鬼平おねがい

余記

火付盗賊

うららかな日差しのもと、子供たちが元気に遊んでいる。

何もかもが平和に過ぎ、差し当たって何も無い、こんな時。

意味も無く、幸福を感じるようなこんな時。



ふと、不安にられる事があるのだ。



私の不安を、感じとったように駆け寄ってくる、うちの娘。

「おかあさ〜ん!」

ずきっ!

娘の声に、不安が走る。

「どうしたの?何か、あったの?」

語尾の震えを隠せないまま、口に出す。


だが、返ってきた返事は何でもない、無邪気むじゃきで可愛らしい、私の娘の声。

「オニヘイ、始まるよ。」


えっ?と辺りを見回すと、いつの間にか日も落ちてきて薄暗い。

そっか、もうこんな時間なんだ。

娘と遊んでいた子たちも、近所のママ友たちも、いつの間にか帰ってしまって姿も無い。

「じゃぁ、帰ろっか。」

娘と手をつないで、夕焼けに染まる公園を後にした。

晩御飯ばんごはんも家庭用アンドロイドが作ってくれるから心配ない。


何の心配も無い。


でも、時々ぎる、あの不安は何だろう?





遠い未来。

人類が、自然を完全に制御せいぎょして、いわゆる、天災が存在しなくなった未来。

人々の不平等ふびょうどうが無くなり、貧乏という言葉も無くなった未来。

だが、人は、果たして幸せになったと言えるのだろうか?



人の理性とは、理不尽なものである。



遥かはるか昔には、地震や雷、火事、オヤジ、といった災害が存在していたらしい。

オヤジという災害がどういうものかについては、今では記録も残っていない。

だが、人間はたゆまぬ努力、探求する知性、そして発展する科学の力により、オヤジ以外の災害を克服したのだ。


地面の揺れを吸収する、耐震たいしんプレート。

天を覆うおおう避雷ひらいドーム。

そして、耐火パネルで成り立つ建物が並ぶ街並み。

暴風ハリケーンが来ても、ドームの前には無力だ。

それに加えて、各種産業ロボット、アンドロイドが日常の業務ぎょうむを請け負い、人々が働く意味を失ってしまった社会では、過去にあったように、金の為に犯罪を犯すような意味も無い。



だが、それでも人は安心出来なかったのだ。



誰でも、幸せな瞬間に、ふと、不安がぎる事がある。

全ての災害を防ぐ、完璧都市パーフェクト・シティ

そのような所に住んでいてもやはり、人々の不安は尽きる事が無い。


なぜなら、人は何事もないと、余計な事を考えてしまう。

「幸せ過ぎて、怖いくらい」

「こんなに幸せでいいのかしら?」

そう言った言葉と共に、悲劇は始まる。

そして、

「あぁ、やっぱり。」

と心の奥で思うのだ。


だから、犯罪のない世界に、平穏は訪れない。

なぜなら、人の理性は、勝手に不安を想像するからだ。

少しでも、実際に、不安があるからこそ、理性は安心できる。

だからこそ、人々は、ホラー映画をみるし、悲惨なニュースを見て

心を静めるのだ


これは、理性というものが狭量で、

「全てが自分の手に負える」

状態を望むからだ。


この不安の元を理解している人の中には、

「いっその事、最後の災害『オヤジ』が襲ってきたりしないかな?」

などと冗談を言うものすら居た。

なぜなら、

「目の前の不安に取り組んでさえいれば」

理性が安心するからだ。


何事も無いからこそ、逆に不安になる。

好事魔多こうじまおおし。

ならば逆に、不安な事、ちょっとした災害が起こればいいのでは無いか?

だが、誰もそんな事を実行する人は居なかった。


そんな、出口が見えない不安の最中、一つのヒントが見つかった。


「鬼平とはなんだ?」

古い資料を漁っているうちに見つけた言葉。


『鬼平』


文献によると、大昔に、「江戸」といわれる都市の平和に尽くした人の名前で、「鬼の平蔵」というあだ名を省略したものだという。

「平蔵」というのは、どうやら、人の名前らしい。


では、「鬼」とは何か?

文献を調べた結果、「鬼」とは、人を襲うミュータントの事らしい。


「人を襲うミュータントが、どのように平和をもたらしたのか?」


今の状況に当てはめて、簡単に結論にたどり着いた。


つまり、「鬼平」は人を襲っていたのだろう。

お陰で人々は、「鬼平」以外の災害に悩む必要が無くなったのだ。


だが、実際に襲うのは問題があるな。

よし、地球外の生き物を襲うのなら問題が無いだろう。



かくして、スペース=オニヘイ プロジェクトが発足した。




暗い夜空に吹き上がる、赤い炎。

泣き叫ぶ悲痛な声。

逃げまどう人々。

建物は、今では見かけないような材質で出来ているらしく、わざとらしい程に火の粉を吹き上げていた。


この映像は、どこか遠くの都市での出来事。

街が無法者たちに襲われる様が配信されているのだ。

そして、それを指揮する一人の男。

その横には、この惨劇を余す事なく収め、配信するべく立ち並ぶカメラたち。

感情を表す事の無い非情な目は、悲痛な表情を浮かべる人々を映し続ける。


いつもの時間帯、ニュースの時間。

その終わりに放映される、「スペース・オニヘイ」とは、こんな番組だ。

人々は、画面に映される、非道な犯罪に涙する。


「世界では、今でもこのように非道な犯罪が行われています。

どうか、可哀想な彼らに、皆様の援助をおねがいします。」

続いて現れる、募金の口座。


「ママー、可哀想なあの子たちに、私の明日のおこずかいをあげてもいい?」

「まぁ、なんて優しい子なの!」

母親は、先ほどの不安など忘れて、可愛い我が子を抱きしめる。



「オニヘイ」が放映される時間には、各家庭では皆、このような光景が見られる。

そして、何事もなく一日が終わり

翌日に、自分の周りが無事であること

どこか遠くで痛ましい事件があったこと

それを確認して、安心するのだ。



だから今夜も、人々は願うのだ。


鬼平おねがい、どうか、何処かに犯罪を。



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鬼平おねがい 余記 @yookee

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