第210話 明日も明後日も明明後日も



 夕食後も楽しい時間は続く、大人達は酒を飲み子らの成長に嬉しさのあまり泣き上戸。

 酒の飲めない妊婦が多い子世代は、引き続きゲームを楽しんで。

 そんな中、英雄は一人そっと家を出る。


(火照った体に、冬の寒空が気持ち良いねぇ……)


 言うなれば、ちょっとした散歩である。

 今日は激動の一日だった、ならば多少なりとも感傷的な気分になるというもの。

 英雄は、アパートまで歩いて。


 時間はさほどかからない、そもそも新しい家の場所。

 つまり元々フィリアだけが住んでいた家は、あのアパートの近所だ。

 近付くにつれ、気のせいかもしれないが焦げ臭い気がする。


「あちゃあ、思ったより焼けちゃってるなぁ……」


 灰色だった外壁は見事に黒こげ、未来の報告ではフィリアが施した耐火工事のお陰で中は無傷で済んでいるらしいが。


「ま、引っ越し終わっちゃったからね。ここは普通に貸しアパートにでも……うん? もしかしてそれって、この歳で家賃収入で遊んで暮らせるっ!?」


 それは甘い誘惑であった、実際に借りる人が出てくるかも、そもそも貸し出すかも未定だが。

 お嬢様と結婚したとはいえ、庶民魂を忘れない英雄にとって、不労所得は甘い誘惑。


「落ち着け……落ち着け僕っ、自分でも分かってる筈だよっ、僕は――不労所得があるとダメになるタイプだってっ!!」


 息抜きの時間があるからこそ、人生を楽しむという発想が産まれるのだ。

 遊び一辺倒では、……次第に、楽しむというコトを忘れていって行くかもしれない。

 それが、英雄には何より怖い。


「――……あ~~、いったん落ち着こう」


 向かいの公園へ行き、ブランコに座る。

 そして項垂れると、奇しくもあの時のフィリアと同じ姿で。


「これでフィリアが来れば完璧だったんだけど」


「ふむ、私がどうかしたか?」


「あれ? どうしてココに?」


「実は後を追いかけて来たんだ」


「え、それってもしかして……見てた?」


「ああ、君が変なことで悩んでいるのをじっくりと見て聞いた」


「声をかけてよっ!? ちょっと恥ずかしいじゃんっ!?」


「タイミングを見計らっていたんだがな、英雄はブランコ向かったじゃないか。ならば、座ってから話しかけるのが道理というモノだろう?」


「ほほう、分かってるね。じゃあ僕が次に言う台詞も分かる?」


「勿論だ、さあ何時でもいいぞッ!」


 胸を張って微笑むフィリアに、英雄も笑って。


「――君が犯人だねっ! 僕の大切なモノを奪ったのはフィリアだねっ!」


「いや待て、妙なアレンジを加えるんじゃない」


「家が燃えて、ブランコで項垂れる。でも状況も意味合いも違うじゃん? ならこれが相応しいってねっ」


「まったく……君というヤツは」


「でも好きでしょこういうの」


「君が好きだから、私も好きになったんだ」


「それは光栄、じゃあこれから尋問を始める!」


「面接ではなくてか?」


「ああ、尋問さ。――だってフィリアは僕の大切なモノを手に入れたからね」


「成程?」


 心当たりは沢山ある。

 ある意味、彼女は夫の大切なモノを沢山手に入れて来た。


「分かったぞ、……私は君の童貞を奪った!」


「下ネタっ!? いや違うでしょ!? もっとロマンチックに!」


「贅沢なダーリンだな、ではポテチだ」


「それゲーム大会の前にやったよね?」


「パンツ」


「え、もしかしてまだ盗んでるのっ!?」


「ふふふ……、君の昨日の使用済みボクサーブリーフは私のポケットの中だ」


「せめて洗ったのにしてよっ!? というかロマンチックの欠片も無いっ!」


「では――――、それは貴方の心です」


「金ローでやってたカリオストロっ!? いや間違ってはいないけどっ! もうちょい自分の言葉で言ってっ!?」


「ならば旦那様、答えをどうぞ?」


 フィリアの差し出す手を取って、英雄はブランコから立ち上がる。


「…………人生、フィリアは僕の人生そのものを得たんだ」


「それは興味深い台詞だ、詳しく聞こう」


