《最終話 晩秋》 ふたたびゲートキーパー ケイ

「ねえ、あんた最近なんだか若返ったんじゃない? ケイ」


 同じく、掃除係から育児係へと出戻りのアケミがわたしにそう言った。


「そう思う? わたしもそんな気がしてるんだ」


 突っ込んでいた部屋から顔を出してわたしはアケミに答えた。新しい幼い妹たちに花粉団子をやる合間、わたしたちは一息ついた。


「なんだろう、なんていうのかな、考え方が若くなったって感じ。それに身体もついていく、みたいな」


 わたしたちは、成長とともに仕事の持ち場が変わっていくけれども、手が足りなくなったり、急を要する場があれば、その部署のヘルプに行くことがある。わたしはゲートキーパーから晴れて採集バチのポジションについたのだれど、現在は最初の育児係に逆戻り。せっせと育児しているのだ。そのせいかな。なんだか、※1 昔を思い出して若返ったような気がする。


「最近、若い子たちが産卵してるの知ってる? 一つの部屋に数個ずつ」


 アケミが声を潜めた。


「あの子たちは女王でもないし、交尾もしていない。生まれるのは雄蜂ドローンよ」

「仕方ないわ。王女が死んで、女王物質が切れたのよ」


 王女が口移しで巣のワーカーたちに分け与えている女王物質が無くなると、わたしたちは本来の女に戻る。もともと、わたしたちワーカーにも産卵機能は備わっているのだ。女王物質にてそれを抑え、母の機能を削除していたに過ぎない。

 若い妹たちは、※2 産卵欲がよみがえり部屋の中に卵を産み付ける。


 この前、女王が死んだ。

 わたしたちは前回のように急遽、生まれて二、三日の赤ちゃんたちの中で女王を選び、仕立てあげようとした。だけど、今回は上手くいかなかったのだ。

 若い妹たちに奇妙な病気が流行り、うまく子育てできない状態になった。ただ体力がなくなって弱るだけじゃない。病気になった妹たちは飛行能力を失い、おかしな行動をとるようになった。

 巣の外に出て、遠くに離れるわけでもなく、巣の周りをひたすら徘徊し始めたのだ。

 恐ろしい病気だ、と思う。


 でもわたしにはその病気の正体がわかっていた。

 過去にわたしがゲートキーパーだった時に、リエが持ち帰ったもの。あのとき、彼女が何か恐ろしいものを連れてきたのだ。

 あの時のわたしに何か出来ることはなかったのだろうか、と悔やんでも悔やみ足りないけれども、何度考えても解決策が思いつかなかった。これは不可避なことだったのかもしれない。

 オオスズメバチより邪悪なものがこの世にはあるんだ。

 ※3 オオスズメバチが襲撃する以前より、その何かは気づかないうちに私たちの世界を既に浸食していたのだ。


「多分。いえ、きっと。私たちの世界は冬を越せずに終わるわ」


 女王を失った時にそれは決定した。

 もう、交尾飛行の時期は過ぎていた。運良く、新女王が育てられたにしても彼女は処女のままで終わり、産むのはドローンの卵しかない。


「巣別れのとき、わたしの母旧女王バチについていくべきだった」


 アケミが呟いた。


「選択を誤ったわ」

「それはどうかな。わかんないわ。あの最後の巣別れのときは、時期が遅過ぎた。あの時期からじゃ、冬を越すだけの食糧の貯蔵は間に合わないかもしれない」


 タイミングが一族の運命を左右する。

 いくら、ワーカーが多くていい働きをしたとしても間に合わないときはある。


「そうか。そうね。あっちに行ったとしても、無事でいられたとは限らない」


 わたしの言葉にアケミは頷いた。


「ねえ。ケイ。この世界が終わるまで、そのときまであたしたちは何をすれば良いのかな」

「……妹たちを育て上げるだけよ」


 わたしはお腹が減ったとねだる妹に部屋の中に首を突っ込んで花粉団子をあげた。

 美味しそうに花粉団子を食べた妹は可愛らしく無邪気に喜ぶ。


「それでも。この子が成長したとしても冬が越せないのは悲しいけど」


 既に何匹かのワーカーは仕事を放棄していた。彼女たちは、ウロウロしたりジッとしたり、各々が時間を持て余している。


「あたしは自分が死んでも、この世界は永遠に続くんだと思ってた」

「わたしもよ。アケミ。女王が変わっても、わたしたちの世界は続いていくんだと。だから、安心していた」


 女王が産卵し、わたしたちが育て、そして仲間を増やし、巣別れして繁殖していく。


「この世界が終わるのは寂しいわね」

「自分が死ぬとき、その時貴女は何を思う? ケイ」

「さあ。わたしは死ぬときは採集バチの仕事中だと思っていたから。花の中で、とか予想していたんだけど」


 まさか、最初の育児係で最後を迎えるなんて思わなかった。


「それでも……この世界は決して悪くなかった。そう思うの」


 わたしは何故だか一匹のドローンを思い出した。

 わたしがオオスズメバチの前で立ちすくんだ時に、わたしの前に飛び出てきた出来損ないのオスバチを。

 あれにはびっくりした。アイツは何を思って、あんなことをしたんだろう。身体も出来損ないだったから、頭の方も悪かったのかもしれない。それともオオスズメバチの攻撃に混乱して、錯乱しちゃったのかも。

 でも、あの時アイツのおかげでオオスズメバチに攻撃するきっかけが出来たんだから感謝しなきゃいけないかもしれない。功を奏してわたしたちはオオスズメバチの襲撃から巣を守り通した。

 ドローンも役に立つんだ。そうだ、わたしたちの仲間の一人なんだから。

 あの時、そう思ったのを覚えている。


「わたしたちは女の機能もなく、処女のままで子も産めなかったけど。それでも、いい仕事をしたわ。そうじゃない?」

「そのとおりよ、ケイ」


 アケミは担当の赤ちゃんの機嫌をとるために、部屋に頭を突っ込み、あやしてやった。


「あたしたち、まだまだ死ねない気がするの。きっと長生きするわよ、ケイ」

「同感よ」


 大好きなこの世界が終わるまで。

 わたしは働き続ける。


 部屋の中でスヤスヤ眠る小さな妹をわたしは微笑みを浮かべて見つめた。







 ※1 若返り作用……採集バチを育児係に戻させると、脳の活性化など、若返り作用がみられることが最近の研究で分かっている。


 ※2 一部屋にまとめて数個の卵を産む。その中で一匹だけが小柄なオスバチに成長する。


 ※3 アカリンダニ……本来、日本には居なかった外来種のダニ。羽化して二週間以内の若いハチ(気管が開いている)の気管に寄生し、気管内からハチの体液を吸う。寄生されたハチは動きが鈍り、飛行能力が無くなる。アカリンダニが寄生し、大量に繁殖したハチの巣ではハチは越冬できずに全滅する。

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この世界が終わるまで〜Honey Beeの世界〜 青瓢箪 @aobyotan

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