想伝歌(そうでんか)《読み切り》

桜部遥

想伝歌 初めての歌



ー フランス・パリ ー


まだ貴族がいた時代。そこに不思議な店がありました。その名は想伝歌。世にも珍しい、歌を歌うお店なのです。


「起きろ、下僕! 」


そんな罵声と共に静かに目が覚め、上を見上げると、そこには大変不機嫌な少年が立っていました。その少年のかかとは、僕のおでこに突き刺さっています。

少年の服は貴族のように煌びやかで、青をモチーフにした、沢山の高価な素材が使われています。


「ん・・・・・・あぁ、デンカ様・・・・・・? 一体どうなされたのですか?」


その言葉にさらに機嫌を悪くしたのか少年は僕の頬をぐりぐりとしてきます。

「貴様、下僕の分際でいい根性しているではないか。誰が俺の前で寝ていいと言った? ん? 」

「す、すびまぜん・・・・・・いい天気だったのでつい・・・・・・。デンカ様もどうです?一緒に——」

一度足を下ろしたかと思ったら今度は回し蹴りで腹を蹴られました。本日だけで少年の機嫌を大変損ねてしまったようです。

「何回もいってるだろ!デンカ様って呼ぶなー!!!今度言ったら殺すぞ!クレデリール! 」

「も、申し訳ございませんー! 」

 

あ!大変申し遅れました!僕の名前はクレデリール・ジェーンと言います。歳は十七です。

そして仏頂面のこの少年はデンカ様。見た目は十五歳すぎですが、こう見えて僕の上司なのです。

僕のおでこから足を退けたかと思えば、デンカ様は大きなため息をつきました。僕に背を向けてデンカ様はいつものように命令をします。


「クレデリール、行くぞ。」

「どこにです?」


デンカ様専用のイスにかけてあったコートを羽織りながらデンカ様は歩き出しました。そしてその後を僕はついて行きます。


「もちろん、仕事さ。」


振り向きながら、デンカ様はニヤリの悪い笑みを見せます。

こうして、今日も今日とて僕達の仕事が始まります。





僕達がいる町では一番賑わっている辺りにやってきました。今日も多くの人で賑わっています。僕もこの雰囲気はとても好きです。

「暑苦しい。帰りたい。」

デンカ様は不機嫌な顔で睨みつけます。デンカ様はあまり外に出られないので、こういう人混みは苦手なようです。

そんなデンカ様は、一人でスタスタと歩きます。歩く度にコートの裾が舞って、とても美しいと感じました。

さて、歩きはじめて小一時間ほど経ちました。相も変わらずに僕達は歩いているだけです。すると・・・・・・。


「うわぁ! 」



僕の前を歩くデンカ様に小さな男の子がぶつかってしまいました。その男の子はデンカ様よりも幼く、服装から見てもあまり良い暮らしをしているとはいえませんでした。

男の子も『身分のいい人にぶつかった』という意識のせいか、顔が真っ青になっていきました。えぇ、今にも泣きそうな目です。

いつもならば、デンカ様は『どこ見て歩いている!』と怒るはずなのですが・・・・・・。

「あぁ。すまない。怪我はないか。」

なんと、あのデンカ様が謝罪をしたのです。もちろんデンカ様が悪いわけではないのですが、その言葉で、男の子の顔は少し笑顔になりました。

「うん! 大丈夫だよ! 」

「そうか。しかし、あまりよそ見はするな。今はまだ良いが、将来には後悔するぞ。」

そうお説教をするデンカ様が少し怖かったのか、男の子は『ごめんなさい・・・・・・』と、少し涙目になっていました。するとそこに男の子の母親らしき人かやって来ます。

「申し訳ございません! 私の不注意です。どうか、お許しください! 」

デンカ様の煌びやかな服装からか、とても下手に出ています。デンカ様はそんな母親を見たあとで、微笑みながら腰を下ろして謝っている母親に手を差し伸べました。

「私は、レディに涙を流させたくはない。それに、貴方の子供には先程、少しばかり注意をしてしまいました。ですからもう、顔を上げてください。レディ。」

その言葉に母親はぱっと表情が明るくなります。デンカ様の手をとって立ち上がると、男の子のぎゅっと抱きしめました。

「寛大なお心に感謝申し上げます。貴方様が紳士な方で本当に良かった・・・・・・! 」

そのあと、親子は僕達に会釈をするとそのまま去っていきました。


この時代、貴族に歯向かうものは大抵おらず、庶民は皆貴族の存在を恐れていました。と、いうのも、ほとんどの貴族は、その暮らしの良さから自分の気が削がれるとどんな理由でもすぐに怒り散らし、罰を与えるものが多かったのです。それは大人の貴族だけではなく、貴族の子供までもがそういう方ばかりでした。

なのでデンカ様のような心が大きな方に出会えたというのは、庶民とってはとても有難いことだったのでしょう。けれどデンカ様がなんの理由もなしに人に優しくするはずがありません。その証拠にほら・・・・・・。


「おい、クレデリール。幸運だぞ。——仕事だ。」


それは、さっきまでの柔らかな笑顔とは違う、悪の笑みでした。デンカ様がこういう顔をする時は、だいたい嫌なことが起こるのです。


「夜が楽しみになってきたな。」

 

