第3話

 憧れの武装女子高生こと新田さんは、握力が弱すぎて引き金すら引けなかった。

 ひょうきんな語り口でお馴染みの僕も、流石に真顔で黙らざるをえない。新田さんは引き金に指をかけたまま、手の中の拳銃を眺めて首をかしげている。意図してのことではないのだろうけど、銃口が僕に向いてしまっている。僕はのけぞって逃げて、転んで腰を抜かした。

 新田さんは今度は僕を見て首をかしげた。

「どうしたんですか?」

「じゅ、銃口を人に向けちゃダメだ」

「あ。ごめんなさい」

 銃口を僕から外してさまよわせたあと、結局地面に向けてくれた。

 今回は特別に許してやる。僕は寛大な判断を下した。全身はふるえている。女子高生に銃口を向けられるというのは、それはそれで得難い経験ではある。今後の妄想のための役にも立つ。

 新田さんとしては、引き金が動かないものだから、安全装置というやつがかかっているのだと思ったらしい。僕はM37固有のメカニズムにまで精通していないけど、通常リボルバーに手動の安全装置はない。その分、引き金がやや重いとは聞いたことがある。今調べた限り、7キログラムらしい。

 新田さんの小さなおててには7キロの握力すら無いのか。そんなものだろうか。

 僕は銃を貸してもらって確かめてみる。弾を全部抜いてから、銃口を地面に向けて、引き金を引いてみた。ちゃんと動く。回転弾倉が回転する。たしかにちょっと重いかも知れない。

 たいていのリボルバーは、外側に撃鉄が露出している。引き金から見て斜め上あたりに生えている角みたいな部品のことである。こいつをカチリと鳴るまで親指などで動かしておくと、引き金も途中まで動いて止まる。これが、撃鉄が起きた状態である。この状態なら引き金が軽くなる。握力が弱くても大丈夫である。もっと古い銃の場合、毎回これをやらなければ引き金が動かなかったのだけど、技術の進歩により、引き金を引くだけで全部動くようになったのである。

 空っぽの銃で試してもらったところ、たをやめな新田さんでも撃てそうである。誤解のないよう言っておくが、「たをやめ」は優美さ、しなやかさを意味するほめ言葉である。新田さんをほめたたえるのにふさわしい。なお漢字だと「手弱女」と書く。

 再び銃弾をこめて、銃口を斜面に向けた。新田さんはその操作に慣れてきたみたいで、僕は彼女への敬意を復活させた。女子高生が慣れた手つきで回転弾倉に弾をこめている。構え方もさっき教えたとおりである。親指で撃鉄を起こす。憶えが早い。ハチャメチャに格好良いよ新田さん。握力は弱いが。

 この公園は地面の低い場所にあるので、周囲は勾配の急な斜面になっている。舗装されていない部分はやわらかい土である。この斜面に向けて撃てば、人に当たる心配はない。ちなみに、飼い犬のチヨは家に戻しておいた。銃声で怯えたら可哀そうである。

「撃ちます」

「うん」

 僕は新田さんの斜め後ろに座ってその姿を眺めている。

 僕の心臓はネズミのような速さで脈打っている。たぶん新田さんもそうだと思う。横顔に緊張がうかがえる。屁理屈にもなっていないような僕のプレゼンで、彼女がなんで撃つ気になってくれたのかはわからない。彼女としても、何かわかり易い区切りをつけたいのかも知れない。発砲というものは儀式的に使われる場合もある。僕としては女子高生が銃を撃つ姿を見たいだけであり、その願いはすでにおおよそ成就している。彼女が急激に殺人衝動を覚えて僕を撃ち殺したとしても、僕は成仏できると思う。満足である。

 新田さんが撃った。

 慮外に大きな音が鳴る。アメリカの広大な乾いた大地で撃つのと、狭くてジメジメした日本の湿地で撃つのとでは違うらしい。僕が動画サイトで聞いたときは、パンッという間抜けな破裂音であった。新田さんが撃った音は僕の鼓膜を殴り、頭に甲高い耳鳴りを残した。

 そして反動で新田さんがヨタヨタと倒れてきた。僕は押しつぶされたアヒルのようにグエッと鳴く。想定外ではあったが、女の子を受け止める紳士と言えなくもない。僕の鳩尾が新田さんのお尻でつぶされて大変苦しい。新田さんは放心しているみたいで、なかなかどいてくれなかった。

「先輩」

 僕に乗ったまま僕を呼ぶ。僕は苦しくて喋れない。

「やっぱり警察に行きましょう」

「…………わ、わかった」

 僕は新田さんの指示に服従した。何しろ今や彼女は銃を撃てる女の子であるし、かつ僕の鳩尾を押しつぶしている。これは暴力的な脅迫行為に近い。勇敢な僕といえど従わざるをえない。

 そのあとは別に何もない。現実的に事が進んだだけである。新田さんと僕はその足で交番に向かい、全部の経緯を正直に話した。拳銃は警察の手にゆだねられる。新田さんの父親は警察に捕まることになるだろう。

 当然それを予期しているだろう彼女の横顔を、僕はチラリと見た。

 新田さんも僕の視線に気づいて、僕を見た。

 夜の交番で事情を聞いたお巡りさんが、あわててどこかに連絡している。新田さんと僕はその間、することがなくて暇であった。僕は彼女に何か気の利いたことを言おうと考えた。

「その。これから大変だろうけど」

 きっと良いこともあるさ、といったところだろうか。

 なんとも軽薄な気休めである。僕とて彼女に発砲をそそのかしたのだから、これから大変なのは同じことである。前科持ちになるのだろうか。未成年だから、コラッで済むと良いのだけど。急激に不安になってきた。この状況で曖昧なセリフは腹立たしいだけである。具体的に考えるべきだ。

「君は今や、銃を撃てる女の子なのだから」

 僕はセリフの最後を大雑把に考えた。時には大雑把さも必要である。

「嫌なやつは銃で撃ってしまえばいいのだ」

「ふっ」

 僕の言葉を聞き、新田さんが小さく笑った。僕は新田さんの笑顔を初めて見た。なかなかキザな笑い方をする。アンニュイな横顔に微笑みを浮かべている。僕の憧れた武装少女のイメージに、この表情は合致している。

「先輩にも今や、銃を撃てる後輩がいるのです」

 新田さんが言った。僕は眉を上げて驚く。

「嫌なやつがいたら、教えてください」

「…………ふっ」

「ふふっ」

 僕たちはアナーキストのように笑っている。実のところ腹はよじれかけている。

 このクールな雰囲気は近いうちに崩れると思う。二人で大笑いして、警察に怒られるような気がする。僕たちは気取っているだけで、格好良い漫画のヒーローではない。

 しかし、僕の後輩は銃を撃った女の子なのだ。この事実はけっこう頼もしい。

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閉架書庫のエアウェイト 紺野 明(コンノ アキラ) @hitsuji93

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