番外編:バレンタイン
明日はバレンタインデー。
大好きな人にチョコを渡す一大イベントだ。
手作りで渡したい。
でも私はチョコを手作りをしたことがないのである。料理をしたことすらないのだ。
なので、一から勉強しないといけない。千草に喜んでもらう為にも。
だから今、私は本屋で『絶対喜んでもらえる手作りチョコ100選! これで彼の胃袋を掴んじゃえ!』という少し頭の悪そうな本を目が充血するほどに読んでいる。
そんな私自身も頭が悪いのかもしれない。
「千草は喜んでくれるのかな? まずいとか言われたらどうしよう。千草なら言いかねないよなぁ……」
一応、何が食べたいかは聞いてはみた。
フォンダンショコラってのが、好きらしい……。
さては、違う女から貰ったことあるなぁと思ったけど、私は歳上だし、過去のことなんて気にしないのよ! ふんっ! ……誰からもらったんだろう。
だめだめ! そんなの気にしちゃ!
今は目の前の事を考えるの! 頑張れ霞! 千草を喜ばしてあげるの!
*****
とりあえず千草のリクエストのフォンダンショコラを作る事した。
材料は先程読んでいた頭の悪そうな本にも載っていたので、本を購入して、書いてある材料をスーパーで買ってきたのだ。
念には念をと、二回ミスしても三回目と使えるくらい大量に買い込んてきた。
ふっふーん! これなら安心!
キッチンの前に立ち、エプロンをつけ、肩まで伸びた髪を気合を入れる為に軽くお団子ヘアーにした。
「霞、お願いだからキッチンを壊さないでね……?」
「ちょっ! お母さん!? 失礼すぎるよ! 流石の私でもそこまでならないから!」
「心配だわ……お母さんも手伝おうか?」
手伝ってくれるのは嬉しいけど、なんか素直に手伝ってって言えないからね!?
「大丈夫だから! 愛を込めて作ればできるよ!」
「その発言がもうダメな気がするよ……」
お母さんは不安な表情で私の行動を見ている。
そんなに見られると逆に失敗しそうだからやめてほしい。
「ちょっと! こっち見過ぎ! あっち行っててよ!」
「……でも、心配で心配で」
「大丈夫だから!」
——30分経過。
「わぁーーーー!」
ボンッと黒煙を上げる、オーブンレンジ。
「やっちゃった……」
大きな足音をたてて、キッチンへと来た母。
「やっぱり……もう、見てらんない! 手伝うから、本見せて!」
「うぅ、ごめんなさい……愛が足りなかったみたい……」
「愛は関係ないのよ!」
ペチッと頭を叩かれた。痛い……。
「何この頭悪そうな本! 霞もいよいよね……」
「ちょっと!? 娘になんて事を言うのさ!」
「いいから準備しなさい!」
それから私はみっちりとしごかれ、無事に愛のこもったフォンダンショコラを作る事に成功した。
ほぼお母さんがやってくれたというのは千草に秘密でね?
*****
2月14日になり、学校へと向かった。
電車を降りると、勿論の事、うちの高校の生徒ばかりで、女子はやはり荷物が多い。
バレンタインデーという、女子が好きな男子にチョコを渡す一大イベントだけはある。
靴箱に入れたり、好きな男の子の机の中に入れといたりと、色々渡す方法はあるが、私は彼氏に渡すからちゃんと直接渡すのだ。
学校へと続く坂道を登っていると遠くの方に女の子からチョコをもらっている男の子がいた。
………千草じゃん。
「むー! 私が1番なのに!」
急ぎ足で千草の元へ向かおうとすると、彼は車止めのポールに座り、そのチョコを食べ出した。
信じられないっ! 普通彼女のを1番に食べるものじゃないの!?
