第15話
さて、アイリーンに教えてもらった通りに、ギルドにでも向かおうかな。他にやる事もないし。
と言う事で俺は今、大通りを歩いている最中だった。少しばかり遠回りになるが、下手に道を逸れると迷子になりそうだし、屋根だけを頼りにショートカットは出来ない。。
俺は、高校の入学式の次の日、道に迷って一限目に遅刻したと言う程度には方向音痴だった。なので、こういった時に無茶をするのはよくないのだ。
しかし。ただ歩いているだけではイベントも起きるような事は無く、きっちりと二、三分後には
「おかしい……。ただ、普通に歩いてきただけなのに何がいけなかったんだ。もしかして、あの時こっちに行った
うじうじ考えていたって仕方が無い。取りあえず、こういう時の鉄則、引き返す、を使おう。
くるりと、後ろを向いて気が付く。
「あれ、これ知らない道だ……」
ノリで進んできたのがいけなかったのか。
振り向いてもそこは、異世界だった。
辺りを見回す。どうやら、裏路地、と言う訳ではないが、それなりに人気の少ない、いわゆる生活道路に来てしまったようだ。
こういう時は、人に聞く、と思ったのだが、あかん。人がいない……。
その時、がさりと言う音がした。振り向いてみれば、出店の商品をいくつか持った少年がこの道に入ってきたところだった。
ちなみに、この世界の出店にビニール袋などと言う便利な物は無い。くれるのは、大きな植物と思しきものの葉っぱを、謎の繊維で編んだ、取っ手も謎繊維でできた袋もどきである。実はこれ、意外に丈夫で何かと重宝しそうなので、丁寧に畳んで、数枚所持しているし、実際すでにエベレスイートのケーキを二つ持って帰るのに使用している。お持ち帰りで、注文しておいたらしい。
少年も、その袋を片手に持っていた。もう片手には、岩窟丸鳥の焼きとり。
あ、やべ。満腹だったはずなのに、見てたら食いたくなってきた。後で、もう一回寄っておこう。
っと、それよりも早く話しかけなければ彼が行ってしまう。最悪、此処で孤独を愉しんでいてもアイリーンが迎えに来てくれるはずなので、問題は無いが、一人でギルドくらいは行きたい。
「申し訳ない、君。少しいいかな?」
こういう時、俺はそこまで人見知りしない。別の事で慌てていることもあり、どうせもう会わない、合っても気づかないだろう、と言った考えで、それなりに話せる。
「ふぁい?」
彼が、口に焼き鳥をほおばりながら振り向いた。見た目も、何処にでもいそうな少年。大通りでこんな服装の子供をよく見かけたような気がする。
子供が一人で出歩いているなんて、意外と治安がいいんだな、この街。小説とかの影響からか、こういう世界だと人さらいなんかが横行してそうなもんだけど。
ただアイリーン曰く、奴隷とかは居るらしいが。
「ちょっと迷ってしまって、道を教えて欲しいんだ」
彼は、んぐ、と焼き鳥を飲み込むと、明るく言った。
「良いですよ。何処へ行きたいんですか?」
「ああ、ええっと、ギルドに行きたいんだ。この街には来たばかりで、土地には明るくなくて……」
俺が行先を告げると彼は、どこか驚いたような顔をした。
「ギルドに行きたいって、お姉さんもしかして、登録する気ですか?」
お姉さん……ああ、そう言えばそんな見た目だった。やっぱり全然なれないな。
「いや違うよ、せっかくこの街に来たんだから、ギルドも一度見て見たくて」
「あ、成程。早とちりしてしまいました。ごめんなさい。それで、ギルドの場所でしたっけ? それでしたら、僕が来たこの道を大通りまで言って、そのまま左に曲がればすぐですよ」
おお、割と近そうだ。
「謝る必要はないよ。むしろ、教えてくれてありがとう」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。それではお気をつけて」
そのまま、彼は手を振りつつも行ってしまった。
俺も、軽く手を振返しながらギルドに向かう。
彼が言っていた通り思っているよりもずっと早く大通りに出た。そこから、すぐにギルドの正面に着くことが出来た。
「あそこって、思った以上に近かったんだなぁ」
呟きつつも、俺は、目の前の建物が纏う異世界感に圧倒されていた。
やっべえ。超異世界っぽい。
扉をひっきりなしにくぐる者は大抵が何かしらの武装をしている。革鎧を着て武器も、剣や槍、弓と言ったようなものから、黒ローブに杖の様なべたな物まで様々だった。
ギルドは、日本の一般的な民家の屋根をドーム型にしたような二階建てという外見をしていた。規模は、それなりに大きく、日本で言う豪華な民家と言った程度だ。
一瞬とはいえ、呆然としてしまったが、目の前でガシャガシャ音を立てて歩く冒険者に、現実へと意識を戻した。
鉄鎧もあるんだな、一回着てみたいわ。革鎧もだけど。
っと、そろそろお待ちかねの入場でもしようか。某ハンターゲームのようにギルドボードに
絡まれるのか絡まれないのか若干期待しながら、重そうな木で出来た、曇りガラスが付いている扉を押し開けた。
通行の邪魔にならないように僅かに横にそれてから、辺りを見回す。
中は、人であふれかえっていた。若干アルコール臭もする。てっきり男性ばかりかと思っていたが、それなりに女性もいるようで、固まって行動している集団や、二人組、一人でなんていうパターンもあった。
片側の壁際の丸テーブルやいすが、セットでいくつかおかれている空間はそこまで人は多くなく、集まっているのはそれとは反対側の壁際の様だ。
「おお……。すげえ……」
あれは休憩スペースかな? 何というか、こういう光景を見ていると、異世界に来たんだなぁ、と言う感情が湧き上がってくる。ただこんな時でもやっぱり、そこまで地球を懐かしいとは思えなかった。転生した影響か?
