第2話
大人しい後輩の女の子が実銃を隠し持っていた。
この事実から妄想を展開せずして何をするのか。たとえば、実は彼女は貧国出身の元傭兵で、今でも護身用に拳銃を持ち歩いている、とかどうだろう。彼女の名前は新田サヨさんであり、やや強引に空耳すれば外国人の名前に聞こえなくもない。いや、待てよ。それだと銃の種類にリアリティがない。彼女が持っていたのはM37という拳銃で、日本では警察用に使われている。わざわざ非合法に銃を隠し持つなら、コルトガバメントのコピー品とかの方がリアリティがある。M37を持っている以上、やはり警察関係者と考えるのが妥当だ。もう少し現実的に妄想すべきだ。
たとえば、新田さんは実は何らかの異能力者で、警察内部の秘密部隊に所属している、とかどうだろう。日常生活では異能力の使用が制限されるため、護身用にM37を持たされたとしたら、これはなかなか筋が通る。普段は電撃や炎などを身に纏ってビリビリメラメラと華麗に戦っているため、銃については詳しくないのである。だから図書館で調べていた、というワケだ。
何にせよ新田さんは素晴らしい。僕の後輩の女子高生が実銃を隠し持っていたのだ。この事実だけで僕はもう一生を楽しく生きていける。もし新田さんが銃を手放すことになっても、それは僕には教えないでほしい。僕の中で新田さんはもう永久に、実銃を携帯する女子高生なのである。がっかりな新情報を供給されるくらいなら、もう会わないようにしたい。
だが会ってしまうのであった。現実は制御がきかなくて困る。
新田さんは泣いているようだ。妄想は楽しいけれど、現実はどうも、楽しくないことが多い。可能なら踵を返して遠ざかりたかったのだけど、生憎とその時の僕はチヨの散歩中であった。散歩する時間が遅くなった場合、チヨの方針には逆らわないことにしている。愛らしいワンちゃんを待たせたつぐないである。チヨが新田さんの方にトコトコと歩み寄ってしまった以上、僕も新田さんに声をかけざるを得ない。
「どうしたの?」
新田さんは目線を僕に向けた。彼女はベンチに座っている。そろそろ泣き止むところだったのだろう。頬を涙がつたった跡はあるけど、今もとめどなく溢れているわけではない。僕は判断に迷った。泣いていたことに気づかなかったフリをできなくもない。
たとえば、偶然にも目元に何らかの水滴が落ちて頬をつたり、なおかつ唐突に目がかゆくなってこすったから赤いだけかも知れない。そしてふと思い立ってすすり泣く声を練習していたのである。
まあ。そうもいかない。僕とて常識の意味くらいはわかる。
「新田さん。あの銃は本物?」
新田さんはその質問に答えなかった。答えないということは、本物の可能性が高そうだ。偽物なら偽物と答えると思う。僕は一旦、それが本物だとして話を進めることにした。何がしたいのかと言うと、新田さんが泣いている理由を突き止めたい。まずはそうしなければ、相談に乗る方法もわからない。
実のところ僕には、あんまり素敵ではない仮説があった。その仮説が正しいなら、新田さんが泣いている理由にも想像がつく。そして僕の妄想世界は崩壊する。新田さんは訓練された武装女子高生ではなく、ただのか弱い女の子になってしまう。
悲しいが仕方がない。すでに彼女は泣いている。彼女で今更、楽しい妄想はできない。
「あれは君のものではないね。家族の誰かが持っていたの?」
「…………なんでわかるんですか」
新田さんがそう応えた。つまり家族が持っていたのだろう。
チヨが新田さんに撫でられている。僕が少し前に泣いてばかりいた頃も、チヨは僕に撫でられていた。チヨには孤独癖があり、あまり人に寄り添わない傾向にある。寄り添うのは、チヨがそうすべきと感じたときだけである。
「M37は警察の銃で、少なくとも君は警察官ではない」
現実的に考えて、女子高生が警察から武器を貸与されるなんてあり得ない。現実世界の拡がりは退屈なまでに有限である。人間の想像力は時に世界を呑み込めるけど、世界は常に人間を呑み込んでいる。いくら想像力を働かせようと、人間は世界に押しつぶされて、結局はなにもできない。
僕は僕の考えを述べることにした。
「警察のものを盗んだのか、悪い警察官から買ったのか、わからないけど、とにかくそれは非合法に入手したものだと思う。ただ、簡単に手に入る種類の銃ではないし、単なるコレクションにしてはリスクが大きすぎる」
喉が疲れてきた。こんなに喋ったのは久しぶりである。
「だから、君の家族はそれを何かに使おうとしている可能性が高い。わざわざ警察の銃を選んだのは、警察を困らせるためだと思う。M37が犯罪に使われたら、警察の威信は損なわれる。あるいは特定の警察官から盗んだ銃なら、その人を困らせるためかも知れない。もし君が悪意を持ってその銃を入手したなら、種類を知らないのは変だ。…………そんなところかな。これ以上細かくはわからない」
ようやく喋り終えた。新田さんはチヨの耳をいじって遊んでいる。
僕は僕なりに一生懸命話したので、真面目な顔で聞いてくれないのはやや悲しい。
「銃の種類だけでそこまでわかるんですね」
それでも聞いてはくれていたみたいだ。
「私よりも私の状況を理解しているみたいです。すごいです」
新田さんは感心して褒めてくれた。
そこまでわかる、と言うよりは、現実ではそこまで縛られる、と言うべきだ。
「私はどうするべきでしょうか。お父さんにこれを返した方がいいのかな」
新田さんが僕に尋ねる。後半は半分独り言みたいであった。
僕は首をかしげながら、逆に質問した。
「君はそれを家族に使ってほしくないから、自分で持ち歩いているんでしょ?」
「…………そうです」
「君の手に負えることではないから、警察に行った方がよいと思う」
「…………そうですよね」
新田さんはすんなり肯定した。彼女の中でも答えは出ていたのだと思う。学校の成績で全教科上位に入るような賢い子である。僕よりよっぽど現実的な思考ができる筈である。それでも彼女は悩んでいた。こんな寂れた公園のベンチで、独りで泣いてしまうぐらいに参っていた。ただの拳銃一つで、情けなくてか弱いことである。僕が妄想していた強くて気高い武装女子高生とはほど遠い。
新田さんは未だに決断できずにいる。チヨの頭をこねくり回している。
僕には一つ思いついたことがあった。これは道徳的には推奨されない行為である。かつあまりにも魅力的である。僕はその姿を想像して、胸のときめきを抑えられなくなってきた。新田さんはまだ決断しない。こうなるともう我慢できない。新田さんが遅いのが悪い。
「新田さん。もう一つ提案がある」
彼女が僕を見た。目が合った。
「その銃の弾は何発あるの?」
「二つ、です」
「今持ってる?」
「はい」
条件が揃ってしまった。ここまでくれば、僕は僕の作戦案を開示するべきだ。
「君が、それを全部撃ってしまうのはどうだろう」
弾がなくなければ、拳銃だけでは鈍器にしかならない。
僕は新田さんが銃を撃つ姿を想像し、思わず不気味な笑顔を作った。
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