むんむんと、怒りながら千草の目の前に立つ。
「あ、おはよ、霞。今日は何色?」
「ねぇ、今他の女の子からチョコもらってたよね?」
「うん。休憩がてら食べたけど、普通にうまかった」
「なんで! なんで食べるの!?」
「なんでって、そりゃせっかく貰ったんだし食べるでしょ?」
1番は私の食べて欲しかったのに……。もう、知らないっ! 千草のばか。
「はい」
そう言って、左手を出してきた。
当たり前かのように。
むかつく! 何、その余裕ぶった態度! 千草のそういうとこ嫌!
私はバチンッと手を叩き返し、学校へと向かった。
「痛っ! 何そんなに怒ってんの? 嫉妬?」
「うるさい、ばか千草」
「可愛いなぁ」
私の隣に普通に並んで歩いてくる。
ただ無言で横を歩いてる。
「ねぇ、私が1番にあげたかったんだけど!」
「そりゃ残念。俺は霞に1番にもらっても最後に食べる予定だから」
なんで? 一番最初にたべてよ。なんで意地悪するの?
「うぅ、……っすん」
「意地悪とかじゃないから……ごめんって霞。泣がないでよ」
「じゃあなんで……なんで1番じゃないの……」
「そりゃ好きな人だからでしょ」
「意味わかんない……」
「好きな人がくれたものは、最後に食べた方がずっと覚えていられるから。一番最初に食べちゃったらさ、もし他の人にもらったらそれも食べるでしょ? 味忘れちゃうじゃん。上書きされちゃうからね。霞のは最後にゆっくりじっくり食べたいの。わかった?」
「うん……でも、なんか嫌。私以外の人の食べないでよ……」
「もう可愛いやつだなぁ! うりうりっ!」
頭をうりうりされ、抱きしめられた。
「ごめんね。もう食べないから。約束する」
まだ痛々しい右手の小指を出し、左手で私の右手を取った。
小指を結び、ゆびきりげんまん。
「嘘ついたら、何にする?」
「たくさん私をぎゅーする……」
「何それ、俺得じゃん。嘘ついちゃうよ?」
「だめ……じゃあ、校庭で愛を叫ぶで」
「げっ、それは嫌だ」
嘘ついたら校庭で愛を叫ぶ事に決定した。
私達、校門で何やってるんだろうか。
いつしか周りから、めっちゃ見られてるし、校門で立ってる野木先生も困り果てた顔をしていた。
「月城! そういうのは家でやれ」
「うおっ! 野木セン!? いたのかよ!」
「ずっと居ったわ! このお花畑野郎どもが! 早よ教室行け!」
急に恥ずかしくなってきた私は、そそくさと教室へと向かった。
*****
「おはよー」
「よ、千草! 愛しの霞先輩からチョコはもらったか?」
「いや、まだもらってない」
理由を説明すると、晴人は笑った。
「お前らしいっちゃらしいけど、霞先輩の気持ちも分かるよ。お前は最低だ」
「最低か? 貰ったものは食うしかないだろ。捨てる方が最低だぞ。せっかく作ってきてくれたものなんだから」
「あの事件からお前はモテるようになったもんな? 随分と。腹立つわまじで。お前を助けてやったのは俺なのになぁ?」
そんなこと言われても困る。確かに感謝してる。晴人がいなかったら、俺は死んでいたかもしれないのだから。
だけどな? それとこれはまた話が別だろうよ。
「おっはー!」
元気よく片手をあげながら挨拶をしてきたのは、きさ。
何やら手にチョコレートの入ってる箱を持ってますな?
「はいこれ。義理チョコ。あくまで義理だから、千草はね!」
ん? 俺は? という事は……?
「晴人にはこれね、はい! 本命!」
うぉっ!? まじか!? まじなのか!? いつの間にそんな関係に!?