 すると夫は妻と繋いだ手を持ち上げて、彼女の手の甲にキスをひとつ。


「僕を好きになってくれて、愛してくれてありがとうフィリア。僕はもう、君しか見えない。君の隣が僕の帰る場所だ」


「…………ふむ、それはつまり。なんだ? ええっと――」


「あれ? フィリアってば照れてる? いつも似たようなコト言ってるじゃん」


「ばか、……あらためて言われると照れる……」


 頬を赤らめてそっぽを向くフィリア、何度も見ている光景の筈なのに、何故かとても新鮮に見えて。

 とても、綺麗に見えて。

 とても、美しく見えて。

 とても、可愛く見えて。


「――――キスして良い?」


「ばか、聞くな……」


 か細い声、瞳を閉じたフィリア。

 英雄はそっと唇を近づけて。

 ただ、軽く押しつけるだけの口づけ。

 

(幸せって、やっぱこういうコトなんだねぇ)


(何度キスしても……、嬉しさというものは色褪せないのだな……)


 一度、二度、三度、角度を変えてもう四度五度。

 顔を離してみると、彼女の青い瞳は潤んで。

 ――それが、何より愛おしく感じた。


「しまったな、これが冬じゃなけりゃ、家の中だったら押し倒したのに」


「時と場合と状況を考えろ、……これは君の台詞だろう?」


「おっと、一本取られたかな?」


「少し残念だが、今後はキスひとつでも考えなければいけないな……」


「え、何で?」


「子供の教育に悪いと思わないか?」


「そうだったね……、でもさ、両親の仲の良さをアピールするにはキスするのが一番じゃない?」


「ふむ? ……それは一考に値するな」


「子供の前ではキスに舌は入れない、それぐらいで良いんじゃないか?」


「いや待て英雄、母さんと父さんは舌を入れていたぞ?」


「え、マジでっ!? …………そういやウチもそうだったっ!? これって普通なワケ?」


「違うだろう、……違うよな?」


「だよね、違うはず……だよね?」


 急に不安になってくる二人、果たして子供の前では何処までイチャイチャして良いものか。


「――これは難問だよフィリア」


「そうだな、重大な問題だ」


「僕らだけで答えが出ると思う?」


「結論は二人で出そう、……だが、その前にサンプルが足りないと思わないか?」


「だね、じゃあさっそく帰って聞いてみよう!!」


「うむ、ならば帰還しようではないかッ!!」


 二人は意気揚々と歩き出して、はたと英雄は足を止めた。


「うむ? 何か足りない物でもあったか? コンビニに行くのか?」


「いやさ、あの時の様に君をお姫様抱っこするべきかって」


「…………いや、必要無い」


「あれ? 僕はちょっとしたいんだけど」


「私もそうしたいが……、今の私はお姫様じゃなくて君のお后様だからな。英雄が言ったんだぞ、あの時とは違うと」


「なるほろ、じゃあ僕はフィリアを丁寧にエスコートすべきだね」


「エスコートと言うより……腕を組んでくれるだけで良い」


「おおっ、それは何だか夫婦らしいっ! 良いね大好きだよっ!」


「そうだろうそうだろう、では旦那様?」


「腕をこうして……はい出来上がりっ!」


「では行こうッ!」


「いざ行かん新しい我が家へっ!」


 二人はお互いの体温を感じながら歩く、楽しそうに笑いあいながら歩く。

 きっと明日も明後日も明明後日も、……その先ずっと。

 二人の間に、子供が出来てその手を握って歩いて。

 楽しく暮らすのだ、その為の第一歩は。


「せーのでドアを開けようよっ!」


「よし来た、そうしようではないか!!」


「じゃあ行くよ、せーのっ――」


「「――――ただいま!!」」


 賑やかなマイホームに、英雄とフィリアは足を踏み入れた。





 ――――完。



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○○○○彼女と楽しく同棲する方法 和鳳ハジメ @wappo-

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