」

 急に唇を離され目を開けると、先生がニヤニヤ笑っていた。

「文字通り、リップサービスですか?」

「お前、上手いこと言うね……で、どうだった?」

 その言葉に私は赤面した。

「……」

 少し先生は不安そうになったので一言だけ言った。

「気持ち、よかったです」

「だろうなぁ。お前、物欲しそうな顔していたぜ」

 そう言いながら私の上に四つん這いになった。

「え? するんですか?」

「大丈夫、もう、肉体は死んでいるから痛くない、ゴムもいらない」

「サイテー!」

「じゃあ、最低ついでにアイツも呼ぼう」

 もう、今度はこっちが困惑し苦笑いになる。

 と、私がいつの間にか、光の中にいるのに気が付いた。

 パジャマは辛うじて着ている。

 先生も服を着ている。

「死ぬんですね」

「そうだ。でも、怖くないぞ」

「未経験者です。怖いですよ」

 だんだん、体が光の粒子に戻る。

――あー、本当に死ぬんだなぁ

 あれほどあった、憎しみも怒りも喜びも楽しみもだんだん消えていく。

――な、怖くないだろ?

 私は温かい優しい光に包まれて終わった。


 これが理想。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠くて近い、未来への願望 隅田 天美 @sumida-amami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