「まあ、いっか。取りあえずあの人だかりに何があるのか見に行くかな」
どうしてもああまで賑わっていると気になってしまうものだ。
っと、そう言えば何の目的もなく来ちゃったけど、問題は無いのかな? ……まあ、何か言われてから考えればいいか。
さっそく、と一歩踏み出そうとしたとき、ふいに背を向けた休憩スペースみたいなところから声を掛けられた。
「おいおい、お前みたいな小せえ子供が一体何の用だぁ?」
声に吊られて振り返ると、クマみたいな大男が気持ち悪い笑みを浮かべて話しかけてきていた。
うわ、酒くっせえぇ……。このおっさんすげえ酔っ払ってんじゃん。何か言われたらとは思っていたけど、お前みたいなのは望んでない。あ、でもテンプレな絡みと言う意味ではアリかもしれん。
よく見れば、おっさんの後ろにも、ひょろっちい酔っ払いがこっちを見ていた。多分仲間だろう。
おっさんは、大きさ太さは二倍程度違うが、バットみたいな形の棍棒の様な物を腰にぶら下げている。
ひょろ男は、小太刀を二本腰にぶら下げていた。
足元は共にふらっふらとまではいかないもののかなり酔っていそうだ。。
「あ、あにきぃい~、どうしたんですか~」
喋りもひょろかった。
「おう、ここに子供がいるんでなぁ。しかも一人で来てる見てえからちいと話をなぁ」
「そりゃ~いけませんねえ~、こんなところに一人でなんて」
意外に呂律も回っているな。
「確かに一人だが、そこまで子供でもないから、心配は無用だ」
絶対に心配しているわけではないだろうが、一応そう言ってみる。
「へえ、それなら問題ねえや。どうだい嬢ちゃん、ちょっと俺達と付き合わねえかい?」
絶対に御免こうむる。ってか、そもそも、男だって訂正すればいいような気もしないでもないが、それすら面倒だ。なんか、さらに絡んできそうで。
「へへへ、鬼蜘蛛狩りって言えば、流石にあんたくらいの歳でも知ってるでしょう? もっともBランクに近いCランク、それが~俺達のことよ!」
へえ、鬼蜘蛛ってアイリーンの種族だよな。ああ、アイリーンは
「いや、この街には来たばかりで、知らない。すまないが失礼させてもらう」
正直、こいつらに付き合っているのも馬鹿らしいので、さっさと人ごみに行こうとしたのだが、食い下がってきた。
「まあ、まあ、いいじゃあねえかよぅ。知らねえなら教えてやるよ、身体の芯までなぁ」
そう言って、げへへと笑う二人。
シンプルに下種そうな奴等だった。
とりあえず、見回してみるが、皆目が合っても関わってこようとはしない。まあ、面倒事には関わりたくは無いわな。
仕方が無いので無視を決め込み、去ろうとしたのだが、歩こうとしたとき腕を掴まれてしまった。
「おぅい、おいおい、つれねえじゃねえかよぉ」
ぞわっと、身体中に鳥肌が立つ。
「勝手に触るな」
反射的に振り払おうとした――のだが、耳にヒュー、と言う何かが降ってくるような音が聞こえ、思わず動きを止めた。俺の耳は転生してから非常に良くなっている。そのため、僅かにその音が聞こえたのだ。
そして、その時こいつらに、天罰? が下った。
バキバキバキッ!