デンカ様の表情に僕は少しばかりため息をつきたくなってしまいました・・・・・・。

まぁ、そんなことをしたら殺されかねないので口を閉じつつ、僕達はその場を後にしました。





夜も深くなり、辺りか暗闇に覆われる夜中の二時。

「さて、行くか。」

デンカ様の言葉を合図に昼間歩き回った地へと向かいます。そして、そこから少し離れた裏路地に入り、その先を抜け・・・・・・。デンカ様のゆく道をなぞるように歩き、出た先は、家が一件あるだけの平地でした。

デンカ様がゆっくりと家に近づいて行くと、人影が家から出てきました。その闇の塊のような人影は、ゆらゆらと揺れながらデンカ様に近づいていきます。やがて雲に隠れていた月が顔を出し、人影に灯りをともしました。するとその人影の顔が照らされ、見えてきたのは・・・・・・。


「やはり、貴方でしたか。レディ。」



そう言うデンカ様の表情は、悲しみと憎しみが混じった表情。正直僕も、信じられませんでした。けれど、目の前にいるのは、昼間あった優しい母親ではありませんでした。

目の前にいるのはーー紛れもない、怪物です。


皮膚は溶け、肉は焼けただれ、骨が丸出しになり、眼球は赤く、うめき声を発している。


ーー 『ペルドル』の特徴に完全一致しています。


デンカ様は深呼吸をした後、目を開いて走り出します。デンカ様の殺気に気がついたのか、怪物も走り出しました。無造作に攻撃をする怪物に対して、デンカ様は冷静にかわしていきます。


「弄ばれし悲しき魂よ、今その心の歌を我に奏でよ。」


そして——デンカ様は歌いはじめました。攻撃を避けながら、その歌声を怪物へと届けていきます。


『私はもういない。けれど大切な我が子は、笑っている。どうか生きて。強く、強く。そして笑って。日が暮れて、闇が色を強めてもどうか必死に足掻いて生きてほしい。愛おしい我が子よ、さようなら』


歌い終えると、静かに怪物と目を合わせます。

デンカ様の歌はいつでも誰かへの愛がこもった歌なのです。

そして、デンカ様は怪物に向かって膝を着いて、頭を下げます。


「貴方の最後の願い、我ら想伝歌が責任をもってお届け致します。どうか安らかに。」


その言葉を聞いて、怪物は砂のように消えていきました。『ありがとう』の言葉を残して・・・・・・。



物音で目が覚めたのか、男の子が家から出てきます。


「おかぁさん・・・・・・? あれ? 昼間のおにぃちゃん・・・・・・? 」


目を擦りながら、デンカ様の方を向きます。デンカ様はゆっくりと男の子に歩み寄り、男の子と目線を合わせました。


「よく聞け。君の母親は遠の昔に死んでいた。今までいたのはただの亡霊だ。」


デンカ様は鋭い目付きで話します。けれど幼い彼には上手く理解ができません。

「わかんない・・・・・・わかんないよぅ・・・・・・。おかぁさんは? ねぇ、どこ・・・・・・? 」

手を前にだし、自分の母親を探す男の子を見て、デンカ様は俯きました。そしてーー



「死んだんだよ! お前の母親は! 」


そう叫んだデンカ様の表情は前髪のせいで上手く見えませんでしたが、それでも声は震えていました。

怒鳴り声を聞いて恐怖したのか、男の子は泣き叫びはじめます。きっと、デンカ様の言った言葉の意味を理解しないまま。


「いいか、これが君の母親からの最後の愛だ。」


泣いている男の子にそっと歌を歌い始めました。それは彼の母親からの最後の愛。最後の願い。最後の想い。最後の歌。

男の子は泣くのをやめ、その歌を静かに聞きます。

デンカ様が歌い終えると、目を腫らしながら男の子はデンカ様に問いました。


「もうおかぁさんはいないの?」

「——そうだ。」


帰らぬ人になった母親の面影はもうそこには残っていません。砂になって跡形もなく消えていったのです。けれど、彼はめげませんでした。涙を拭い、ぐいっと顔を上げ、デンカ様に告げたのです。

「僕、強く生きる。」

たった一言。それだけ。でも決意の現れでした。その顔を見て僕は、あぁ強いなと思いました。きっとこの先も強く、逞しい人間になるのだろう、と。

デンカ様は、男の子の頭をわしゃわしゃと撫でました。

そして、少し寂しそうに笑います。

「そうだ。君の母親が望んだように強く生きろ。」 「うん! 」


その後、男の子は施設へと預けられました。施設でも、その先でもお金に困らないようにとデンカ様は男の子に多額の寄付をしました。男の子はきっと辛い道を歩んでいくのでしょう。それでも負けず、めげず、強く進んでいって欲しいと。僕も、デンカ様も心の中でそう思いました。




死してもなお生きるもの。そして人を襲って生きようとする怪物。名を『ペルドル』

そんな怪物を倒す方法は一つだけ。願いを叶えること。そして我々はその願いを音で、歌で届ける者。この時代、聞くことないその職業をあるものがこう記したそうです。



想いを伝える歌を歌う者『想伝歌』と——。



そして我々想伝歌は、今日もまた歌を響かせ続けるのです。







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