「あぁ、そういえば言うの忘れてたわ。俺、きさと付き合う事になったんだ」
言えよ。おい、言えよ。
「まじか! おめでとう! いつ付き合ったの!?」
「うーん、冬休みだな。ちょくちょく遊びに行ってて、な?」
「うん。そうなの。なんか恥ずかしいな……」
「なんでもっと早く言ってくんないの! めっちゃめでたいやん!」
「ほら、あれだよ。お前霞先輩とばっかいたし、まあいっか? 的な感じ?」
「何はともあれ、おめでとう!」
「「ありがと」」
一応、きさにも義理チョコを貰ったが、霞との約束を守るためこれは食べないでおこう。ごめんね。いつか食べるから。
*****
学校は終わり、霞と俺の家に向かう電車の中。
「学校であれからチョコ貰った?」
「貰った。きさから」
「むむ! 有川ちゃんまだ千草の——」
「それなんだけど、晴人と付き合ったらしいよ」
「え!?」
その声の大きさで、電車に乗ってる人がこっちに注目する。
「しっ! みんなびっくりしてるだろ。大きい声出すな」
「ごめんごめん。驚いちゃって……」
まあ驚くだろうな。俺もそうだったし。
「だから義理チョコをもらった。友人としてね」
「そっかそっか! 晴人くんも春がきたかぁ」
嬉しそうに笑っているけれど、それはきさが敵ではなくなったから喜んでるのだけでは? と思ってしまう。
「早く家に帰って、霞のチョコ食べたいなぁ」
「うんうん! 早く食べて欲しい! 頑張ったんだからね!」
ぎゅっと腕に抱きついてくる。
相変わらず抱きつくのが好きらしい。彼女はどこかれ構わず普通にくっついてくるので、ちょっと考えて欲しい時もあるが、可愛いので許す。
彼女がいない奴から見てみれば、むかつくだけだろうけど。俺も付き合ってない時はそうだったしな。
そして家に着き、鞄の中から箱を取り出して、
「はい! お待ちかね千草のリクエスト、フォンダンショコラ!」
「まじで!? 作ったの?」
「うん。何回か失敗しちゃったけど、お母さんに手伝ってもらって……何とかできました。不味かったらごめんね……」
急に自信なくなる霞もまた可愛いのである。頑張って作ってくれたんだろうと思うと嬉しくて仕方がない。
「何貰っても霞からだったら全部嬉しいよ。本当にありがとう」
「うん。早く食べて食べて!」
箱からフォンダンショコラを取り出し、電子レンジに入れる。10秒くらい温めて食べると、中のチョコが染み出して冷たいやつよりも美味しくなる。
「千草は物知りだね。普通はレンジで温めるの知らないよ?」
「昔、食べた事あるから。そのくらい知ってるよ」
「昔って……」
温め終わり、いざ、実食。
ぱくり。じわりと滲み出てくるチョコがほんのりと温かくて美味しい。そして、懐かしい。
「美味しい……母さんの事を思い出すよ」
「お母さん?」
小さい頃に作ってくれた。母のフォンダンショコラは記憶にずっと残っている。
「小さい頃に作ってくれたんだ。それが食べたかったから霞にリクエストしたんだよ」
「そうなんだ。お母さんには流石に負けるかもしれないけど……」
「そんな事ないよ。めっちゃ美味しい」
「本当!? よかったぁ……」
3個もあったのに、あっという間になくなってしまった。そのくらい霞が作ってくれたフォンダンショコラは美味しかった。
「ご馳走様でした。すごくおいしかったです!」
「喜んでくれてよかった!」
霞はそう言いながら、鞄の中をあさり始め、一枚の手紙を取って渡してきた。
「何これ?」
「ラブレターだよ」
「今、読んでいいの?」
「うん」
『千草へ
あの日から随分と時間が経ちました。偽って逃げていたばかりの私を怒ってくれたのは千草だけだったよ。あの時から私は変われました。千草のおかげ。辛いこともたくさんあったけど、今はそれを吹き飛ばすくらいにとても幸せです。あなたに会えてよかった。色んなところにも出かけて、たくさん思い出を作っていこうね。大好きです。 霞より』
「ありがとう。俺も好きだよ」
「うん。私も」
「こっちおいで」
こちらに来た霞の手を取って、小さくて華奢な身体を抱きしめる。
「手紙もチョコもどっちも嬉しかった。本当にありがとう。霞大好き」
「私も大好き!」
屋上で出会った君は、学校一の美女(ビッチ)でした。 えぐち @eguchi1
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