天井が砕け散る音と共に白い物体が視界を遮って、地面に
これは、毛玉? いや、なんかこの糸、見た事あるぞ。……そうだ、アイリーンの糸だ。それの球? なんで空から? まさか、監視されている!? いやいや、それは無いな。多分。
とりあえず降ってきた天井を見上げてみる。そこには、空まで見える大穴と、それを補強するように張り付いた白い糸が見えた。
なんで、降ってきたのかは分からないが、少なくともアフターケアは完璧か。あ、いや、穴あきっぱだから完璧ではないわ。辺りを見回してみたが、けが人はあの二人組以外はいない。まあ、けが人が二人組だけってことだし、良しとしよう。ちなみに、あの二人組は白い球の下敷きになっている。
ギルドの中は先ほどまでの喧騒がうそのように静まりかえっていた。
暫く、俺も含め誰も声を発さない状況で、唐突に変化は起きた。球が、割れたのだ。
まるで、ガチャガチャよろしく横に真っ二つに割れ、上半分が開いて中から出てきたのは、一人の女性だった。頭を抱えて蹲っている。
「大丈夫か……?」
どうすればいいか、状況がよくわからないので、適当に声を掛けた。この子に何かアクションを起こしてもらわないと話が進みそうにない。
「う、うう…。あれ、此処は? 私、生きてるの?」
おい、アイリーン。この子に何をした。第一声が、生きてるの? っておかしいだろ。
「ああ、何かよくわからんが、お前は生きてるぞ」
下敷きになった奴等は分からんがな。ま、アイリーンが何とかしてるだろう。天井がああだったし。
「へ? あ、貴方は? ここはどこですか?」
「私はカース。そしてここはネウルメタのギルドだ」
「ネウルメタ……、ギルド……。はっ! そ、そうだ、早くマスターに伝えなきゃ! みんなが! 女の子が、蜘蛛なんだけど一人で!」
なんか、すげえ慌ててるな。何が言いたいのかわからん。
「ひとまず落ち着け。私はここに来たばかりだから、よくわからん。まず、深呼吸して、それでから、マスターとやらに話に行け」
「あ、はい。すー、はー……。良し、っとその前に、《
ん? 魔法か? なんか唱えてたな。へえ、そういうやり方もあるのか。でもシンシアは唱えたりだとかはしてなかったな。場所によって違うとかかな? 俺も真似してなんか唱えようかな。適当に名前付けて言うだけでも雰囲気でそうだし。
俺が、そうやって感心していると、彼女はゆっくりと立ち上がって声を張り上げた。
「みなさん! 落ち着いて聞いてください! いま、ネウルメタに鬼蜘蛛の集団が迫ってきています! 誰か、ギルドマスターを呼んでください。詳しくはその時に話します!」
その言葉に周囲がざわざわと色めき立った。
「おい、鬼蜘蛛だと? Aランク冒険者がパーティで相手をするよな魔物じゃねえか」
「マジかよ……」
「うそよ、鬼蜘蛛の集団なんて勝てるわけないじゃない」
「早く逃げなきゃ……」
「腕が鳴るな」
色々な感想が聞こえるな。鬼蜘蛛ってAランク冒険者のパーティが相手をするような魔物なのか。
一人やる気満々の奴もいるみたいだが。
「私が、ギルドマスターだ。その話、本当ならば、ここにいる冒険者も無関係ではない。ここで話してはくれないか」
ざわざわしていると、何やら、白髪の、同じく白いひげを生やした、老人のはずなのにどこか精悍な印象を覚える男が人ごみの中から進み出てきた。どうやら、あの人ごみの中に階段があったらしい。
「わ、分かりました」
彼女は、その老人の雰囲気に気圧されながらも話を始めた。
……なぜ俺を挟んで話をするのか。すごく気まずい。
==========
「そうか……。森から蜘蛛が……。しかも、竜の配下を名乗る女性が一人で、か」
ギルドマスターが確認するように言う。
それ多分、俺の連れです。ってか、何してんの、アイリーン。仲間の説得とかか?
「はい。カースと言う竜の配下だと話していました。申し訳ありませんが私はカースという名前は聞いた事がありませんが、本人は自分を鬼蜘蛛だと宣言していましたし、鬼蜘蛛四匹を一瞬で片付けてしまった事、そしてこのギルドの現状を作り上げた事からもその実力は確かです。なので、今は本当に配下であるのかを気にするよりも、その女性が一人で鬼蜘蛛の集団に向かっていってしまった事、そしてそこに未だ私の仲間がいることのほうが重要かと思われます」
あ、確定だわ、これ。カースって、もろ俺だし。
「そうだな。一々疑っていても仕方があるまい。それに本当に生まれたばかりで、王国が発表できていないだけかもしれん。しかし、鬼蜘蛛か。グランドたちが居て、その規格外の女性が居るとしても、集団を相手取る時は不慮の事故が起きないとは言い切れん。Aランクを、それも上位の実力者を二パーティは欲しい。できればSランクが欲しいが、今は誰もネウルメタに来ていなかったはずだ」
ギルドマスターは確認するように辺りを見回した。
「……ちょうど、Aランクが二パーティか。運がいいのか悪いのか。すまないが、Aランクの二パーティは、直ちにグランドたちの救出に出てくれ。今回はマスター権限を使用しての依頼だ。が、内容が内容だ。断ってくれても良い。その場合は別の案を考えよう。最悪は私が出る。どうだろうか」
ほう、ギルマス自らって事はギルマスって強いのかな。こういうのでよくあるのは、高ランク冒険者が引退して~ってパターンかな?
