第100話 夏の始まり
青い海、白い砂浜。
「……あちぃ」
ブルーシートの上、水着姿の朝陽が呟く。
朝陽は海に来ていた。
燦々と輝く太陽を遮る雲はひとつとしてない。
真夏の日差しを全身に受けながら、体力がじわじわと奪われる。
それはもちろん直射日光による影響が大きいのだが、隣から漂う並みならぬ熱気が暑苦しくてたまらなかった。
「うおおおおおお! 海なんて久しぶりでテンション上がるなあ!」
胸元の剛毛を惜しげもなく披露する水着姿の大男。朝陽の父、和明は年甲斐もなくはしゃいでいる。
当然、周囲からは怪訝な目が向けられた。
――連れてきたの間違いだったか……?
和明が車を運転したので
「それにしても朝陽と冬華ちゃんがなあ……」
和明が太い腕を組んで、うんうんとしみじみ呟く。
数時間前に記憶を遡れば、朝陽と冬華は交際報告をするため火神家を訪れていた。
建前として火神家+冬華で海水浴に行く計画を立て、その実は交際報告という算段だったのだ。
そして今に至るのだが、和明はいつもに増して騒がしい。
それだけ朝陽と冬華が付き合ったことが嬉しかったのだろうが、当事者としては非常にむず痒かった。
「ねえねえ、さっきの人の筋肉凄くなかった?」
「えー、どれ?」
「ほら、後ろの」
「本当だ、プロレスラーみたい」
通りすがりの若い美女二人が和明を尻目にきゃっきゃと過ぎ去っていく。
「……ムキッ」
「なにアピールしてんだよ」
すぐ調子に乗る和明に、朝陽は呆れてため息をつく。
こういうときは決まって痛い目に合うというのに懲りる気配がない。
「久々に海へ来たが、いい眺めだなあ」
「へー。その眺め、私にも見せてくれる?」
鼻を伸ばしていた和明の背筋がぶるりと震えた。
おそるおそる振り返るとそこには涼しげな顔で見下ろす透子の姿が。
「待たせたわね」
黒の三角ビキニに身を包んだ透子が和明の隣に腰を下ろす。
そのプロポーションは年齢と見た目が一致せず、周囲の男たちの注目が集まるほどだった。
先ほど通りかかった美女と比べても同世代に思えるくらいだ。
「それで? 何を見てたの?」
「いやー、海が綺麗だなって」
「そうね。言うことはそれだけ?」
ひんやりとした圧が和明だけでなく朝陽までも届く。
「透子さんが一番綺麗です」
「よろしい」
我が家の力関係を目の当たりしながら、朝陽はクスっと笑う。
その背中を突然影が覆ったが、太陽は真上で容赦なく照り付けたままだ。
「お待たせました」
その透き通った声に朝陽はゆっくりと目を向けた。
それから視線の先に釘付けとなり、口をあけっぱなしで呆けてしまう。
「そ、そんなに見ないで」
視線の先には最愛の彼女がいた。
それも青を基調とした水着姿で。
「めちゃくちゃ似合ってる」
「ありがと……」
顔を赤らめて冬華は恥じらいを見せる。
ワンピース型の水着は上下にフリルがあしらわれており、波風に吹かれて可愛らしく揺れた。
全体的に露出が控えめだが、普段着よりは肌色が目に入る。
「……冬華、これ羽織っとけ」
「えっ、でもせっかくの水着が」
「いいから」
冬華は首を傾げるも、朝陽から手渡された薄手のパーカーに袖を通す。
「青春だなあ」
「ふふっ、そうね」
生暖かい視線が刺さるのを無視して、朝陽は彼女の耳元でそっと囁いた。
「あまり俺から離れるなよ」
「はへぇ!?」
いきなりキザなセリフを告げられて、冬華の肩がビクッと跳ねた。
朝陽としては特に深い意味はなかったのだが、あまりに直接的過ぎるので冬華としては心臓に悪い。
「その、なんだ。ナンパとかされるかもしれないだろ」
「ああ、そういう……」
ほっと胸を撫でおろす冬華に、今度は朝陽が首を傾げる。
「大丈夫」
やけに自信を持った宣言だった。
「離れるつもり元からなんてないよ」
太陽に負けず劣らず眩しい笑顔に、朝陽は適わないなと笑みをこぼす。
夏の暑さにやられてか、身体中が熱を発していた。
【あとがき】
お久しぶりです。
1年半ぶりの更新らしいです。
マイペースにも程がありますね。
一応、これで記念すべき100話です。
リハビリも兼ねて朝陽と冬華が付き合ったその後を投稿していくので、気長にお待ちいただけたら嬉しいです。
※99話で連載告知した漫画版『氷の令嬢の溶かし方』が最近完結しまして、全3巻が発売中ですので是非ご購入ください。
氷の令嬢の溶かし方 ~クールで素っ気ないお隣さんがデレるとめちゃくちゃ可愛い件~ 高峰 翔 @roki3001
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