「拒否するつもりはない。グランドたちも知らない仲ではないしな」
「私たちも同意見だね。アイツラとはたまに飲み合う仲だ。断る理由はないかな」
人ごみの中から男女それぞれ一人ずつが言葉を返す。あの二人が話に出ていたAランクのパーティリーダーなのだろう。
「そうか。ありがとう。では頼む。グランドたちならばおそらく死なずに、徐々に戦線を下げるなどして食い下がっておるだろう。できるだけ急いで現地へ向かってくれ。それと、確か、フィーリア、だったか。君には案内を頼みたいのだが、行けるか?」
「はい。お任せください」
「頼んだ」
会話を終えると、二パーティと、フィーリアと名乗った女性は準備を始めた。まあ、準備といっても急ぎだからか、ざっと装備の点検をするくらい見たいだが。
「準備ができ次第教えてくれ。私も門まではいく。そこで集団が見えれば、そのまま迎撃態勢を都市の衛兵と協力して整える。見えなくとも、いくつかの班に分かれて迎撃態勢を万全のものとする」
なんというか、ギルド内部の空気がピリピリとしたものになっている。
せっかくだから、俺もこっそりついていこう。
「マスター、準備できたぞ」
先ほどのAランクのリーダーの内、男のほうが代表としてギルマスに告げる。
「わかった。では、ここにいるAランク以下の冒険者に告ぐ。Bランクは、領主に――」
てきぱきと一分もしないうちにすべての指示を行い、ギルドを出立した。
ちなみにだが、例の下敷きになった二人は、毛玉の下で繭のようになっていた。予想通りアイリーンがどうにかしたようだ。
現在は、防壁を目指して、全員が駆け足だ。俺は、その少し後を堂々とついて走っている。
ギルドを出る際に、中にいる冒険者以外の全員に、街まで行く者はついてくるようにと言っていたので、便乗させてもらったのだ。恐らく依頼に来ていた一般人で、家に帰る人たちだろう。俺も実際、街まではいくつもりだったので、嘘は言ってないし問題は無い。
徐々に速度を緩めたのか、気づけば、隣にはフィーリアが駆け寄っていた。
彼女の役割は道案内だが、流石にまだその時ではないのだろう。
「さっきはありがとう。あなたのおかげで冷静になれた」
「いや、お礼を言われるようなことはしていない。ただ、普通に会話しただけだ」
どうやら、お礼を言いに来たらしい。ずいぶん律儀な子だ。
「それがありがたかったんだよ。もう知ってるとは思うけど私はフィーリア。あなたは?」
「私は先ほど名乗ったはずだが、カースという」
「あれ、そうだっけ。ちょっと気が動転してて聞き逃しちゃったみたい。そうか、カースちゃんか」
「いや、私は男だ」
「ありゃ、そうだったんだ。ごめんね。見た目が女の子ぽかったからつい。でも言われてみれば、男の子に見えるね」
やっぱ、微妙な見た目なんだな。
「いや、訂正したがそこまで気にはしてない。よく言われるし」
「そうなんだ、私だけじゃないんだね」
「ああ。店員にも間違われたよ。ところで、フィーリアはずいぶん余裕に見えるが、いいのか?」
「んー? ……ああ、仲間のこと? うーん、私はみんなを信頼してるから、ね。助けさえ呼べればあとはどうにでもなると思って」
そう話す彼女の表情には先ほどの焦りや、曇ったような雰囲気は感じられなかった。どうやら、本心のようだ。
心のそこから信頼しているんだな。……少し、うらやましいな。
「そうか。なら問題ないな」
「うん。カース君はどのあたりに……あれ? そういえば、カースってどこかで聞いた気が……」
あ、そういえばフィーリアって、知ってるんだっけ。
どうやら、冷静になって、俺の名前に聞き覚えがある事に気付いてしまったらしい。
ばれたかな? 面倒なことにならなければなんでもいいんだけど。
「あっ! そうだよ、カースって、さっきの女の人が――」
ちょうどフィーリアが何かに気付いたとき、辺りにびりびりと大気を揺らし、爆音が響いた。
「きゃ! な、なに!?」
ああ、これは、嫌な予感がするなぁ。具体的には面倒事が向こうから転がり込んでくる予感が。
異世界に来たら竜でした。 @misura
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